「呪術目的で血を抜かれた」4歳で親族に切りつけられ…アルビノのパラ五輪選手「差別」「迷信」との闘い

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2024-09-02 17:20
「呪術目的で血を抜かれた」4歳で親族に切りつけられ…アルビノのパラ五輪選手「差別」「迷信」との闘い

開幕したパリ・パラリンピックのザンビア代表チームにはアルビノのアスリートがいる。モニカ・ムンガ選手(25)。アルビノによく見られる視覚障害で、女子陸上・視覚障害部門で400メートルを走る。

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2020年2月、東京パラリンピックに出場予定だった彼女をザンビアで取材した。
取材のメインテーマは、パラ競技ではなく、アフリカで後を絶たない「アルビノ殺し」だった。現地では、取材に入るまで知らなかった彼女の被害経験も語られた。

時間を4年半ほど巻き戻す。

アルビノのアスリート、教師の母

ザンビア東部ルンダジから、隣国マラウイとの国境に沿って走る道を、まあまあの大きさの街、チパタに向かって南下していく。4時間ほどの道のりだ。

モニカ・ムンガ選手(当時21)の自宅はそのチパタ近郊にある。この前年、ドバイで行われた国際大会でモニカは金メダルを獲っていて、東京パラリンピックへの出場は確実視されていた。

2019年の秋、モニカは日本を訪れている。東京パラリンピックになるべく多くの選手に参加してもらいたい、という趣旨で途上国の選手たちを招いてのトレーニングセッションがあり、彼女も参加したのだ。

当時ロンドン駐在だった私は東京の同僚に頼んで取材に行ってもらい、映像が送られて来た。タイムが思ったように縮まらず悔しそうな表情と、子供たちとの交流会で見せた笑顔が印象に残った。実際に目の前で話すとどんな感じなのだろうか。

チパタの中心部を抜け、郊外を少し走った後、車は左折し、減速して少しデコボコした道を行く。両脇の草の背が高い。

モニカは家の前まで出てきて我々を迎えてくれた。緑色にオレンジのラインの入ったジャージ。ザンビアの国旗のカラーだ。家はコンクリートづくりのがっしりした平屋。聞けばモニカの国際大会の賞金で建てたのだという。

深紅の衣装を身にまとった母親のミリアム、そして幼い姉弟たちが同席した。姉弟たちの父親はモニカの父親とは異なる、そのあたりの事情は後程触れる。外光がうっすら入るリビングルームでインタビューを始めた。

「障碍(disability)イコール能力がない(inability)ではありません。友だちにできることなら私もできます。肌の色が違うだけです」
「アルビノの人たちもスポーツをしたい人は『できない』と諦めずに積極的にするべきです。スポーツは人々との交流を増やしてくれます」

モニカはこうしたフレーズを言い慣れているようだった。ザンビア国内でもいろんなところで似たような話をする機会があるのだろう。

もちろん経験から&本心からの言葉だろうけど、ちょっと紋切り型かな…。そんなこちらの勝手な懸念はしかし、時折放たれる「刺さる言葉」によって徐々に解消されていった。

例えば、彼女のこんな言葉。
「もっと上を目指して、私を笑っている人たちに恥をかかせてやりたいですね」

「私をかつて笑った人たち」ではなく「私を笑っている人たち」と、彼女は現在形で言った。上で触れたように、国際大会では結果を残している。ザンビアのメディアにも取り上げられている。それでも彼女は「笑われる」存在なのだろうか。アルビノである、というだけで。

パラスポーツの知名度があまり高くないこともあるのかもしれない。「恥をかかせてやりたい」と言う言葉は彼女の悔しさの裏返しなのだと推測する。

同時に彼女の語りからは「アルビノ故に差別されること」に対して毅然と立ち向かうのだという強い意志、あるいは、闘争心とも言ってもいいかもしれない、そういった静かな熱が伝わってくる。

