賃上げ・物価対策は…石破新総裁の経済政策を“検証”【Bizスクエア】

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2024-10-02 06:00
賃上げ・物価対策は…石破新総裁の経済政策を“検証”【Bizスクエア】

事実上の次の総理を選ぶ自民党総裁選は決選投票で高市早苗経済安全保障担当大臣を破り、石破茂元幹事長が勝利した。10月1日に発足する予定の石破新政権の経済政策を検証する。

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自民新総裁に石破氏 賃上げ・物価高対策は!?

自民党 石破茂 新総裁:
この日本国をもう一度、皆が笑顔で暮らせる。安全で安心な国にするために、石破茂、全身全霊を尽くしてまいります。

岸田氏:
石破茂新総裁には強力な内閣を作っていただき、結果を出していただかなければなりません。

2008年に初めて立候補してから5回目の挑戦で、第28代総裁の座を射止めた石破氏は、党本部で会見に臨み、経済政策について語った。

自民党 石破茂 新総裁:
この20年GDPはほとんど横ばい。(株主への)配当は増え企業の内部留保は増え、非正規の労働者は4割増えた。しかし実質的な賃金は横ばい、設備投資も横ばい。私どもは、岸田総裁が一生懸命努力をしてきたデフレからの脱却を確実なものにしていかなければならない。物価上昇を上回る賃金上昇。このことを実現するために、新しい資本主義にさらに加速度をつけていきたい。

石破新総裁は、岸田政権の取り組みを継承し「デフレからの脱却」と「物価上昇を上回る賃上げを目指すと明言。また、総裁選の選挙期間中には、最低賃金を2020年代中に1500円まで引き上げる目標を掲げている。会見では、物価高対策についても触れている。

自民党 石破茂 新総裁:
物価高対策で、例えば食料品、エネルギー。どういう政策が最も有効であるかということをよく見極めてやっていきたい。基本的に個人消費が上がっていかなければ、経済は良くならない。デフレスパイラルも解消しないと考えているが、人口は減っていくと将来は不安。設備投資を行うことによって、いかにして欲しい商品を作るか、欲しいサービスを提供することがなければ、デフレスパイラルは止まらない。

事実上の次の総理大臣に、有権者はどう思っているのか。パート勤務の女性(60代)は…
「すごく何でも高くなっている。お米とかも困っている。(給料は)上がりません。上がってほしい。経済を良くしてほしい」。20代の公務員は「地方の方が、仕事の面なり何なりで首都圏との格差があると自分自身思っていたので、国民全体がプラスになるように進めていってほしい」。日本料理店店主は「(時給)1500円は出せない。水道光熱費も上がっている。正直そこまで値上げもできない。景気を良くしてほしい」

経済界からは…
日本商工会議所 小林健 会頭:
強力なチームを作って八方に目が配れるような政策運営をお願いしたい。
日本商工会議所の小林会頭は石破新総裁について「議員経験が非常に長く政策通」であると評価し、期待感を示した。

一方、新総裁誕生を巡って、円相場は乱高下した。アベノミクスの継承を掲げ、日銀の利上げを批判していた高市氏が1回目の投票で1位になると2円近く円安が進んだ。しかし、およそ1時間後に石破氏の勝利が判明した直後からは一転、円が買い戻され、1ドル142円台前半と4円近い円高になった。

「岸田政権3年の成果」と 次期政権の最大ミッション「賃金と物価の好循環」

石破新総裁が取り組まなければならない日本経済の重要課題の一つが、「賃金と物価の好循環」の実現だ。そのためには何が必要なのか。

BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部副会長 中空麻奈氏:
圧倒的な経済成長するための勝ち筋を見つけることだ。日本は大きな成功体験をこの30年間してこなかった 大きな成功体験がないと駄目だ。

岸田政権下で3年間、経済財政諮問会議の民間メンバーとして骨太の方針の策定に参加した中空麻奈氏は、次期政権の最大のミッションは「賃金と物価の好循環」を持続可能なものとするための「1%の成長」だと指摘する。

BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部副会長 中空麻奈氏:
何十年も金融市場にいるが、久方ぶりの金利上昇。下がりっぱなしだったので初めてと言ってもいいぐらい金利が上がってきた。そこにやっと来れた。加えて、賃金が2年連続で、結構大きなパーセンテージで上げてきた。今までてこでも動かなかった「賃金」が上がってきた。「上がらなければいけない」という議論をもたらした。これは大きな成果だと思っている。

