「ほんとに疲れた…」高額療養費制度見直しや高校無償化で露呈した、少数与党政治の功罪

「ほんと疲れた。ヤマタノオロチと戦ってる気持ちになったよ」
2月26日。
自民、公明と日本維新の党首会談が行われ、高校の授業料無償化など、ようやく3党の協議は合意にたどり着いた。維新と交渉にあたった与党側の実務者の一人はくたびれた様子で、周囲にこうつぶやいた。
高校無償化を協議するはずの実務者協議に突如、維新側から持ち込まれた社会保険料の値下げの要求。次から次へと突きつけられる要求に、維新を8つの頭と8本の尾を持った伝説の怪物「ヤマタノオロチ」に例え、手強かったと振り返る。
与党だけではなく野党の賛成を得なければ予算案をはじめ重要法案を通すことができない。この少数与党の悲哀を身にしみて感じた様子だった。
この日ようやく、2025年度予算案は29年ぶりに修正され、成立するめどがたった。
若者の支持率16%しかない石破内閣
野党と具体的な政策の協議を進め、野党案を取り入れ予算案を修正させるという与党側の姿勢に、JNN世論調査では61%の有権者が「評価する」と答えた。
一方、石破内閣の支持率は2月の調査から1.3ポイント上昇し、38.4%だった。微増ではあるものの、この1か月間の上昇要因としては、野党との協議が連日報道されたことや、日米首脳会談への一定の評価が考えられる。日米首脳会談を「評価する」と答えた人は51%、「評価しない」は39%だった。
しかし、「世代別」に石破内閣を分析するとずいぶん景色が異なる。
18歳~29歳「支持できる」16% 「支持できない」74%
30代 「支持できる」18% 「支持できない」78%
40代 「支持できる」31% 「支持できない」67%
50代 「支持できる」42% 「支持できない」57%
60歳以上 「支持できる」53% 「支持できない」43%
年齢があがるにつれ支持率が上昇していく傾向にある。「30代未満」の支持率は16%に過ぎず、シニア世代が石破内閣の支持率を押し上げている。これは岸田前政権も同様の傾向だった。
5か月続く国民民主人気 陰りは…
各政党の支持率は以下の通り。
18~30代の有権者の政党支持率は自民党を抜いて国民民主が1位となっている。とくに30代未満で国民民主の支持率が自民を逆転する傾向は、国民民主が去年の衆院選で躍進した直後の11月の世論調査以降、5か月続いている。
18歳~29歳 自民13% 国民25%
30代 自民11% 国民15%
40代 自民20% 国民15%
50代 自民30% 国民7%
60歳以上 自民34% 国民5%
国民民主党の玉木雄一郎代表は去年11月、自身の不倫問題で役職停止処分を受け、3月4日に復帰したが、問題が発覚した直後の12月世論調査でも、「代表を続けて良い」が57%と、「代表辞任すべき」35%を大きく上回っていた。不倫問題をもろともせず、看板政策「手取りを増やす」ことに尽力して欲しいとの有権者の判断だったことがうかがえる。
年末から議論が続いた「年収103万円の壁」の引き上げについては、与党と国民民主の協議は合意に至らず決裂に終わった。
「力不足ですね。本当に我々としては忸怩たる思いのところもありますが(中略)学生の息子さん、娘さんがいるその親に適用されている特定扶養控除の所得要件が103万から150万に引き上げられて、学生さんもぜひ理解してもらいたいんですけど今年から2025年から、150万円まで働くようになりますから。これはまず大きな成果ですね」(3月4日玉木代表会見)
決裂に終わったものの、国民民主にとってみれば、30年間動かなかった「壁」が動いたことや、103万円を意識して「働き控え」をせざるを得なかった学生らにとって「150万円まで」働けるようになったことは成果だった。
大山鳴動して「減税額は2~3万」
今回公明党が新たに提案した修正案が成立する見通しだが、その案は年収200万円以下の人は恒久的に非課税枠を160万円にし、年収850万円以下の人については2年間に限って、年収に応じて非課税額をそれぞれ上乗せするというもの。基礎控除の上げ幅を年収ごとに変えることで幅広い年収層で恩恵を受けられるようにした。
