インターネット上でいろんなものが購入できる今。ただ、少し前に「今だけ月額980円!」という破格の条件に吸い寄せられて某インターネットサービスに登録したら、今月その会社から2,980円の請求メールが…。「あれ、高くない?」と思って契約時の規約を見直したら、長~い文章の中に小さく「2か月目以降は月額2,980円になります」の文字。そんなの聞いてないと思って解約しようとしたけれど、今度は探しても探しても解約の仕方が見つからない。「騙された!」と思っても、登録の時にちゃんと規約を読まなかったのは自分だし…。そういえば、他にも同じように「今だけ90%引き!」とか「あと少しでキャンペーン終了!」みたいな謳い文句に飛び付いて、後からクレカの利用明細などを見て「これ何の出費?」って思うものが結構あるような。インターネットサービスって便利だけど、何だか随分と無駄な出費が増えてる気がするな…。
「あなた、それ、ダークパターンにハマっていませんか?」
そう言いながら、呆然と立ち尽くす私の前に現れた黒スーツの男性は笑ゥ○ぇるすまん……ではなく、一般社団法人ダークパターン対策協会で代表理事を務める小川晋平さんだ。
ダ、ダークパターン? それって宇宙空間を構成する大半を占める素粒子とかのことですか??
……そんなつまらない冗談はさておき、もうこれ以上インターネットで損をしたくないので、小川先生、ダークパターンについて詳しく教えてください(泣)。
誠実にやっている企業も“闇落ち”する ダークパターンの現状
一般社団法人ダークパターン対策協会とは
株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)の社内組織として活動してきた「Webの同意を考えようプロジェクト」が発展的解消する形で昨年10月に創設された新組織。誠実なWebサイトを認定する「非ダークパターン認定制度(通称:NDD認定制度)」を今年7月に開始予定で、中立的な立場からダークパターンの撲滅や危険性の警鐘に取り組む。
(以下インタビュー)
――そもそも「ダークパターン」ってインターネットで使われる言葉なんですか?
はい。ウェブサイトやモバイルアプリで、悪意があったりユーザーに解りづらいインタ-フェース(画面の見せ方)をして事業者側に有利に誘導する行為のことを「ダークパターン」といいます。もともとはイギリスのハリー・ブリヌルさんというUXデザイナーが2010年に自身のウェブサイトの中で言い始めた言葉です。ダークパターンには16の類型があり、「嘘の情報で販売商品の価格を安く見せたり、効果的に見せたりしている」や「一回だけの購入のはずが、こっそり定期購入にされている」というのはその典型的な例です。
――むむ、そう言われると私も被害に思い当たるフシが…。小川さんたちはいつからダークパターンに注目してきたのでしょう?
私はもともとIIJのビジネスリスクコンサルティング本部という部署に所属し、自社のプライバシー保護の対応やお客様向けのコンサルティングサービスに携わってきました。そこで当初は、インターネット上にやたらと出てくるクッキーバナー(ウェブサイトを訪問した時にポップアップで表示される同意表示)や個人情報入力フォームに対し、規約をよく読まないまま「同意」をする人が増えている「形骸化した同意/ウェブの同意疲れ」問題に取り組む活動をしていたのですが、2019年頃からEUで「ダークパターン」に関連する裁判例が出始め、我々が研究してきた問題もそこに密接に繋がっていることから、ダークパターン全体の対策の取り組もうと、今年の春からチームを作って活動を本格化してきました。
――なるほど5年以上前からこの問題に取り組まれてきたんですね。「消費者を騙すウェブサイト」であれば法律などで規制ができそうな気がしますが、なぜ御協会のような組織が必要なのでしょうか?