さらに、日本の将来の競争力強化の取り組みについては…

BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部副会長 中空麻奈氏:
GX(グリーントランスフォーメーション)やDXで経済成長をしていこうと、実質GDPを1%成長させようと(岸田政権は)言い始めて、いろんなことに対してその財源を設けるということをした。それは子ども・子育てもそうだし、経済成長とそれに対しての原資を合わせて持ってくるっていう行動もとってくれた。岸田政権の経済政策を(石破氏が)基本的には踏襲するならば、GXやDXを使って設備投資を促進させて、経済成長というパイを大きくするっていうことは間違いないと思う。

また、石破新総裁が成長戦略の柱とする地方創生については…

BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部副会長 中空麻奈氏:
地方を起爆剤にしたいと言っている。地方に経済特区を次々と設けてくれるなど大胆にやってもらえるといいと思う。人が本当に移住して住むようになれば起爆剤になると思う。やっとそこで「地方創生」という話ができてくるし「コンパクトシティ」の話などいろいろ進むことが可能になると思う。地方にお金を稼ぐ力をもう1回もたらせば、ものすごく大きな経済政策になるのでないかと考えている。

自民新総裁に石破氏 経済政策を検証

――石破氏は岸田路線の継承、高市氏はその前の安倍路線の継承という戦いだった。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
経済政策を二分する形になったのである意味ではわかりやすかった。石破政権のもとで、よりメリハリのつけた政策を推進することができる環境でもあると思う。

石破氏の発言を振り返る。「デフレ脱却を確実なもの」とし、「物価上昇を上回る賃金上昇」さらに「食料・エネルギーなどの物価高対策」などに言及。またテレビ番組に出演し「金融緩和基調を変えることはしない」「日銀が政府の子会社だと思っていない」などといった発言もあった。さらに補正予算で食糧エネルギーなどの物価高対策をやりたいとも明言した。

また「岸田政権の成長と分配の好循環をさらに確実なものに」「2020年代に最低賃金1500円へ引き上げ」「有事に備えた財政規律は必要」「機動的な財政出動は効果的に行う」「将来的に金利のある世界の実現」といった発言が過去にあった。

――基本的には財政規律に目配せしながらも、金利のある世界金融正常化を進め、物価と賃金のいわゆる好循環を模索していくという、まさに岸田路線の継承か?

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
「物価と賃金の好循環」というのは一般の人たちにはわかりづらい。その背景は、企業が儲からないで賃上げしたら潰れてしまう。背景にあるのは、企業の利益を上げていくこと、それは生産性を上げること。それなくして賃金だけ上げたら利益が下押しされて潰れていく。なので、言い方としては「賃金を持続的に上げていくために、労働生産性を上げる上げられる経済にしよう」とした方がよりわかりやすい。

――物価と賃金が「両方とも上がらない」という世界から、「両方とも上がる」という世界に変えようと岸田首相は言ってきたが、その方向性は正しいのか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
今までなかったような賃上げがあった。そういう意味ではいい面も出てきていると思うが、今までのインフレというのはコストプッシュ的な円安やコモディティ価格の高騰によってインフレになっていたり、超円安になり、その対策として金利を上げるということだったので、そういうな状況ではなく、経済が強い状態で金利を上げられるかどうかというのがこれから試される。

――2024年夏のボーナスでようやく実質賃金がプラスになった。つまり物価に賃金が追いつかない状況が、やっと追いつけるかなという状況にはなってきた。継続的に実質賃金がプラスになるかどうかが最初の関門か。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
そうだ。まだほとんどの企業にとってみると非常に苦しい状況。なぜならばいろんな食料品や電気代が高くなっているのでコストプッシュのところに金利も上がってきている。ここに人手不足で賃金を上げなければいけない状況なので、全体的に利益を下押しするような感じになっている。まだ労働生産性は改善していない状況なので、労働生産性をどう上げていくかということがこれから政権に問われると。

――売り上げを削ってでも賃上げしたという企業もたくさんあるということか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
働いてる従業員の人たちは、自分の企業がうまくいってるかは感じでわかっている。賃上げがあっても安心してどんどん消費しようということにはなかなか繋がらない。

