いま、少年院で増える境界知能の少年たち。平均的な能力と障害のはざまにいる彼らは、なぜ非行に走ってしまったのか。少年院で導入される新たな取り組みと、更生を目指す少年の姿を追いました。
【写真を見る】「助けの求め方が分からない」国内最大の少年院に密着 年々増加する「境界知能」の非行少年たち【報道特集】
年々増加する「境界知能」の非行少年たち
兵庫県加古川市にある加古川学園は、100人以上の少年を収容する国内最大の少年院だ。年齢は15歳から20歳。
少年たちの非行は、「窃盗」が最も多く、次いで「傷害」。ここ数年、「大麻」で収容される少年も多く、「強盗」や「詐欺」なども増えている。
収容期間は約11か月。彼らはここで規則正しい生活を続けながら、更生を目指していく。
少年院に入る少年は、2000年以降減少していて、全国合わせて1600人あまり。だが、その一方で、ある少年の割合が増えている。
山下浩史 統括専門官
「N3、支援教育課程の3、年々増えておりまして」
N3(類型)とは、対人関係が稚拙で、非社会的な行動傾向にある少年の分類のこと。能力的には、平均と障害の間にある『境界知能』に該当する。
平均的な知能指数100前後に対し、境界知能は70以上85未満といわれている。だが病気や障害に位置付けられていないため、周りからは気づかれづらく、本人も自覚しづらい。専門家の推計では、日本人の約14%、7人に1人が境界知能といわれている。
加古川学園では、5年ほど前から境界知能の少年が増え始め、全体の8割近くに上っている。
山下浩史 統括専門官
「境界域、グレーゾーンですので、できそうに見えるんですけど、実はいろいろな特性があってできない」
少年院では収容から2か月の間、院内の基本動作などを学ぶため「行動訓練」が行われる。だが、教官の言うことがきちんと理解できず、注意される少年の姿が目立つ。
体操をさせても、教官の動きに合わせてリズムを取ることができなかったり、途中で諦めてしまったりする少年もいる。
長谷川健太 法務教官
「手と足が一緒に動かない、足を前に出すところを後ろに出している、個別に『君のことやで』『こういうところやで』と言わないと、ずっと間違えたままになっている」
境界知能と非行に直接の因果関係はない。平均的な能力と障害の狭間にいる彼らは、なぜ非行に走ってしまったのか。
「あまり罪悪感を感じなかった」境界知能の非行少年の証言
少年院で増える境界知能の少年たち。今回特別に話を聞くことが許された。
ーー本件は何?
少年(16) 窃盗
「特殊詐欺。受け子も出し子もどっちも。SNSで検索したけど、お金稼げる仕事、闇バイトが出てくる。1日何十万円と書かれていて、どれにしようかなみたいな」
ーーおかしいと思わなかった?
「あんまり考えてなかった。『住所、免許証、(自宅の)玄関の写真を送れ』みたいな。
とりあえず送っておくかみたいな感じ。この時点でも犯罪だとわかってたんですけど、もう連絡取っちゃったし、仕事の依頼も受け取ったし」
各地で強盗事件が相次ぐ中、指示役をやって捕まったという少年もいた。
少年(19) 強盗予備 邸宅侵入
「強盗することにあまり罪悪感を感じなかった。流される雰囲気もあった。被害者の気持ちが考えられない部分がありますね、相手の気持ちというか。自分さえ良かったらいいみたいな考えが結構強くて」
傷害事件を起こして収容された17歳の少年は…
少年(17) 傷害
「彼女との喧嘩で、首絞めたり、押さえたり。すぐにイライラしたりとか、手が出たりとかしてしまいます」
少年のIQは「77」。境界知能に該当する。小学生のころから落ち着きがなく、精神科のカウンセリングで、発達障害の可能性を指摘されたが、本人や家族に自覚はなく、公的な支援につながることもなかったという。
少年(17) 傷害
「仲間外れにされたりとか、いじめられたり。先生に相談しても、『そうなんか』で終わらせられたり、相手にされなかったんですよ、そもそも。大人が信用できなくなりました」
収容されたころに書いた日記には少年院生活への不安が綴られていた。
少年が書いた日記
「前向きに生活をしていますがどうしたらいのか分かりません」
「助けのもとめ方が分からないです」
この日、少年の個別面接が行われた。
少年「たまに自分が分からなくなりますね。真面目にしたいのか、悪い道に進みたいのか。不安になってくるんですね、考えただけで」
教官「でも不安を感じるってめっちゃいいことだよね」
少年「そうなんですか?」
教官「ちゃんとやらなきゃいけないんだっていう気持ちがあるからでしょ。まだ自分を何とかしようという気持ちが心にあるから、だからいいんや、不安って」
塩尻智也 法務教官
「生い立ちのこと、今後自分がどういう風に生きて行きたいのか、ろくに考えずにここまで来ちゃってるので。ちょっとずつでもほぐしていかないと、彼らは自分自身になかなか向き合うことができない」
公文にドローン…様々なプログラムで「できる自信」を身につける
