「中小企業をめぐるM&A」についてです。悪質な投資会社が入り込み会社の資産を食い物にする“吸血”ともいえる手口の被害は従業員にも及んでいます。私たちの直撃に、会社のトップたちは?
【画像で見る】悪質業者の代表に“初直撃”「違います。なんだよ」
中小企業が餌食に 吸血型M&A 悪質業者の主張は
雑居ビルの一室が投資会社「ルシアンホールディングス」の事務所として使われていました。買収された30あまりの中小企業が「吸血型M&A」の被害を訴えています。
茨城県にある老舗の納豆業者も狙われました。
金砂郷食品 永田由紀夫 社長
「(ルシアン社は)約束と全然違うし、やっていることもいい加減」
その手口は▼買収した企業から預金を送金させ、吸い取る。▼借金の連帯保証は前の経営者に背負わせたまま、▼経営をほとんど行わずに行方をくらませる。
ルシアン社の代表X氏と取締役Y氏はどこにいるのか。7月、取締役Y氏を直撃取材すると…
記者
「ルシアンホールディングスについてうかがいたい」
ルシアン社 取締役Y氏
「急いでいるから」
記者
「企業買収のことをうかがいたい」
「急いでいる」としか答えませんでした。
今回交渉の末、Y氏が初めて電話取材に応じ、「従業員が資産を持ち逃げした」「自分たちは被害者だ」と強調しました。
ルシアン社 取締役Y氏
「マスコミが意図を捻じ曲げている。狐に化かされた世界だ、完全に。(買収した企業は)はなから全部、赤字会社ですから。全部、ルシアンがお金を補っただけ。従業員が在庫や機材を持って逃げたとか、そこに返済資金だけを入れていたことがたくさんある」
しかし、取材を進めると全く逆の実態が明らかになりました。
吸血型M&A 残された従業員の悲劇 会社に監視カメラ 従業員に送金命じる
ルシアン社に買収された大阪市にある中小企業「ゼネラルビジネスマシン」。そこに20年以上勤めていた男性が社屋を案内してくれました。しかし…
ゼネラル社 元社員
「受付のネームプレートも自分が作った。日常を奪われたと思う。かけがえのない日々を取られた」
今、ゼネラル社の社屋と土地は自治体などに差し押さえられ、郵便受けには大量の督促状が。
ゼネラル社は従業員約50人。多くの企業が導入している「ポイントカード」の販売や、システムの構築を手がけてきた50年の歴史を持つ中小企業です。売り上げが10億円を超えた年もありましたが、2023年12月、事実上の倒産。そのきっかけがルシアン社によるM&Aでした。
ゼネラル社 元社員
「買収された当時は、会社がなくなるとは思っていなかった。あんなに無茶苦茶なお金の抜き方をされるとは思ってもいなかった。1日1日が衝撃だった」
2022年8月、ルシアン社の代表X氏が社長に就任。その直後から従業員の悲劇が始まりました。
ゼネラル社 元社員
「株式譲渡が締結された月に、いきなり3000万円抜かれた形になる。口座にあるだけ持っていかれる形だった。根こそぎです」
ゼネラル社の口座の記録にはM&Aが成立した直後、わずか2日間で3000万円もの大金がルシアン社に送金されていたことがわかります。さらに…
ゼネラル社 元社員
「あそこに喫煙所がある。その喫煙所を撮るように監視カメラが設置された」
喫煙所だけでなく、経理を担当していた従業員の座席の周りにも5台の監視カメラが設置され、多額の預金をルシアン社に送金するよう命じられたといいます。
給料の支払日である25日の前日には…
ゼネラル社 元社員
「24日の夜に給与振込用に用意していたお金をルシアンにごそっと抜かれる。25日の朝になると、残高不足で給与振込が実行されない。怒りしかなかった。『何を考えてるんや』と。確信犯だと思う」
行き詰まる経営。従業員は団結して、給料を守るためにルシアン社側に隠れてこんな対策まで行いました。
ゼネラル社 元社員
「社員旅行とかに行くために『親睦会費』を積み立てていた。そこのお金を一時的に借りて全員の給料に充てて。売上金が入ったら『親睦会』の口座に戻すという形でその場をしのぐ」
しかし、結果的に約1億円もの預金がルシアン社に吸い取られ、家族同然に過ごしてきた従業員は全員退職。男性は当時の思いを手記にまとめていました。
「大切な仲間との平穏な日々が崩壊していくさまは、筆舌に尽くしがたい辛い思いでした。事務所では仕事をしていると自然と涙が出て、時には嗚咽に変わることもありました」