――仮に実質賃金がプラスになったとして、それが実際の消費の拡大や需要の増加に結び付いて、いわゆる経済全体の真の好循環に繋がっていくかどうかここも大きな焦点だ。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
本当に日銀が望んでいる物価上昇、石破氏が言っている「デフレ脱却」というのは「消費が増えていく」ということが前提。しかしこの20年間はほとんど横ばい。高齢化してきて、みんな将来が不安で貯蓄をしようとするので、なかなか消費しない社会。ここでどうやって消費を上げていくのかシナリオが見えない。

――エコノミストの間でも、日本はデフレマインドが強く、緊縮傾向が強いから、多少実質賃金がプラスになっても商品本当に伸びるか疑問視する声出てきている。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
デフレマインドというよりも、30%と世界で一番高齢者が多い。自分が100歳まで生きるかもしれず、いろんな病気になったりするから、節約したいというのは当たり前のことだと思う。高齢化だから当たり前。

――だから消費者物価指数を見ても、名目的には2%は超えているが、賃金上昇や需要の上昇がまだ弱いということか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
実質消費を見ると、コロナ危機前の2019年の1月から3月よりもはるかに下回っている。まだ本当に低いところで少し今上がったかというだけ。その中でどうやって需要が拡大していく、どんどん消費できる、そういう環境で物価が上がっていくかというと、今のところない。実質消費は低迷しているのでなかなかストーリーがない。

――新政権にとって大きな課題か。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
人口が減って高齢化が進むなか、どう消費を拡大するかというのは、今の国内だけで考えてると、なかなか難しいのではないか。

岸田政権が残した課題 財政健全化への道筋は… 補助金で不安解消のリスク

中空氏は岸田政権が積み残した最大の課題は財政健全化への道筋だと指摘。切るべきものは切って支出を減らすことが、次の政権には必要だという。

BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部副会長 中空麻奈氏:
岸田政権でガソリンの話(補助金)とかもやめた方がいい、もうやめるべきだと何回も申し上げてきたが、なかなかそれができなかったのは日本的なやり方で仕方がない面もあったのかもしれない。例えば今まで補助金をもらってた人がいたとして、その補助金を「明日からなしにします」というわけにはいかない。少しずつ減らしましょう「激変緩和措置」という呼び方をするが、何でも激変緩和措置にしてしまう。新しい政権にはぜひそういう問題点を改善していく政権にもなってもらいたいので必要なところとそうではないところをメリハリつけて、政策は切るべきは切るということをやってもらえたらいいと考えている。

金利がある時代の「放漫財政」のツケ

中空氏は「激変緩和」という名のもとで「放漫財政」を続けるリスクは、将来的に国民が取ることになると警鐘を鳴らす。

BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部副会長 中空麻奈氏:
財政は使っていい。使っていいが、どう使うか。あとは「予算制約」というものが財政にはあるということを、日本のトップは頭に置いておくべきだと思う。日本国債は格付けが昔は「AAA(トリプルA)」だったが、今はもう「A+(シングルAプラス)」とかになってきていて、結構下がっている。でも下がったとしても、何か生活変わったかといったら、生活への打撃はそんなにない。日本国債を発行してうまく回っていれば、誰も文句はつけない。でもいざというときにお金を払ってくれなくなったり、外国人が日本にお金を出さなくなったら、あるいは日本が外貨を稼げなくなったとか、何か不測の事態が起きたときに「駄目ではないか」と急に格付けが下がったりする。今の「A(シングルA)」ぐらいであれば問題ないが、「BBB(トリプルB)」まで落ちると、本当に資金調達コストが上がり、金を借りるために努力をしては返す自転車操業に入りやすくなる。それは日本にとって得策ではないと思う。トップはいざとなったら債務返済のために徴税をする能力を持つ。そういう人が「財政健全化する、財政再建していく」ということを言うと、そういう意思の下、経済政策をとっていると伝わる。きちんと(トップが財政健全化に)コミットして言っていくことはとても大事。

