「もはや完落ちするだろう」なぜ“社長候補”だった日興証券元役員は容疑を自白したのか? 弁護人の諦めと新井将敬議員を追い詰める特捜部の狙い【平成事件史の舞台裏(29)】

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2025-11-02 08:00
「もはや完落ちするだろう」なぜ“社長候補”だった日興証券元役員は容疑を自白したのか? 弁護人の諦めと新井将敬議員を追い詰める特捜部の狙い【平成事件史の舞台裏(29)】

逮捕直前、50歳で自ら命を絶った衆院議員・新井将敬。その新井の弁護士として、東京地検特捜部と真正面から対峙していたのが、元検事の猪狩俊郎(33期)だった。

【写真を見る】「筑紫哲也ニュース23」に出演する新井将敬衆院議員

ふたりが初めて顔を合わせたのは、事件発覚の半年前、1997年8月12日。
東京・赤坂の中華料理店「山王飯店」。きっかけは、猪狩が顧問を務めていた知人の社長からの一本の電話だった。

「新井さんが東京地検特捜部から、日興証券での取引資料の提出を求められ、対応に苦慮している。相談に乗ってもらえないか」

この依頼が、ふたりを結びつけることになる。以後、猪狩は弁護士として、東京地検特捜部との折衝の最前線に立った。やがて新井は、日興証券の元役員にも猪狩を紹介し、検察に対して明確な対決姿勢を示していく。

しかし、事態は急転した。取り調べの過程で、その元役員が「総会屋・小池隆一から要求されて利益提供を行った」と供述したのである。その瞬間から、新井を取り巻く状況は一気に崩れ始めた。

なぜ新井は追い詰められたのか。弁護士の猪狩は、どう行動し、そして新井の死をどう受け止めたのか。捜査関係者や当事者への取材をもとに、封印されていた捜査の舞台裏を検証する。

新井を追い込んだ「能天気といっていいアドバイス」とは

新井将敬衆院議員の顧問役の弁護士を務めていた猪狩俊郎は、新井との出会いを自著の中でこう記している。

「テレビ討論会で政治改革の志士として、当時、茶の間の絶大な人気を得ていたように、会って見れば凛とした容貌にやや愁いを帯びた表情ながら、弁舌さわやかで好感の持てる人物だった。それまでどのような政治家にも大なり小なりインチキ臭さを抱いていたのだが、そうした私の先入観を払拭してくれるような印象だった」

山王飯店での初対面の翌日、新井は早くも猪狩の「一番町総合法律事務所」を訪ね、ある相談を持ちかけた。

「東京地検特捜部から資料の提出を求められましたーーそれは、親族が主催し、自分も支援している『B&Bの会』という、通信衛星ネットワークを活用した事業を研究する会と、親族が経営する投資会社『ヴォーロ』の資料です」
「古くからの知り合いで元女性検事のA弁護士のアドバイスに従い、自分の証券取引履歴などの資料をすべて提出してしまいましたが、今後、特捜部がどのような対応をしてくるのか見当がつきません」

これを聞いた猪狩は、思わず言葉を失った。
新井はA弁護士から「悪いことをしていないなら、資料をみんな出したほうがいい」と軽く言われたという。特捜部の捜査のやり方を熟知した猪狩の目から見れば、A弁護士の助言は信じがたい対応だった。

「一度標的を定めたら逃さないーーそれが当時最強といわれた熊﨑特捜。捜査の締めくくりには、巨悪の象徴とされる『議員バッジ』(国会議員)を摘発し、一連の捜査を完結させる。これが当時の特捜部の捜査スタイルだった」
「そう考えれば、総会屋・小池隆一、4大事件の捜査が佳境を迎える中で、特捜部が衆院議員の新井に『資料の提出』を求めたのだから、新井自身が特捜部のターゲットになりつつあることは明らかだった」(猪狩)

