消えた“野生動物” 新型コロナの震源地 中国・武漢の「海鮮市場」で起きている変化 パンデミックから5年 今も封じ込められる「批判」の声

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2024-12-26 06:30
消えた“野生動物” 新型コロナの震源地 中国・武漢の「海鮮市場」で起きている変化 パンデミックから5年 今も封じ込められる「批判」の声

中国・武漢で新型コロナウイルスの最初の感染者が発症したとされる日から12月8日で5年が経った。流行の初期に集団感染が確認され世界が注目した“あの海鮮市場”はいまどうなっているのか?いまだ論争に決着がつかないウイルスの起源について武漢の人たちはどのように考えているのか?“震源地”武漢を取材した。

【画像で見る】中国・武漢の放置された海鮮市場、郊外に移転した新海鮮市場

「ずっと閉鎖されている…」集団感染の海鮮市場はいま

中国の中心部に位置する武漢市。新型コロナの感染が最初に確認された都市だ。12月2日に武漢市に入った取材班は市の中心部にある海鮮市場に向かった。この市場は流行の初期に集団感染が確認され、2021年1月にはWHO=世界保険機関の調査団も訪れた。おそらく世界で最も知られている海鮮市場の1つである。

市場の建物は現在もそのまま残っていて、人の背丈を超える高さの青い塀で囲われている。周辺の歩道には約5メートルおきに防犯カメラが設置してあり物々しい雰囲気が漂っている。市場の中は人気がなく使われていないようだ。ただ、建物の2階は眼鏡売り場になっていて通常通り営業している。当時の状況について聞いてみたが「市場の管理者に聞いて欲しい」と一様に口が重かった。この市場はずっとこのままなのか?周辺に住む人に話を聞いてみた。

市場の近くに住む女性
市場はコロナが流行したときからずっと閉鎖されている。今後、国が市場をどうするのか全く知らない。スーパーマーケットにして欲しいね」

海鮮市場は郊外に移転 売ってはいけないものとは?

市場を囲っている青い塀に設置された看板が目についた。市場が郊外に移転したと書いてある。取材班は車を30分ほど走らせ移転した新海鮮市場に向かった。敷地のなかには鮮魚を扱う店がずらりと並んでいる。店の前に置かれた水槽のなかには生きのよい魚が泳ぎまわっていた。しかし、買い物客の姿は少なくがらんとしていた。

市場の中でどうしても見つけることができないものがあった。野生のウサギやイノシシなどだ。武漢などでは野生動物を食べる習慣があった。健康に良いなどと考えられていたためで、かつて海鮮市場では野生動物も買うことができたという。新海鮮市場で商売を営む人たちにいまも野生動物を扱っているのかどうか聞いてみた。

新市場で商売をする女性
野生動物は市場のルールで販売してはならないことになっている。いまは売っていないと思うよ」

新型コロナをめぐっては、海鮮市場で売っていた野生動物から人に感染したとの指摘が相次いだ。中国政府は野生動物の販売を禁止していて、現在もそのルールは徹底されているようだ。

新型コロナは外国人が持ち込んだ!?論争に決着がつかないウイルスの起源

新型コロナウイルスはどこからきたのか?12月3日、アメリカ議会の下院に設置された新型コロナに関する特別小委員会が最終報告書を公表した。「ウイルスは武漢の研究所から流出した可能性が高い」と結論付けていた。

取材班は武漢の繁華街で、新型コロナの起源について聞いてみた。

武漢に観光に来た中国人
「コロナの起源についてはよく分かりませんが 海外から来たと信じています」

武漢市民
「新型コロナは外国人が持って来たに違いありません」

多くの中国人が、武漢がウイルスの起源だとする説を否定した。

中国の外務省はアメリカの報告書についてすぐに反論。「根拠がないなかで中国に濡れ衣を着せようとするものだ」と武漢の研究所流出説を強く否定した。新型コロナの起源をめぐる論争は5年経ったいまも結論が出ていない。

「苦しみを乗り越えることができない」新型コロナで娘を亡くした母親の思い

武漢で人気の観光地「江漢路歩行者天国」。中国で最も長い歩行者天国といわれている。取材班が訪れた日は観光や食べ歩きを楽しむ人たちで賑わっていた。新型コロナが流行していたときは閑散としていたものの、いまはすっかりもとの様子に戻ったという。

しかし、新型コロナで人生が変わってしまった人もいる。武漢市に住んでいた楊敏さん(54)。2020年2月に24歳の娘を新型コロナで亡くした。今回、楊さんにインタビューを行った。