岸田政権の成果と課題 「財政健全化」と「デフレ脱却」

――中空氏は経済財政諮問会議のメンバーとして財政健全化のところに手をつけられなかったこと悔やんでいるが、財政健全化というと拒否反応を示す人が多く、「大変だといっても、今まで特段問題は起きてない」という言われ方をするが、金利がある時代に入ってきて局面が変わったと見てよいか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
金利がある時代の背景だが、いま日本銀行が国債の半分以上持っている。でもそういう政策をやめた。なのでもうどんどん買っていくことはないということ。政府が今の政策を続けていると借金を増やしている。でも日銀はそういう非伝統的な政策をやめると決めているから、買い手がいなくなってしまう。それが金利上昇をもたらすから、そこに対する意識をトップは持っている必要がある。

――当たり前だが、短期金利も上がっていけば、利払い費で圧迫されるっていう面もある。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
中空氏が言ったように、今は確かに日銀が買うこともできるし、日本は経常収支が黒字なので、対外資産を持っている。それで今すぐ何か危機が起こることはない。こういう国は世界で日本だけ。しかしこれから高齢化が進んでいくと、だんだん経常収支は減っていき、どこかのタイミングでもっと外国人に国債を買ってもらわなければいけない時が来たら、今の低金利だと買ってくれる人がいないということになってくるから、そこへの備えが大事だ。

――すぐに手がつけられないとしても「財政健全化への意欲はある」というサインを送り続ける必要があるということか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
例えば岸田首相がやろうとしていた「大学の無償化」やいろんな「児童手当への所得制限撤廃」が、今の日本の財政状況で可能なのかと考える。本当に必要な人を選んで、支出をするという政策にせざるを得ないと思う。財源がはっきりしてないのに、そういう政策を続けることはなかなか難しい。石破氏はそこを対応されるのではないか。

――財政需要への要求はすごくあり、目先で言うと景気対策・物価高対策もしなければならない。子育て支援もあれば、福祉にもお金がかかる、高齢化は進んでいる、防衛費にもお金かかる…と、お金が要ることばかりだ。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
優先順位をつけなくてはいけない。お金が降ってきているわけではない。それをトップの口から、国民に事実を語っていくこと、理解を深めてもらうことは大事だ。

――目先の物価高対策で電気代ガス代の補助金あるいはガソリン補助金これを継続するという方向になるだろうが、もうすでに11兆円使っている。1人当たり10万円なので、それだったら早めに何万円か配って「自分で使い道考えてください」と言った方がよかったのではないかと思う、みんなに出すという政策をそろそろ考え直さなくてはいけない。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
やはりターゲットを絞るときは来ていると思う。一応危機的な段階は脱していて、インフレ率もだんだん下がってきている。支出をする場合には財源がないならば、きちっと抑制するということが必要だ。

――成長投資もいろいろやっている。半導体、GX(グリーン・トランスフォーメーション)DX(デジタル・トランスフォーメーション)…これらにもメリハリをつける必要があるか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
海外からGX政策にいろいろな懸念が寄せられている。「石炭火力を維持するのであればそれはそれでいいが、排出量を減らすような対策が必要だ」それで莫大なお金がかかる。それから「再生燃料をもっと増やしていく」となったら、グリッド・電力網の大投資も必要。「全部やる」と言ったら「お金がないからどうやって優先するのか」ということをもっとメリハリをつける。それから脱炭素。低炭素のものや、サービスを作れない国の企業は競争力を失っていくことが見える。やはり低炭素エネルギーが必要だから、それをどう実現するのか費用対効果で見せていかないといけない。

――財政健全化、メリハリをつけることは難しいけれどやらなければならないという一方で最終的な目標である「デフレの完全脱却」はできるのだろうか。

金利がある時代に転換 政府と日銀の関係は…

今の日本の枠組みをみていく。2013年1月に出された政府・日銀の共同声明。日銀は「物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で2%」とする。その目標の下「金融緩和を推進し、できるだけ早期に実現を目指す」。一方、政府は「機動的なマクロ経済政策運営」、「経済構造の変革な」など、「持続可能な財政構造を確立、推進する」としている。基本的に2%の目標達成に向けて金融緩和を推進するということだが、不思議なことに2%の物価上昇率がもう2年以上続いてるのにまだこれは達成されてないということになっている。

――デフレ脱却宣言が先送りになっている状態をどう考えるべきか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
国民からするとわかりにくい。コストプッシュで需要が伴ってない。国民からみればインフレはインフレだからデフレ脱却という言葉を石破氏は使わなくてもいいと思う。どういう理由があろうと2%を超えて2年以上になるのはインフレ。そういう意味ではどういう理由があろうと一応目的は達しているので、今度どういう日銀の物価安定目標にするのかなど、さらに新しい局面にいってもよいのではないか。