そんな少年たちに向けて、2年前から導入しているプログラムがある。「公文」だ。
罪を犯した人たちの更生を支援する団体と連携して始まったこの取り組み。子どものころから、椅子にじっと座って、授業を受けることが苦手だった彼らは、ここで週に1回、1時間半、算数や国語を学び、できる自信を身につけていく。
この日は初回。1桁台の足し算から始めたが、途中で手が止まったり、間違えたりする姿が多くみられる。
それでも、講師の指導を受けながら自分のペースで進めていくと、半年後には分数の計算までは、できるようになるという。
公文を受けた少年たちに行ったアンケートによると、「勉強が得意になりたいか」という問いに対し、最初は強い気持ちはなかったが、受講後は、皆、勉強に対する苦手意識が減り、自信がついたことを実感している。
公文教育研究会 又吉智恵さん
「できたっていう経験があまりないんだなっていうところは関わっていて感じていて、100点を取れたら嬉しい、やればできるかもしれないという、できたという積み重ねをしているところが学習の気持ちを作る土台になっている」
さらに加古川学園では、少年たちの認知機能の訓練のため、2023年からドローンプログラムを導入した。
指導にあたるのは作業療法士。手元のコントローラーを動かしながら、機体を目で追う操作は、注意力や集中力のアップにもつながる。
ドローンとセットで行われるのが「ペグテスト」と呼ばれる検査だ。ボードに表示される数字と五十音、それぞれの穴に、順番に棒を刺し、かかった時間を測定する。
すると結果は、4人とも、ドローンをやる前より後の方がタイムが早くなっている。中には1分以上縮めた少年もいた。
高知リハビリテーション専門職大学 足立一 教授(作業療法士)
「注意機能が低い子ほど、ぐっと(タイム)上がっていくっていう傾向があるかなとは思います。機械なのでトラブル多いんですよ、そういうときの対応として感情のコントロールであったり、問題解決力とかそういうことも養います」
出院間近の少年たちによる「リスタート宣言」
この日、加古川学園恒例のある取り組みが行われた。出院を間近に控えた少年たちが家族や法務教官を前に、出院後の決意表明をする「リスタート宣言」だ。
「僕は社会でもやってやれる自信があります。ものすごく楽しみにしています」
「転んでも立ち上がり、立派な男になるべく奮闘してまいります」
参加した少年は9人。最後に発表したのは少年院生活に不安を感じ、教官の面接を受けていた、あの17歳の少年だ。
少年(17) 傷害
「少年院に入ったころは気分も落ち着かず、毎日がとても苦痛でした。そんな日々を送っていたある日、担任の先生との面接があり、『大丈夫だ』と励ましてくれたことで、少しずつ話せるようになりました。出院してからは真面目に仕事をして、母の言うことや周りの人の話も受け入れていくようにします。
最後に母へ。正直、鑑別所に入ったとき手紙も面会も何もせんと見捨てられたかと思いましたが、少年院に入り、毎月の面会に来てくれたり…手紙をくれたりした時はホッとしたし、裏切ってきて傷つけてきたのに『生まれてきてくれてありがとう』と言ってくれて、ほんまにありがとう」
少年を1年間指導してきた教官は。
塩尻智也 法務教官
「なかなか成長を実感できなかった子なので、ひとつ形のあるものとして発表できたっていうことは、彼自身もすごく頑張った、信じてやってきたことは必ず力にはなると思います」
「同じ釜の飯を食う人間は放っておけない」更生支援を行う社長の思い
少年院を出た少年たちは、実際どのような道を歩んでいるのか。
兵庫県尼崎市でビルやマンションの清掃事業を行う松本商会。社員12人のうち、刑務所や少年院を出た若者が現在4人働いている。
男性(22)
「友達とバイクに乗っていて、無免許でひき逃げしてしまって。(社長に)恩返しじゃないですけど、期待以上の動きをしたいなって僕が思えた」
社長の松本和也さんは、4年前から罪を犯した人たちの更生支援を行うプロジェクトに参加し、協力雇用主として彼らを支えている。
松本和也 社長(38)
「自分も失敗してきたこともあったし、僕と同じ釜の飯を食う人間は僕はもうほっとけないんですよ」
入社して1年になる19歳の少年は、この日、新築アパートのハウスクリーニングを担当。今は現場を一人で任されることもあるという。
少年(19)
「僕、動くの好きなんで、じっとできないタイプなんで。気になりだしたら、気になってしまうんで」
窃盗や傷害など、中学生のころから非行に明け暮れていたという少年は、16歳の時、「ぐ犯(家でなどを繰り返し、罪を犯すおそれがある)」で少年院に。そこで松本さんの講話を聴いたことがきっかけで入社した。
少年(19)
「(出院まで)残り3か月で親に帰るのを拒否された。直感じゃないけど、ここ(松本商会に)行ってみたいなって思った」
小学生の頃、クラスメートに石を投げるなど、問題行動を繰り返していたという少年。医師からはADHD(注意欠陥・多動症)と診断されたこともあったというが…
ーー自覚はあった?