 新型コロナで娘を亡くした 楊敏さん(54)
「娘は私の全てでした。娘はカニなど海鮮が大好きで食べることと遊ぶことが好きな子でした。娘は2020年1月19日ごろに発熱しました。なかなか高熱が下がることはありませんでした」

1月23日に武漢はロックダウン(都市封鎖)された。医師や看護師も混乱し誰も娘の治療にあたる人はいなくなったという。

新型コロナで娘を亡くした 楊敏さん
「食べるものも飲むものも自分で確保しなければならなくなりました。やがて娘は『ママ、身体が痛い。息ができない』と言って苦しむようになりました。29日に娘は集中治療室に送られました。私はなにもすることができませんでした」

そして2月6日に娘は亡くなったという。

新型コロナで娘を亡くした 楊敏さん
「これは一生忘れることができない悪夢です。いまでもスマホを見るとき、娘の写真が出てくると思い出してしまう。そしてとても辛いのです。この苦しみを乗り越えることはできないようです

「情報の隠ぺいが娘の死につながった」と訴え当局の監視下に そして決死の国外脱出

楊さんは「地元政府が当初 新型コロナを隠ぺいしたことが娘の死につながった」などとして地元の政府を相手取り訴訟を起こそうとしたが、訴状は受理されなかった。そして、地元当局の監視下に置かれるようになり外出するときは尾行されるようになったという。それでも裁判をあきらめなかった楊さん。夫は当局との戦いをやめようとしない楊さんのもとを去っていった。

新型コロナで娘を亡くした 楊敏さん
私は地元政府が情報を隠ぺいしたことの責任をとり謝罪するよう求めました。過ちを犯したのだから謝罪して欲しいと、とても小さな要求だと思います。やがて私は当局に尾行されるようになりました。行く先々でカメラを向けられ写真を撮られるようになりました。彼らは私の生活の大部分に侵入してくるようになりました。これ以上中国にいることはできなかった、いたら窒息死してしまうと感じたのです

耐えかねた楊さんは23年3月、隣国のラオスに出国。タイやトルコなどの国を経由して現在はオランダで難民として生活しているという。

新型コロナで娘を亡くした 楊敏さん
「私が武漢を離れると住んでいたコミュニティの監督者から電話がかかってきて『どこへ行ったのか?私たちも同行したい』と言われました。私は携帯のカードを捨て、命の危険を感じながら運転し続けました。その後、ラオスに足を踏み入れたとき安全でないことは分かっていました。それでも中国から脱出できたことは幸運だと感じました。今は難民キャンプにいますが中国にいたときよりも自由だと感じます」

「罪を償わせることが娘にとって最高の贈り物」真実のために今後も戦う

新型コロナで娘を亡くした 楊敏さん
「私の家族は壊れてしまいました。この5年間は私の人生をすべて変えてしまったのです」

 新型コロナによって“人生が変わってしまった”という楊さん。最後に今後どうするのか?聞いてみた。

新型コロナで娘を亡くした 楊敏さん
新型コロナを通して政府が学んだことは情報の隠ぺいと口封じだけでした。私にはもう子どもはいませんしオランダに親戚もいません。残りの人生は真実を明らかにするために使いたいと思います。私は娘に何もしてあげることができず、良い母親になることができませんでした。政府に罪を償わせることが娘にとって最高の贈り物なのです」

今後も真実を明らかにするために戦い、政府に謝罪を求めていくという楊さん。なぜ娘は死んでしまったのか?納得できる答えが返ってくる日はくるのだろうか。

取材後記

今回取材した楊敏さんは新型コロナが流行し始めた際の武漢政府の初動対応に疑問を持ち続けていた。初動対応は正しかったと思うか?武漢の繁華街で聞いてみた。

武漢市民
「武漢政府の対応は素晴らしかったと思います。そうでなければ“英雄の都市”とは呼ばれないでしょうから」

武漢に観光に来た中国人
「武漢は中国国内でも対応が一番すごかったし最も早く対処していたと思う」

中国で武漢はコロナ禍を乗り越えた“英雄都市”として称えられていて、今回街で話を聞いた中国人も一様に政府の初動対応を評価した。

一方、批判の声はいまも徹底的に封じ込められている。11月には新型コロナ感染拡大の初期に武漢の実態を発信した市民ジャーナリストが逮捕された。一度、実刑判決を受け、その後刑期を終えて出所していたにもかかわらず再び拘束されたのだという。

新型コロナの対応をめぐっては日本を含む多くの国が混乱した。だからこそ、当時どうするべきだったのか、今でも議論が続いている。一方で議論すら許されない中国。これで、次なるパンデミック(世界的大流行)に備えることはできるのだろうか。

JNN北京支局 松尾一志

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