政府は「デフレ脱却の4条件」を掲げている。4つの指標があり、この中で「消費者物価指数」「GDPデフレーター」「単位あたり労働コスト」の3つは達成しているが「需給ギャップ」だけがまだマイナスとなっている。

――近く「需給ギャップ」がプラスになる見込みはあるのか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
時間の問題で「需給ギャップ」がプラスになるが、ほとんどコストプッシュ。しかも「単位あたり労働コスト」は「労働生産性の伸びに対して賃金がどのぐらい増えたか」ということ。単に労働生産性が低迷してるから上がっている。だから良いストーリーで、「単位あたり労働コスト」が上がっているわけではない。労働生産性が落ちてるのに、無理して賃上げしたから労働コストが上がっているので、本当に望んでいる姿ではない。だからこういう指標にこだわらなくてもいいのではと思う。

――「需給ギャップ」のグラフを見てみると、ゼロに近くなってきている。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
「需給ギャップ」がプラスになると、他の条件がそのままプラスだったら「4条件」を満たすことになる。ただ時代が違うと思う。「需給ギャップ」といっても実際のGDPが「潜在GDP」に対してどうかということだが、「潜在GDP」が低迷している。なので時代に合っていな、あまり意味がない手法だと思う。だからあまり「4つの指標」にこだわらなくていいと思う。

――「デフレ完全脱却」と言いながら達成してない状況が続いている。どこかで今の枠組みを終わらせるためには「デフレ脱却」したと言わなければならないのか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
今も理由はともかくとして「デフレ脱却」と言っている。これからも地政学的な対立が多いのでインフレになりやすい。コストプッシュはこれからも起きやすい。そういう時代に2%を超えたということで、1度「アコード(政府・日銀の政策協定締結)」を置いて新しい目標、もっと柔軟なものがいいのかを新政権で日銀と議論したらいいと思う。

日銀・植田総裁の発言も微妙に変化してきている。2023年4月、総裁就任当初は「2%の物価目標を賃金上昇を伴う形で持続的・安定的に実現する」と語っていたが、半年後の10月には「第2の力(賃金上昇に伴う物価上昇)が、どの程度強まっていくのか不確実性は高い」としており、最近では「経済物価情勢に応じて、金融緩和の度合いを調整していく」と発言している。

――「2%の物価目標」といっても「持続的・安定的な実現がないと完全達成ではない」という言い方をしている。それは「第2の力、賃金上昇に伴う物価上昇が強くならなければならない」といってきたが、ここがなかなかまだ強まってこないということか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
企業は利益が上がらなかったら、持続的に賃金を上げられない。物価を上げるといっても消費が低迷しているから、簡単に上げられない。だからやはり景気が強くないと「第2の力」はなかなか出てこない。しかし今はほとんど横ばい。まだ「第2の力」ははっきり出ていないと思う。

――最近は「実質金利が低いから金融緩和の度合いを調整していく」という言い方にだんだんシフトしてきているところがある。この辺の言い方をどう変えていくかによるのか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
「インフレ」はいろんな理由で起こりうるので、日銀は黒田前総裁の時から「需要を伴って」とずっと言ってきた。でもずっと需要が弱いので、「インフレ」になっている。だからもう内容にこだわらず「インフレをあまり過度にならないように抑えて安定させる」と柔軟な言い方に変えてもいいと思う。「需要が伴う」や「第2の力」と言っているとなかなか実現できない。もっと柔軟な金融政策に変えてもいいのでは。

――逆に言うとそれが日本経済の実力。「大規模緩和」をやった結果の「実力」がよく見えてきたので、「実力」を直視したフレームに変えていった方がよいということか。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 白井さゆり氏:
これまで20年もできなかったし、今もできていない。それよりも「コストプッシュでインフレになったから、それをちゃんと安定させていきます」という言い方でいいと思う。

――岸田政権はアベノミクスの流れを引き継いでいるのでなかなか否定しきれなかったというところがあった。新内閣ができると一つまた皮がめくれた形になるので、新しい発想で物事が考えられるかどうかが大きな焦点になってくるか。

(BS-TBS『Bizスクエア』 9月28日放送より)

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