ゼネラル社 元社員
「みんな好きだった。戻せるものだったら、あの時に戻したい」
男性は最後の1人の給料を払い終えるまで、仲間とともに奔走しましたが…
ゼネラル社 元社員
「とんでもなく自分が無価値な存在というか、そう思って1人で残業をしていた日にサーバー室で首を吊ろうとした。経理担当の従業員が『(男性)さんのせいじゃない』と言い切ってくれた。涙が止まらなかった」
ルシアン社の代表X氏と取締役Y氏はゼネラル社の預金を吸い取ると、音信不通に。
「違います!」 潜伏先で…ルシアン社代表X氏を直撃取材
取材を進めるなかで、代表X氏は「複数の潜伏先を転々としている」という情報が舞い込みました。そのうち、ある場所を張り込むと代表X氏の姿が。
記者
「ルシアン社代表X氏ではないか?」
代表X氏
「違います」
記者
「買収した納豆業者の件をご存じですよね」
代表X氏
「違います。なんだよ」
記者
「ゼネラル社のこともご存じですよね」
代表X氏
「違います」
一貫して「違う」とだけ話し、走り去りました。
今回、ゼネラル社のM&Aを従業員が知ったのは、創業家が株式の売却を終えたあとでした。男性は「被害は残された従業員にも及ぶことに目を向けてほしい」と訴えます。
ゼネラル社 元社員
「何よりも今回、従業員が置いてきぼりだった。従業員の声というのが全然M&Aに取り入れられなかった。売り手・買い手という視点だけでなく、従業員や関わっている人という、もっと総合的な目でM&Aが実行されるような仕組みを作ってほしい」
従業員への被害も深刻 対策は?
小川彩佳キャスター:
経営者に対する被害だけでなく、従業員に対する被害も深刻です。
調査報道部 守田哲 記者:
M&Aは世界中で行われていますが、神戸国際大学の中村智彦教授によると「EUでは従業員の給与や労働条件が大きく変わる場合は、必ず事前に通告しないといけない。また日本では、従業員保護のルールが遅れていたことが今回の問題の根底にある」と指摘しています。
小川キャスター:
なぜ、こうした被害が多発しているのでしょうか?
守田記者:
日本の中小企業は300万社以上にのぼります。しかし、経営者の高齢化による後継者不足が今回の問題の背景にあると思います。
被害企業を取材した際に、「恥ずかしい」「取引先に申し訳ない」などの理由で取材を断られる事が多々あります。正確な数は分かっていませんが、被害企業の実際の数はかなりの数に上るのではないかと感じています。
今後、捜査機関がこうした悪質な買い手企業を摘発するのかどうかも注目されます。
小川キャスター:
まさに今わかっている被害は氷山の一角と言うか、泣き寝入りしている事業者も多いのではないかと想像します。被害をこれ以上広げないためには何ができるのでしょうか。
教育経済学者 中室牧子さん:
今回のようなことがなぜ起こるのかを改めて考えてみると、買い手と売り手の利害関係者の間で、当事者で持っている情報にかなり大きな差があるということなのではないかと思います。
特に中小企業のM&Aの場合、買い手の情報がほとんど明かされないことがよくある話だそうで、事業譲渡についての専門的知識を持たない売り手側からすると、悪質な業者が入ってきた時にも問題を見抜けないということが起こってしまうのではないかと思います。
そうすると、こういった問題を解決するには買い手と売り手の情報を限りなく透明にしていくことが非常に重要かなと思っています。
例えば結婚や求職のマッチングサイトように、買い手と売り手の情報がかなり明らかになっているとM&Aにおけるマッチングの問題も解消される可能性があるので、完全に結婚や求職のようにはいかないかもしれないけれども、同じような形を目指していくことが解決のひとつとして考えられるのではないかと思います。
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<プロフィール>
中室牧子さん
教育経済学者 著書「学力の経済学」など
教育をデータに基づいて分析
【TBSインサイダーズ】
中小企業M&Aの問題や、内部告発の情報提供を「TBSインサイダーズ」で受け付けています。皆さまの情報をお寄せください。