派閥解消でゲームチェンジの自民党総裁選~“カオス”選挙の行方を左右するものとは~【調査情報デジタル】

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2024-09-14 07:03
派閥解消でゲームチェンジの自民党総裁選~“カオス”選挙の行方を左右するものとは~【調査情報デジタル】

過去最多の9人が立候補-。裏金事件への批判の高まりを受けほとんどの派閥が解消されたために、極めて異例の“カオス”選挙となった自民党総裁選。従来の「派閥の合従連衡」に代わり一体何が勝負の決め手となるのか、TBSテレビ報道局の後藤俊広解説委員が考察する。

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候補者乱立で予測困難に

「正直言って今回はどうなるか本当に読みづらい」

今月初旬、私は旧知の自民党関係者と1時間ばかり話をして総裁選の雰囲気や情勢を聞いてみた。この人物は昭和の終わり頃から現在に至るまで自民党の総裁選を初めとする権力闘争を直に見聞きしてきた“生き字引き”的な存在だがその当人が口にしたのがこの発言だ。確かに今回は異例尽くしの総裁選と言える。

最も異例なのは立候補者の人数だ。9月12日の告示日を前に続々と候補者たちが名乗りを上げた。

先鞭をつけたのは若手から推された小林鷹之前経済安保担当大臣、続いて石破茂元幹事長、河野デジタル大臣が8月のうちに立候補を表明。9月に入るとさらに加速し、3日に林芳正官房長官、4日には茂木敏充幹事長、6日に小泉進次郎元環境大臣、9日に高市早苗経済安保担当大臣と出馬表明ラッシュが続いた。この他にも出馬に必要な20人の国会議員の推薦人確保に時間がかかっていた加藤勝信元官房長官と上川陽子外務大臣も何とか間に合わせることができた(加藤氏は10日、上川氏は11日に出馬会見を行った)。

これにより合わせて9人が総裁の椅子を争う構図となった。これまでの最多候補者数5人を大幅に上回る候補者乱立だ。このため一回目の投票ではどの候補も総裁就任に必要な過半数を獲得することは出来ないという見方が強まっている。

なぜこれだけの候補者が名乗りを上げたのか?冒頭に紹介した自民党関係者は、答えは簡単と説明する。

「派閥に遠慮する必要が無いから野心家たちは『われこそは』と次々名乗りを上げている。派閥が力を無くした影響が出始めていると言ってもいい」

岸田総理が、自分が所属していた派閥「宏池会」=岸田派を解散すると宣言したのは派閥の裏金事件が吹き荒れていた今年1月のことだった。

その直後には裏金事件で所属議員や職員が立件された安倍派・二階派も相次いで解散を決定。この流れを受け森山派も解散を決め、当初は派閥解消に慎重だった茂木幹事長も自分が会長を務める茂木派を政治団体としては解散に踏み切った(ただし茂木派は「政策集団」の形ではいまも存続している)。このため現時点で純然たる形で残っている派閥は麻生派のみということになった。

自民党だけの特殊な派閥政治

派閥というのは日本の政治の中でも自民党だけにある特殊な形態だったと思う。

かつて2009年から12年までの3年3ヶ月政権を担った民主党やいまの立憲民主党にも「グループ」と呼ばれる集団はあるが、派閥と決定的に異なる点がある。それは「グループは掛け持ちすることが可能だが派閥は掛け持ちを許されない」ということだ。

テレビニュースで自民党の各派閥の総会の様子をご覧になった読者もたくさんいると思う。実は、ほとんどの派閥はあの総会を通例、木曜日の昼に行っている。つまりほぼ同時刻にそれぞれの派閥が銘々会合を開いているということだ。この大きな理由は派閥のメンバーに掛け持ちを許さないという派閥の強い意志の表れと言ってもいい。

少し話が脱線してしまうが、派閥総会の際には出席した議員に弁当が配られる。ニュース映像でも口をモグモグと弁当を食べながら派閥幹部の話を聞いている議員の様子を記憶の方もいらっしゃると思うが、あれも「同じ釜のメシ」を食って一体感を強める狙いがあるものと筆者は想像している。

確かに民主党は複数のグループを掛け持ちしている議員が多数いた。グループを「情報交換と政策勉強の場」と割り切っていたのだろう。こうしたグループの体質もあり、当時の民主党は議員個人が自由な発言・主張をする雰囲気が強かった。

しかし、逆風に襲われた時にはグリップを利かせるのが困難という弱点も併せ持っていた。このため2011年の東日本大震災の発災以降、混乱に次ぐ混乱を生じさせ、野党転落の憂き目を味わうこととなった。

一方、自民党の派閥政治もいよいよ機能不全に陥った。派閥の裏金事件にとどまらず、秘書給与の詐取事件、公職選挙法違反と「政治とカネ」の問題がこれでもかと噴出している。

これは「政治にはカネが必要」という自民党の多くの議員が抱いてきた固定観念が社会の大勢の感覚と極端にずれを生じたことの表れだろう。

派閥解消がもたらした異例の現象

自民党総裁選に立候補した顔ぶれを見ていくと一つの特徴がある。

例えば茂木幹事長と加藤勝信氏、林官房長官と上川外務大臣。この2つの組み合わせはどちらも「同じ派閥出身者」だ。茂木氏と加藤氏は茂木派の会長と幹部の間柄だ。林長官と上川大臣は旧岸田派(9月3日に正式に解散)に所属してともに岸田総理を支えてきた間柄だ。

去年までの派閥が機能し、一定の存在感があった自民党であればこうした「同じ派閥から2人出馬意欲」というのはかなり禍根を残すことになっただろう。

また最初に名乗りを上げた“コバホーク”こと小林鷹之議員もこれまで二階派に所属していたが、今回の出馬に際して二階派が組織として推しているという形跡は感じることはない。