「ないです。周りの奴がおかしいと思ってたんで、僕。ひねくれてたんです、多分。僕がすべて正しい、周りが全部間違ってると思ってたんで」
少年院を出ても帰る場所がなかった少年を松本さんは家族ぐるみで支えている。
松本社長
「最近、よく家来るやん。嫌じゃない、別に?」
娘(12)
「うっとうしいときあるけど、話し相手としか思ってない」
その2週間後、少年が暮らす会社の寮を訪ねると…
松本社長
「昨日(仕事)来なくて、連絡つかなくて」
少年は前日から姿を消していた。部屋には脱ぎ散らかした服や、空のペットボトルが散乱していた。
松本社長
「初めてやったんか言うたら、もう数えきれんぐらい、やってて。友達と会ってワイワイしてて、『明日仕事ブチったろか』みたいな感覚やと思うんですよ」
度重なる無断欠勤に、一部の社員から「クビにした方がいい」という声も出始めている。それでも松本さんは、少年の更生支援を諦めきれない。
彼が少年院にいるとき、松本さんに送った手紙には…
少年が少年院在院中に送った手紙
「僕は社長にとても感謝してます。こんな僕を必要としてくれることにもすごく感謝してます。僕は不器用で迷惑かけてしまうことも、もしかしたらあるかもしれないですが一生懸命がんばっていきます」
松本社長
「これで僕が放っておいて、行くところなくなって半グレ戻って、お前これやれ、あれやれっていいように使われて、刑務所行ったって聞いたら僕多分泣きますよ。僕ものすごい責任感じるの分かってるんで、だから彼をほっとけないんですよ」
その日の夜遅く、少年が松本さんの家に現れた。
少年
「遊びに行く前はほんまに、仕事ブチるとかそんなこと考えてなかったし、何時に帰ろうかなぐらいの気持ちでおったんですけど」
松本社長
「お前のあかんところはな、別に遊びに行くなとか言わんけどな、お前コントロールできてないところと、お前一番あかんのが、謝罪できへんとこ、ちゃうか。お前はどうしたんや、おりたいんか?」
少年
「僕はおりたいから帰ってきたんですけど、ぶっちゃけ考えましたよ」
松本社長
「飛ぶか飛ばないか?」
少年
「絶対、帰っても怒られるし」
聞けばこの数日間、地元の仲間たちと過ごしていたという。
松本社長
「お前が悪いと思ってるなら、こう(謝罪)やったらいい、言っても仲間なんだから昨日今日の関係とは違う」
少年
「分からん、自分で自分のことが分からん、何が言いたいか分からん。自分のことが分からん」
「更生できてるかわからないけど…」受刑者たちの前で語る“今の気持ち”
10月、松本さんは少年をある場所へと連れ出した。
兵庫県にある加古川刑務所。受刑者たちの更生を支援するプロジェクトに参加している松本さんは、たびたび刑務所などを訪れ、講話を行っている。
少年に、受刑者たちの前で今の気持ちを語らせようと、今回初めて連れてきた。
少年(19)
「会社をこの1年で5回ぐらい飛んでるし、ブッチ(無断欠勤)もしまくってるにもかかわらず、まだここで働かせてもらってるんで、最近やっと気づいてきたかなという感じなんですけど、ホンマに仕事で変われるなって最近めっちゃ思うんですよね」
今、再犯者率は5割近くにのぼり、社会復帰が難しいと言われる中、受刑者たちからさまざまな声が聞かれた。
受刑者A
「こういうところに来るのも初めてですし、出てからどういうふうな扱いを受けるかっていう、正直全然わかんなくて」
受刑者B
「仕事はしなきゃ駄目だけど、どっかで遊んじゃわないかなという気持ちが」
少年(19)
「さっきの質問通り、僕めっちゃ遊びたかったし。僕は親を頼れないんで、社長しか頼れんくて、困ったとき社長にすぐ連絡するし、金ヤバくなったら社長に連絡するし、何があっても連絡するんで。僕はまだ更生できてるか、わかんないですけど頑張ります」
松本社長
「時間かかるのはわかってますけど、僕も彼を雇用した以上、僕も面倒臭がったらあかんし、『もうこの子はあかんやろう』って言うのは簡単なんです。だけどそこでチャンスを与えてあげなかったら、彼はまた悪いことをする、だから僕はこいつとがっちりおるんです」