幅広い層への恩恵を意識したことと、高所得者層にまで恩恵が行き渡ることへの懸念などを総合的に判断したのが今回の案だったが、制度は複雑。“新たな年収の壁”となっていることも否めず、国民民主党としては「年収制限を設けるべきではない」と反発、合意には至らなかった。
今回JNNの世論調査では、この年収制限についての賛否を聞いた。
【全世代】
「一定の年収で制限すべき」48%
「年収の制限はするべきではない」44%
【世代別】 「一定の年収で制限するべき」「年収の制限をするべきではない」
18歳~29歳 29% 68%
30代 48% 44%
40代 40% 55%
50代 51% 44%
60歳以上 55% 33%
国民民主党を支持する人が比較的多い、30代未満は「年収制限をするべきではない」が圧倒的に多い一方、50代以上では「年収制限すべき」が上回り、全体としては“ほぼ拮抗”しているという結果となった。
年末からはじまった税制協議は、時間が短かったものをふくめておよそ40回にのぼった。大山鳴動して「減税年間2~3万円」という結果に終わった。国民民主党が当初主張していた178万円までの引き上げと比べると、減税額は明らかに小さい。
“小粒”となった大きな要因は財源だった。
国民民主党が主張する「178万円への引き上げ」には財源(つまり国と地方の減収額)は7.6兆円と試算され、与党の修正案だと減税規模はおよそ1.2兆円になる。
交渉は決裂したものの、国民民主にとってみれば、再び178万円をめざして夏の参院選を戦えるため「本気で悔しがっていないのでは」との見方もある。一方で自民党関係者からは「国民民主党が具体的な財源を示さなかったのは本当に無責任だ。ポピュリズムの極みだ」と恨み節も聞こえる。
高額療養費制度見直し「反対56%」から見えてくるもの
維新との「高校授業料無償化」、国民民主との「103万円の壁の見直し」協議と並行して予算審議の中で炙り出された問題が「高額療養費制度」の負担額の引き上げだった。厚労省は制度の見直しについて、現役世代の保険料負担を軽減するためと説明していた。しかし自身もがん治療を経験した立憲民主党・酒井菜摘衆院議員が、涙ながらに負担額引き上げの凍結を求めた予算審議の中で、がん患者など当事者の意見も聞かず進めていたことが明らかとなり、引き上げを見送る動きが一気に加速した。
この制度の見直しについての賛否を聞くと、「納得できる」は「十分」と「ある程度」をあわせて42%、「納得できない」は「あまり」と「全く」をあわせて56%だった。
ただ、こちらも世代別につぶさに分析すると、傾向が異なる。
調査では「十分納得できる」「ある程度納得できる」「あまり納得できない」「全く納得できない」の4択で聞いたが下の表では、「十分」と「ある程度」を「納得できる」に分類した。「納得できない」も同様。
【世代別】 「納得できる」 「納得できない」
18歳~29歳 51% 45%
30代 39% 60%
40代 39% 61%
50代 43% 55%
60歳以上 40% 55%
予算審議の中で、野党や一部の与党から「見直しは国民の理解が得られていない」との声があがっているが、この結果だけ見るとそうも断言できない。現役世代の負担増が見込まれることから、30代未満の若者世代の理解は相対的に進んでいるし、がんになる率が急激に高くなる50歳以降の世代でも、見直しに40%以上が理解を示している。
この数字をみた官邸幹部は「極端に偏った意見じゃなく、正直ほっとした。やはり苦しくても決めないといけないことは決めるというのが長の役割だ」と話した。
この数字について様々な見方ができると思うが、少子・高齢化、医療の発達による医療費や高額医薬品の増加傾向は、避けられそうもない事実であり、政府も制度を維持するためには負担額の見直しが必要、現役世代の負担が膨らむ一方だと説明する。
ただ問題なのは、圧倒的に説明が足りなかったということだろう。当事者との対話など十分な理解が得られないままに進めたことが、結果的に大きなブレーキとなった。
与党・公明党からも「国民の理解が十分になっていない」と指摘され、石破総理もこう反省を口にした。
「増大する高額療養費をそれぞれの方々の能力に応じてどのように分かち合うかということに対して答えを出していかなければならない。私どもとしても、丁寧な御説明が十分ではないという反省は持っておるところでございます」(3月6日石破総理)
「責任ある野党」とは?