そんなモニカを叱咤激励し、支えてきたのが母のミリアムであることは明らかだった。

教師でもあるミリアムはまっすぐこちらを見て言った。

「アルビノの子供たちを家に隠してしまう親たちも多くいます。でも、それではダメです。(アルビノの子供たちを)社会の目に触れさせていくことで、社会の側も、能力に差がないことがわかるんですよ」

ザンビアの地方で、それは簡単なことではなかったはずだ。でもブレずに、貫いてきたのだろう。肩をいからせた言い方ではないが、芯があった。

そこには教育者としての矜持も感じる。モニカは実の娘だが、ミリアムはもう一人、親に捨てられたアルビノの女の子を養子にしている。その子には歌の才能がある、と見込んでそちらの道を追及させている。

「子供たちは様々な可能性を模索すべきです。生き残るためにね」
「モニカは私が思ったよりも社交的で、様々な人と交流できます。そういう面を伸ばしていることを嬉しく思っています」

前向きさの塊のような母娘だが、我々の取材の主題である、アルビノ襲撃の話になると少々表情が曇った。

「アルビノの身体には特別な力がある」

そんな迷信がアフリカの一部には存在する。その迷信のためにアルビノが殺されたり、襲われたりする事件が後を断たない。腕や脚といったパーツが闇で、しかも高値で売買されているからだ

遺体“ワンセット”は7万5000ドルの値段がつく、という調査もある。ザンビアの平均月収は250ドルから300ドルだ。目がくらんで犯罪に加担する人間がいるのも不思議ではない。

モニカも、トレーニングをしていると「襲撃に気を付けるように」と言われることも多いそうだ。どこかで襲撃事件があったと聞くと、ミリアムはモニカに単独行動や早朝や夜のトレーニングを避けるよう命じ、移動の際には信頼できる人間を付けるようにしている。

モニカとミリアムの警戒感はアルビノとして、あるいはアルビノの子を持つ親として当然のものではあるが、さらに一段深い理由があった。

モニカも実は幼少期に襲われたことがあったのだ。
しかも血のつながった親族に。

切りつけられ、注射器で血を

自宅でのインタビューの翌日、我々はモニカがよくトレーニングをする地元のスタジアムで待ち合わせた。スタジアムには400メートルのトラックがあるが、うち300メートルは草が茂り、一部は水浸しだ。

到着したモニカ、上着を脱ぐと東京パラリンピックのTシャツが現れた。唯一使える100メートルの直線を行き来しながら、軽いジョギング、ストレッチなどを行う。本気では走らない。妊娠しているからだ。

予定日まで2か月ほど。お腹はしっかり出ている。相手の男性はまだ若く、経済的に自立していないためミリアムは結婚を許していない。“今結婚してもモニカが苦労するだけ”と。

この時はまだ東京パラリンピックは延期されていなかった。モニカに「間に合うの?」と聞くと「まずは無事に出産して、すぐにトレーニングに戻るつもりです。そうすれば十分間に合いますよ」と、“何の問題もありません”、的なトーン。

生まれてくる子供はパラリンピックを記憶するにはまだ幼過ぎるけど、モニカは「大きくなったら賞状やメダルを見せます。そうすれば母親がアスリートだったって信じるでしょう」と、そんな日が来るのを楽しみにしている様子だった。

モニカと、この日はアフロヘアにしてきたミリアムにスタジアムのスタンド席で話を聞く。前日のインタビューのあとの立ち話でモニカもかつて襲撃されたことがあると知り、そこを突っ込んで聞きたかった。以下はミリアムの話である。

事件が起きたのはモニカが4歳の時だった。当時、ミリアムはモニカの父親である前夫と、その親族と暮らしていた。

ある日、ミリアムが買い物に出かけ、帰ってくると、モニカの背中に傷がつけられ、血が出ていた。着せていた白い服も切り裂かれ、血が付いていた。親族に「誰が私の子にこんなことを」と問うと、父方のおばがこう言い放った。

「“私の子”って誰のこと?このアルビノのことかい?一族の恥さらしだよ」

幼いモニカは、おばを指してミリアムに訴えた。「この人にやられた。カミソリで切られた。注射器で私の血を吸い取ったんだ」と。ミリアムが問い詰めると、おばは「呪術用に、と依頼されたんだ」と認めた。