冒頭の自民党関係者も「派閥的なものはもちろんこれからも自民党には残っていくだろうが、これまでの様に派閥の親分が“この候補を応援しろ”というような締め付けができないから日和見の議員が多くなる」と予想する。

派閥の締め付けが本当になくなったかを確かめるため、筆者は安倍派に所属していたある議員に話を聞いた。この議員はこう答えた。

「派閥の先輩方は誰も指示してこない。というか『元気?』とも連絡してこない。むしろ他の陣営から『この人を頼む』『誰々をよろしく』という依頼はひっきりなし。今回の総裁選は、1回目は完全に自由投票だね」

どこの派閥に所属していたかはお構いなく、それぞれの陣営がこれまでの人脈を駆使して手当たり次第、支援を呼びかける。こうした活動もこれまでの自民党であれば支援要請を受けた議員が所属する派閥の幹部は「勝手にうちのムラを(ベテラン議員は派閥のことをムラと表現する)草刈り場にするな」と激怒したに違いない。

決選投票の行方を左右するのは…

では、「過去最多」の候補者が乱立することになった総裁選の仕組みを見ていきたい。

第1回目の投票は党所属の国会議員367票と党員・党友の367票の計734票で争われる。ここで過半数を獲得できた(368票以上)候補者が新総裁となるのだが、候補者乱立の状態では票は細かく分かれると予想され、決選投票にもつれ込むと見られている。

決選投票は上位2人が争うことになる。このため各候補者とその陣営は少なくとも2位に残らなければ新総裁=総理の目は無くなってしまう。「2位まででなければダメなんです」ということだ。

そして決選投票が1回目と大きく異なるのは、国会議員票と党員票の比率だ。

1回目の投票では国会議員も党員票も同数で扱われていた。つまり「フィフティ・フィフティ」であるが、決選投票では議員票367に対して党員票は都道府県連に割り振られ、各都道府県連がそれぞれ1票で計47となる。国会議員票の比率は党員票の約7.8倍と圧倒的に高い。

ある自民党議員は決選投票になった場合は自分の選挙に有利かどうかで判断すると本音を語った。

「自分にとって大切なのは次の選挙(衆院選挙)に勝つこと。日程的には11月10日投票を想定して動いている。だから総裁選は選挙に勝てる指導者かどうかが問われる」

別の自民党関係者は総裁選を通じて候補者が何を訴えたかのアピール力や演説の力量なども重要な判断材料になってくるという見方を示した。つまり9月27日の総裁選当日の演説で決選投票の票の投じ先を判断する議員も多数出るかもしれない。

立憲民主の新代表に誰がなるかも影響か

また私は、自民党総裁選に先んじて始まった立憲民主党の代表選挙(9月7日告示・23日投開票)も総裁選に大きく影響を及ぼすと見ている。

立憲は今回4人(届け出順・野田佳彦元総理、枝野幸男前代表、泉健太代表、吉田晴美衆院議員)が立候補した。元総理の野田氏が出馬したところに立憲民主の本気度が伺える気がする。

その野田氏は出馬会見で代表選の争点の一つに「政治改革」を掲げることを表明した。

「私はいま、政治に金をかけすぎてると思うし、それに対して深い反省もないということに強い問題意識を持っています」(8月29日)

そして、自民党の裏金事件を念頭に議員定数の削減や世襲議員の禁止などを政策テーマに掲げて代表選を戦う考えを示した。

こうした一連の政策、特に世襲禁止は、世襲議員が多数ひしめいている自民党の痛いところを突いてきたと言って良いだろう。枝野氏、泉氏、吉田氏の他の3候補も方向性は野田氏と同様であろうから、自民の新総裁は世襲禁止を含む「政治改革」という立憲が切るカードにどう対処するか早速問われることになる。

また来る総選挙で新総裁は各地を遊説して候補者の支援に走り回るだけでなく、各メディア等で野党党首と討論を繰り返すことも予想される。そうした意味で立憲民主党の新代表が誰になるかは自民の総裁選びにも密接に関わってくると見られているのだ。

ある自民党関係者は23日の立憲の新代表が決まるまで状況は流動的になると予想し、こう語る。

「例えば演説が達者な人が立憲の代表になった場合、新総裁には相手と渡り合える答弁能力があるか、有権者を引き込むことの出来る演説が出来るか、そう言った能力は重要な判断要素になってくる」

“カオス”選挙での投票 議員一人一人が判断へ

従来の自民党総裁選では、派閥がその行方を左右してきたが、今回の総裁選は端的に言えば派閥が機能しなくなった“カオス(混沌)”の選挙と言える。

このため投票権を持つ所属議員の一人一人も従来のように派閥や幹部の指示に従うのではなく、「自分の考え」に基づき投票しなくてはならない状況だ。

場合によっては1回目の投票で明らかになる党員・党友票の獲得数を参考にするかもしれないし、4日前に選出された立憲の新代表の言動を意識して投票するかもしれない。

70年近い自民党の歴史の中でもこのような総裁選は極めて異例であることは確かだと思う。この未曾有の総裁選を私たちメディアの人間がどう伝えるか、私個人も心して臨みたいと思う。

〈執筆者略歴〉
後藤 俊広(ごとう・としひろ)
TBSテレビ報道局 解説委員
1972年生まれ
1996年TBS入社
2004年からおよそ20年間政治報道に携わる
2017年与党キャップ
2018年官邸キャップ
2021年から2024年6月末まで政治部長
2024年7月から現職

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。

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