授賞式を前に、被爆地・長崎では現地で配るためのリーフレット作りが行われました。その一枚一枚には、被爆者が平和への願いを込めて折った鶴が添えられています。
多くの被爆者から寄せられた963羽の折り鶴。
長崎原爆被災者協議会 田中重光 会長
「被爆者から寄せられた折り鶴をこれ(リーフレット)に貼って持って行って、被爆者の心を全世界に届けていきたい」
ノーベル平和賞に選ばれた日本被団協の中核を担う長崎原爆被災者協議会では、授賞式に出席するメンバーが現地でリーフレットを配ることにしています。
リーフレットには、今は亡き長崎の被爆者が世界に発信した核兵器廃絶を求めるスピーチなどが英語で載せられ、見開きには被爆者が折った鶴が添えられています。
長崎市の恵の丘原爆ホーム。この施設で暮らす、およそ170人の被爆者も長崎被災協に託す鶴を折りました。
その一人、平山惠美子さん(90)は11歳の時、爆心地からおよそ2キロの自宅で家を出た直後に被爆。雨戸の下敷きになり、母親に助け出されました。
被爆者 平山惠美子さん
「道路には(人が)ゴロゴロ亡くなっていた。『お嬢さん、水ください』って言ったりしていた。顔も覚えていますよ。こうして私に話しかけたのをね。どこの人だったのか」
平山さんと家族は大けがを免れましたが、被爆から3年後、母親に異変が生じました。
被爆者 平山惠美子さん
「手も足も紫になってしまった。病院に行って1週間で亡くなった。私は、ぼーっとして。もう、ばあちゃん(母方の祖母)が泣いてね。ほんと辛かった」
被爆者 平山惠美子さん
「戦争のないように、平和になるように、それだけです」
託された折り鶴、その一羽一羽に原爆がもたらした苦しみ、そして平和への願いが込められています。
長崎原爆被災者協議会 横山照子 副会長
「原爆被害というのが、どういうものだったのかというのをやっぱり感じてほしい。そして、今ある核兵器を一刻も早くなくしてほしい。もっともっと核兵器廃絶のために皆さん力を合わせてくださいということをみんな願って折っていますので、鶴と一緒に飛んでいきたい
物言わぬ折り鶴が、被爆者の願いを世界へ伝えます。