ミリアムは「この一族とは暮らせない」と見切りをつけ、モニカを連れて家を出たのだった。モニカの実の父がどこまで襲撃計画を知っていたのかは、今となってはわからない。ミリアムはその後再婚、自宅でのインタビューに同席していた2男1女をもうけた。

アルビノであるというだけで、血のつながった親族に自分の血を、身体を狙われる。酷い話だ。が、アルビノ襲撃において残念ながら親族の関与は珍しくはない。

ミリアムが話している間、モニカはずっと黙って聞いていた。当時のことは覚えていない。コトを認識したのは、大きくなってから背中の傷に気づいてミリアムに「この傷は何?」と聞き、教えられた時からだ。

(それを聞いて辛かったでしょう?)
「ええ・・・そうですね」
(でも、もう克服した?)
「はい。神様が愛して下さってますから」

今でも湧いてくる怒りと嫌悪を露わに生々しく語ったミリアムに比べ、モニカは言葉少なだった。

母娘の過ごしてきた21年という時間を想像する。襲撃事件をきっかけに壊れた家族。小学生のモニカ、中学生のモニカ、学校でもいろいろあっただろう。

でも彼女は陸上に目覚めて才能を開花させ、首都ルサカに、そして海外にも出て行って結果を残してきた。ミリアムはずっと支えてきた。「想像する」と言っては見たものの、その時間の濃さ、分厚さは、想像が追い付くようなものではない。

それでも、パラアスリートの一人一人が背負っているストーリー、特に障害者が厳しい生活を強いられることの多い国々から来るアスリートたちのストーリーを、少しでも想像してみたい、そう思った。

「男の子が生まれた」東京パラで自己ベスト更新

取材から2か月、イギリスが新型コロナの最初のピークを迎えていたころの2020年4月に、モニカはWhatsAppで「男の子が生まれた」と伝えてきた。母子ともに健康そうだ。良かった。5月には写真や動画も送られてきた。

Saviour=救世主と名付けられたその子は、動画の中ですやすや寝ていた。肌の色は黒い。母親がアルビノだ、と指をさされることもあるかもしれないが、モニカは全力でこの子を守るはず。ミリアムがモニカを全力で守ってきたように。

7月にはタイヤを引っ張りながら走るモニカの動画も送られてきた。有言実行、早速トレーニングを再開していたのだ。東京パラリンピックの延期は多くの人をがっかりさせたかもしれないが、モニカにとってはプラスに働いた。

そして2021年8月、モニカはザンビア唯一の選手として、東京パラリンピックの開会式に国旗を持って登場した。競技では予選落ちこそしたものの、雨の中、自己ベストを更新した。「おめでとう!胸を張れる結果ですね!」とメッセージを送ると「まさにその通り」と返ってきた。

今回のパリパラリンピック。二大会連続でザンビア代表となったモニカは8月中旬、「8月23日にはパリに入ります」「息子はお留守番。母が面倒見る予定です」とメッセージで伝えてきた。しかし28日の開会式にザンビア選手団の姿は無かった。

国際パラリンピック委員会は29日の会見で「ザンビア選手団はまだ誰も来ていない。連絡もなかった」と説明、ただ「競技には参加するとの確約は得た」と述べた。モニカは5日に予選を走るはず。メッセージを送ったが、これを書いている時点でまだ返信はない。

少し心配ではある。でも取り越し苦労の気もする。

*************************************
2020年のザンビア取材では、アルビノ襲撃事件の実態をさらに知るため、
モニカの他にもアルビノの人たちに話を聞いた。

そのうちの1人は、生きたまま片腕を切断されていた。
<敬称略>
後編に続く

  1. 「呪術目的で血を抜かれた」4歳で親族に切りつけられ…アルビノのパラ五輪選手「差別」「迷信」との闘い
  2. 右腕は切断され、売られた アルビノの体を呪術に使用 “これはビッグビジネス” ザンビアに残る“迷信”の実態
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