「103万円の壁」「高校無償化」「高額療養費」この3つのテーマにおいて、常に議論の真ん中にあったのが「財源」の問題だった。
政策の見直しには常に、財源論とセットで行われなければいけないが、与野党の交渉がいずれも難航したのは、財源をどう捻出するかで揉めたからだ。野党側から財源を提示しない要求が相次いだことに、与党側からも不満が噴出した。岸田前総理は野党にこう釘を刺した。
「国民のために結果を出すためには野党も責任を負うということであります。与党、野党ともに国民のために結果を出すために責任を分かち合う。これが少数与党政治の大きなポイントである」(3月1日福岡市での講演で)
例えば維新と合意した「高校無償化」は、年収の制限をすることなく、公立高校は今年4月から実質無償化、私立高校は来年4月から支援金を年間45万7000円に引き上げることとなった。維新が当提示した額に至らなかったものの、与党は維新の要求の多くを飲んだ形だが、多くの弊害も指摘された。受験戦争の過熱化、私立志向が高まり公立高校の定員割れの懸念、伝統校の質の低下まで指摘する人もいる。それでも弊害部分に、多くの議論が割かれることはなくタイムリミットが迫る中、与党は予算を成立させることを優先した。
予算案など重要法案の成立を優先させるため、与党は議論を疎かにしたまま要求を受け入れるべきではないし、野党も財源や弊害の議論を無視した要求をすべきではない。少数与党となる中、与野党ともに真摯な議論を進めることが今求められている。
TBS政治部 世論調査担当デスク 室井祐作
【3月JNN世論調査の結果概要は以下の通り】
●石破内閣の支持率は38.4%(先月調査より1.3ポイント上昇)、不支持率は57.7%(先月調査より2.0ポイント下落)
●政党支持率は、自民党25.6%(先月より0.9ポイント上昇)、立憲民主党5.6%(先月より0.8ポイント下落)、日本維新の会3.6%(先月より0.5ポイント上昇)、国民民主党10.9%(先月より2.8ポイント上昇)。
●自民・公明と日本維新の会が高校授業料について合意したことについて「評価する」は52%、「評価しない」は34%
●年収103万円の壁の見直しをめぐり、所得税の非課税枠を上乗せする額に年収の制限を設けることについて「一定の年収で制限すべき」は48%、「年収の制限をするべきではない」は44%
●「高額療養費制度」について政府が今後年齢や年収に応じ負担額を引き上げることについて「十分納得できる」が6%、「ある程度納得できる」が36%、「あまり納得できない」が33%、「全く納得できない」が23%
●政府与党が野党の要求を取り入れ新年度予算案を修正することに「評価する」は61%、「評価しない」は25%
●安倍派の元会計責任者の参考人聴取で裏金問題の「実態解明につながるとおもう」が22%、「実態解明につながらないと思う」が66%
●日米首脳会談を「評価する」は51%、「評価しない」は39%
●今後のウクライナの対応について、「ロシアの主張を受け入れず戦闘を継続すべき」が22%、「ロシアの主張を一部受け入れてでも停戦すべき」が63%
【調査方法】
JNNではコンピュータで無作為に数字を組み合わせ、固定電話と携帯電話両方をかけて行う「RDD方式」を採用しています。3月1日(土)、2日(日)に全国18歳以上の男女2462人〔固定828人、携帯1634人〕に調査を行い、そのうち41.7%にあたる1027人から有効な回答を得ました。その内訳は固定電話470人、携帯557人でした。インターネットによる調査は、「その分野に関心がある人」が多く回答する傾向があるため、調査結果には偏りが生じます。より「有権者の縮図」に近づけるためにもJNNでは電話による調査を実施しています。無作為に選んだ方々に対し、機械による自動音声で調査を行うのではなく、調査員が直接聞き取りを行っています。固定電話も年齢層が偏らないよう、お住まいの方から乱数で指定させて頂いたお一人を選んで、質問させて頂いています。今後とも世論調査にご理解、ご協力ください。