ダークパターンに該当するウェブサイトは大きく「狭義のダークパターン」と「広義のダークパターン」に分けられます。上の図を見ていただきたいのですが、この一番右にあるような明らかに消費者を騙そうとして法令違反をしているサイトが「狭義のダークパターン」といえます。一方で、適切な情報提供をしているつもりだけど、客観的に見ると分かりづらく、規約が小さな字で長々しく書かれていて読みづらいなど消費者の正しい選択好意を妨げる恐れがあるサイトを「広義のダークパターン」といいます。このうち、後者のような“グレーゾーン”にあるようなサイトは悪意の判定が難しいため、現在の日本の法律では取り締まれない状況にあります。そのため、中立的な立場からダークパターンの対策にあたる本協会を立ち上げたのです。
――ダークパターンという言葉自体は15年近く前からあるとのことですが、昨今でもダークパターンは増加傾向にあるのでしょうか。
増えていますね。その理由はシンプルで、現状の法規制だとダークパターンを使った方が「儲かるから」です。消費者は誠実で慎ましいサイトよりも、煽り文句で心理的に誘導されるダークパターンのサイトの方を利用しがちになるので、同じ領域で戦うサイトの場合、必然的にダークパターンを使っている方が“やったもん勝ち”の状況が起こります。そういう環境になると、本来は誠実な対応をしているサイトの方にも「法規制がないなら自分たちもやってしまえばいいのではないか」と“闇落ち”する状況が起こってきます。我々の調査ではダークパターンによって消費者が年間1兆円以上の被害を受けているというデータもあり、この状況に歯止めがかからず、「インターネットというのは安心して使えないものだ」というムードになってしまうことを危惧しています。
――イッ、1兆円 それは小さな国の国家予算にあたるレベルの金額じゃないですか。そして確かに真面目にやっていることが正しく評価されないなら、闇落ちという現象もありそうですね。まるで暗黒面に入ったアナキンがジェダイから堕ちてダース・ベイダーになったかのように…。
そうですね(笑)。例えば、今はメルマガが企業と消費者をつなぐ重要なコミュニケーションツールになっていますが、一度買い物をしたサイトのメルマガに勝手に登録されているケースって最近とても多いですよね。ああいうのもダークパターンの一種で、そういう企業はメルマガ新規登録数が担当部門のKPI(業績を評価する重要指標)の中に組み込まれていて、そこで消費者が不快な思いをするかもしれないというのは頭に入っていないので闇落ちする可能性が強いといえます。
日本人の8割以上がダークパターンを経験している
――「騙される」というと金銭の支払いが発生することをイメージしてしまうのですが、ダークパターンはECサイトやインターネットサービスだけに該当するものなのでしょうか?
いいえ、金銭の授受がないサイトでもダークパターンは存在します。例えば個人情報を取られて違法に活用されるケースもダークパターンです。少し前に大手就職サイトがクッキーの記録を分析して内定辞退率の情報を顧客に流していた事件が大きくフォーカスされました。この件のように本人の知らないところで個人情報を勝手に利活用されるのも大きな問題です。そのほか、グルメ情報サイトなどで気になるお店のメニューを見たいと思った時、すぐ近くに品書きっぽい画像があって、そこをクリックしたらまったく違う広告サイトに飛ばされる…みたいなケースもよくありますよね。そういうのも、お金を取られていなかったとしてもダークパターンの一種なんです。
――日本国内の規制はどう進んできていますか?
日本では消費者庁が取り締まりを強化しており、企業への行政処分も行われ始めています。一方で、総務省は電気通信事業法で電気通信事業者を見ているほか、今月に改訂版が発表される予定の「スマートフォンプライバシーセキュリティイニシアチブ」を規律として、スマホアプリに関する事業者を監視しています。
――小川さんたちは欧米のダークパターンも研究されているそうですが、ダークパターンに日本ならではの特徴というのはあるのでしょうか?
日本ならではの傾向は特にありませんが、どの国でもダークパターンの被害は起きています。その中で、我々がやろうとしているのは世界に先駆けた取り組みなので、日本で普及した先に他国にも同じような活動が広まり、いずれは海外の団体と最新の情報を共有して消費者の方々に注意喚起できる関係を作りたいと考えています。ヨーロッパやアメリカ、例えばイギリスは法律がとても厳しくて、平たく言うと騙そうとする行為をすべて取り締まります。日本ならばグレーのところもすべて騙していると捉えて、ズバッと物凄い金額の制裁金を課してくるんです。そういうハードロー(法的拘束力が高い状態)な環境なのでグレーゾーン自体が存在しないのですが、東南アジアなどの国々には親和性が高い取り組みだと思っています。
――御協会が運用を予定している「NDD認定制度」が普及すれば新しい世界観が生まれそうですが、ダークパターンと思しきサイトを運営している企業は今度どうなっていくと思われますか?
