再稼働が事実上、認められなくなった福井県の敦賀原発2号機。今後、廃炉を迫られる可能性もあり、原発で栄えた敦賀市は大きく揺れています。
【動画】敦賀原発2号機“再稼働は事実上不可能”で揺れる敦賀市 「もし事故が起きたら自分の故郷自体がなくなってしまう」
福井県の敦賀原発2号機。再稼働は事実上不可能になりました。
原子力規制委・審査チーム 内藤浩行 管理官
「(新規制基準に)適合していると認められないと判断しております」
その理由は、敦賀原発2号機の真下にある断層です。福島第一原発の事故後にできた新しい規制基準では、活断層の上に原子炉などを設置することを禁止していて、原子力規制委員会の審査チームはきょう、「活断層である可能性を否定できない」との判断を規制委員会に報告しました。
事業者側は、改めて審査を求める構えですが、廃炉を迫られる可能性もあり、原発の町・敦賀市では先行きを不安視する声もあがっています。
山川浩一さん(62)。敦賀原発の近くで旅館を営んでいます。
山川浩一さん
「2号機建設のときはすごかった。建設のお客さんがたくさん来て、一年中ずっと旅館がいっぱいの状態」
原発が建設されていた1980年代。敦賀市のビーチは人で溢れかえっていました。
市内には4基の原発があり、その交付金や固定資産税などの収入は31年間でおよそ2200億円。原発マネーで市民病院の設備を充実させるなど、敦賀市の発展はまさに原発とともにありました。
山川浩一さん
「この道路は原発ができるときにできた。めちゃくちゃな道、覚えてる」
しかし、東日本大震災などをきっかけに、原発の運転が停止。4基中3基の廃炉がすでに決定し、駅前の繁華街にかつての賑わいはありません。
山川浩一さん
「(昔みたいに)『どこでも良いから泊めてくれ』なんていうお客さんなんかいない。(宿泊客は)10分1ぐらいじゃないか、人数的には」
山川さんの旅館は、何年も赤字が続いているといいます。
山川さんは収入を増やそうと、養殖しているふぐや真鯛の販売を強化。しかし、原発が稼働していた頃の収入に戻る見通しは立っていません。
山川浩一さん
「再稼働しなくても良いような状態で頑張ってました。でも、再稼働してくれた方がありがたいという気持ちでずっとやってました」
一方、敦賀駅前で代々、時計の修理店を営む田代牧夫さん(72)。今こそ、脱原発を進めるべきだと訴えます。
田代牧夫さん
「(北陸)新幹線も来て、観光という可能性が少しは見いだせるのではないか。今、チャンスなんじゃないか」
田代さんは、福島の事故を忘れてはいけないと言います。
田代牧夫さん
「もし事故が起きたら、自分の故郷がなくなってしまう。福島でまさに起きてますからね。違う道があってもいいんじゃないか、この敦賀も」
原発で栄えた町は今、大きな岐路に立たされています。