4時間半に及んだ年末恒例の“大記者会見”で軍事作戦も国内経済も上手くいっていると述べたプーチン大統領。ロシアは“真の主権国家”になったと語る一方で、この3年間が“重大な試練”で冗談を言う回数は減り、殆ど笑わなくなったと漏らした。
【写真を見る】プーチン氏に逮捕状を出した国際刑事裁判所 しかし危機をもたらしているのはアメリカだった【報道1930】
このプーチン氏には国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ている。そして逆にロシアはそのICCの所長らに逮捕状を出し指名手配をすることで対抗している。ところが、そのICCの存続自体を危うくしているのはロシアではなくアメリカなのだという。一体何が起きているのか…?
「銀行から借り入れた資金を使うことは破産を宣告」
プーチン氏は会見でロシア経済は正常であると強調したが、実情はかなり違うようだ。
今年のロシアのインフレ率は8.0~8.5%(ロシア中央銀行)。これでもかなり高いが、実質的にはその2.5倍程のインフレ率と言われている。食料品などの価格も軒並み高騰し、特にバターは品薄で高値だとして、バター泥棒が横行しているという。
北海道大学 服部倫卓教授
「色んな物の過去1年の値上がりを見るとバターが一番大きい。(中略)日本以上にバターはロシアの食生活では必需品です」
物価以上にロシア経済が正常ではないと思わせるのが21%という政策金利だ。これにスライドする銀行融資の金利は実に38%だ。過去に借りた金利もそれに合わせて勝手に上げようとしているという。モスクワで化粧品卸をしている社長は…
化粧品卸会社 フセボロード・プリホジコ社長
「今は銀行から借り入れた資金を使うことは破産を宣告するようなもの…。今月々1000ドル返済しているローンがあれば2500ドルずつ返すことになる」
ロシアでは既に借りているローンの金利も一方的に引き上げられるという。この政策にはプーチン氏に近いオリガルヒも反論する。
軍産複合企業『ロステック』セルゲイ・チェメゾフCEO
「この金利は狂気の沙汰。このような冷却では経済を凍結させると懸念している…」
これに対し、シルアノフ財務相は「高金利と高インフレ、どっちがマシかと言えばもちろん高金利だ」と発言したという。
「“共食い整備”」航空業界は部品調達が困難に…
広大な国土での移動手段として欠かせない航空業界は深刻な事態に陥っている。ロシアでは主にエアバス、ボーイングといった欧米の旅客機が使われているが、経済制裁によって部品調達が困難になっている。ロシアの航空産業に詳しい渡邊光太郎氏は言う。
『ロシアNSI 経済研究所』 渡邊光太郎氏
「“共食い整備”といって他の機体から部品を持ってくる。または(規制の)緩い国から…」
こうした事情で、例えばエアバスなら全66機中34機が運航停止中だ。さらに欧米の機体はリース契約で本来返却しなければならない。これに対しロシアは返却の禁止を法制化した。
『ロシアNSI 経済研究所』 渡邊光太郎氏
「不法占有を(国が)命じた状態ということになります。差し押さえとか損害賠償とか普通の民事訴訟の世界…ですからあり得ないです」
そして、ロシアの旅客機は国際的な耐空証明が取り消されたので国外には運航できない。これに対してはロシア独自の耐空証明を勝手に発行し、国内とロシアの勢力圏だけで運航している。もとよりロシアやプーチン氏には国際ルールなど通用しない…。
「一番底辺の、一番弱い人たちを最後に救うものが“法”」
たとえ国際ルールが通用しない相手でも、正義を実現するためにあるのが国際刑事裁判所(ICC)だ。
ICCは去年3月“ウクライナの子どもたちを強制的にロシアに移送した戦争犯罪”容疑でプーチン大統領らに逮捕状を出した。これに対しロシアは反発。ICC上層部に対して逆に逮捕状を出し指名手配した。
さらに問題は、今年プーチン大統領がモンゴルを訪問した際、モンゴルはICC加盟国であるにもかかわらず逮捕どころか国を挙げて歓迎した。
ロシアからは“逆指名手配”、加盟国がロシアを歓迎…。今ICCは危機に直面している。番組ではキャスター自らICC所長にインタビューした。日本人として初めてICCのトップに就任した赤根智子所長だ。
国際刑事裁判所(ICC)赤根智子 所長
「(ロシアの指名手配、怖さはなかった?)そういう感情より“やっぱり来たか”という感じでした…。去年の9月に大々的なサイバー攻撃があって一時ICCのITシステムがダウンした。もう少し前には、ロシアのスパイと思われる人がICCに入り込もうとしてオランダの警察に捕まったという事件もあった…。色んな脅威があるということは承知してます」
脅威はロシアばかりではないという。先月ICCは“戦争の手段としてガザ地区の住民を飢餓状態に陥れた戦争犯罪”容疑で、イスラエル・ネタニヤフ首相らに逮捕状を発行した。
これに対しアメリカ・バイデン大統領は「ハマスとイスラエルを同列に扱うのは言語道断」と発言。下院議会はICCの職員や関係団体への制裁案を可決した。この流れは法案の内容にかかわらず、様々な企業とICCとの取引に影響することを赤根所長は懸念する。
国際刑事裁判所(ICC)赤根智子 所長
「アメリカがICCへの制裁に踏み切れば、ヨーロッパにある企業あるいは銀行、日本にある銀行そういうものが“ICCとは取引しません”というような…法律そのものより“波及効果”ですね…。ICCの口座が凍結される…、あるいは裁判官の個人口座が凍結される…。
そうすると給料を払えない、住宅ローンが払えないというような…さらにICCの裁判所内のIT関係がマイクロソフトなんです。これアメリカの会社なんで、即取引が停止してサービスが受けられなくなる。そうすると裁判自体できなくなる、ICC全体の業務が停止するということになります。ほぼ潰れたと同じ状態…」
第二次大戦後の東京裁判もニュルンベルク裁判も戦勝国が敗戦国を一方的に断罪するものだった。
世界の秩序を守るために公正で国際的な司法組織が必要だとして生まれたのがICCだ。誕生までには長い時間が費やされ、2002年にようやく始動した。だが国連の常任理事国のうちアメリカ、ロシア、中国が加盟せず、イスラエルも入っていない。現在124の国と地域が加盟するが、その実行力は理想とはかけ離れている。
国際刑事裁判所(ICC)赤根智子 所長
「私はどこに行っても『ICCがなくなったらどういう世界になるか想像してください』って言うわけです。戦後世界の英知を集めてようやくできたICCが、少しずつでも法の支配というもとに裁かれるべき人は裁かれるという世界になっていくことを目指して…」
元々“正義のために仕事がしたい”と検察官になったという赤根所長。最後に松原キャスターが聞いた…、「“法”の持つ最も大きな力って何だと思われますか?」
国際刑事裁判所(ICC)赤根智子 所長
「“法”っていうのは人間生活の中で最後のセーフティーネットみたいなもの。法律家が陥りやすい間違いっていうのは法律家が何でも仕切っていると思い込むことです。そうではなくて一番底辺の、一番弱い人たちを最後に救うものが“法”であるべき出し、そうなっているべき…。ICCはそのためにあるんだ、と…」
ICCの存続のカギを握るのは“ならず者国家”でも“テロ国家”でもない民主主義を標榜している超大国アメリカなのである。そして、日本はICC最大の拠出国であり法の支配を尊重する国。赤羽所長が日本に求めることとしてはただ一つ、同盟国としてアメリカが制裁するようなことはしないよう働きかけてほしいということだという。
(BS-TBS『報道1930』12月20日放送より)