私たちが行ったアンケートでは回答者の86%以上の人がダークパターンを経験したことがあり、過去1年間だけでも意図しない契約・購入などによる金銭的被害を受けた人の割合が3割以上にのぼりました。そうした結果からも既に消費者がダークパターンにうんざりしている現状が伺えると思います。その上でNDD認定制度が普及した未来を前提にさせていただくと、ダークパターンを行う企業はどんどん消費者から嫌われ、最悪の場合、市場から撤退せざるを得ない状況に追い込まれていくと思います。ダークパターンというのは企業にとってレピュテーションリスクが高いものなので、SNS等で消費者からの評判が広まるとダメージが大きいですからね。
ダークパターンにハマらないために一般消費者ができることは?
――ダークパターンが成長する背景には、私たち消費者が安易な誘いに乗ってしまうという側面もあると思うのですが、一般消費者がダークパターンに騙されないためにできることはあるのでしょうか?
シンプルなことですが、第一に「今だけ安い」とか「凄い効果がある」といった、煽ったり焦らせたりする情報は全部疑ってかかってください。ダークパターンを使っているようなサイトは一連の操作をする中でユーザーの購入心理を煽ってきます。5分、10分とサイトを見ているうちに気持ちを高めさせて、その勢いのまま購入ボタンを押させようとしてくるんです。そのため、「常に最終購入ボタンを押す前に一旦サイトを閉じて、ひと晩寝かせる」ことを心がけてみてください。頭を冷ましてからもう一度考えて、それでも欲しいと思うなら買えばいい。「あと2時間で終了」とこちらの気を焦らせるようなキャンペーンはほとんど偽物で、2時間たった後も同じキャンペーンが続いていますからね。
――なるほど、カレーのように一晩置いて購入の意思を熟成させるということですね。一度目を逸らすという面では、購入ボタンを押す前に目を閉じて、頭の中でジョン・レノンのイマジンを思い浮かべるだけでも冷静になれる効果があるかも。「購入ボタンを押した先の未来を想像してごらん」みたいに…。
そうかもしれませんね(笑)。もうひとつ大切なのは、購入規約が表示されたら、たとえどんなに長い文章であっても、それが一回きりの購入なのか定期購入なのか、解約料と解約の仕方だけは必ず確認してください。特に解約については法律で表記が義務付けられているので、書かれていない場合は絶対に購入ボタンを押さないでください。読むのが面倒な時はショートカットキーによる文字検索の活用をおすすめします。規約が画像で表示されていると文字検索はできませんが、そもそもそうしたサイトは悪意が見え隠れしているので購入をやめた方がいいです。
――最後にダークパターンの撲滅に挑む一人として、小川さんが一般消費者に伝えたい思いを教えてください。
インターネットやモバイルアプリを使う時に、誠実な対応をしているウェブサイトを見極める眼を養ってほしいです。誠実なサイトをちゃんと評価してあげてほしい、そして褒めてあげてほしいです。そういう世界観がないと、インターネットという本来は便利なインフラが価値のないものになってしまいますからね。私たちも消費者向けのガイドラインを作ったり、ダークパターンの危険性を呼びかけるマンガをウェブサイトで公開するなど、NDD認定以外にも様々な活動をしていく予定なので、ぜひ注目していてください。
――これでもう、何でもかんでも騙されないような気がします。小川先生、ありがとうございました!
日経主催のイベントでもダークパターンが主要テーマに
誰もが被害に遭いやすい社会問題として注目が高まるダークパターン。日本経済新聞社が11月7日に開催した第4回NIKKEI Privacy Conferenceでもダークパターンが主要テーマのひとつにあがり、龍谷大学法学部教授で一般社団法人ダークパターン対策協会理事のカライスコス アントニオス氏とIIJビジネスリスクコンサルティング本部の中西康介氏が講演を行いました。ダークパターンという言葉は初耳でも、あなたも既にそれに類するものの被害を受けているかも。インターネットが便利なツールであり続けるために、ダークパターン撲滅に向けた官民協力の取り組みはもちろん、怪しい話に騙されない消費者自身の心がけも大切といえるでしょう。