新井にとって、それは命取りになりかねない重要な局面だった。提出した資料の中には、新井がやがて「利益供与要求罪」に問われることになる日興証券での株式の取引資料が入っていたからだ。

特捜事件の経験もないA弁護士による的外れで楽観的な助言が、結果として新井を不利な立場に追い込んでいったのである。

「新井が特捜部の捜査に熟知していないA弁護士に最初に相談したばかりに、A弁護士から全く能天気と言っていいアドバイスを受け、これを真に受けてしまった新井の不幸に、思わず唸らずにいられなかった」(猪狩)

ちなみに筆者はその後も、特捜部の事件捜査についてA弁護士が、テレビの情報番組でいかにも知ったような口ぶりでコメントする姿を見るたびに、あのときの猪狩の言葉を思い出し、苦笑した。もちろん、筆者が担当する番組でA弁護士に出演を依頼したことは一度もない。

“きわめて危ない綱渡り”日興証券元役員の弁護を引き受けた背景

同じ頃、新井将敬にとって日興証券側の取引窓口だったH元常務も、東京地検特捜部のターゲットとして事情聴取を受けていた。

Hは鹿児島大学法学部を卒業後、1971年に入社。46歳の若さで取締役となり、総会屋事件が発覚した1997年には常務に昇進していた。将来の社長候補と目されていたトップエリートである。特捜部は、Hが上司の副社長とともに、総会屋や新井将敬への利益提供を主導した「中心人物」だとみていた。

そのHに対し、新井はこう助言した。

「猪狩先生に弁護を頼んだらどうですか?」

家族ぐるみの付き合いがあったHに、新井は猪狩を紹介したのである。
1997年8月、猪狩は新井の紹介でH夫妻と事務所で面会した。総会屋・小池隆一への利益提供をめぐり、「会社が付けた弁護士と意見が対立しているので、相談に乗ってほしい」という趣旨だった。

元特捜幹部の一人は、その背景をこう推し量る。

「新井にしてみれば、『Hが特捜部に何を話しているのか』を猪狩を通じて探りたいという思惑もあったのではないか」

しかし、これは猪狩にとって、弁護士として極めてリスクの高い依頼だった。

Hは総会屋・小池隆一に対し、自己売買による“利益の付け替え”で便宜を図っていたが、新井にも同様の方法で“利益を提供”していた。前回も触れたように、猪狩にとって「利益を提供した側(H元常務)」と「利益を要求した側(新井)」という、立場の相反する当事者双方の弁護を引き受けるのは、きわめて危うい綱渡りだった。

捜査の進展次第では、「新井からHに要求があったのかどうか」をめぐって両者の主張が食い違う可能性が十分にあったからだ。

ただ、この段階で猪狩は、そうした批判を招きかねない“双方代理”にあたるおそれはないと判断していた。Hがきっぱりとこう断言していたからである。

「利益の付け替えはあくまで日興証券の独断であり、新井には一切知らせていなかった」

さらにHは、総会屋との関係も明確に否定していた。

「小池隆一が総会屋だったとは知らなかったし、会ったこともない。小池のために株を付け替えて利益を出してやったこともない」

妻を同席させた面会の場でも、Hは猪狩にこう誓った。

「そもそも総会屋に利益供与をしていたと認めることは絶対にない」

この言葉が、猪狩が弁護を引き受ける決定的な要因となった。なぜなら、もしHが「総会屋への利益提供の事実」を認めてしまえば、日興証券が同じ手口で利益を付け替えていた新井将敬にも、捜査の手が及ぶのは時間の問題だったからだ。

猪狩は、Hの言葉を信じた。信じたからこそ、その弁護を引き受けることを決めたのである。

厳しい特捜部の追求と日興上層部のゆさぶり「会社を守るために・・・」

しかし、日興証券のH元常務は、東京地検特捜部の追及が厳しくなると、次第に気力を失いつつあった。さらに追い打ちをかけるように、日興証券上層部がHを揺さぶり始める。

1997年10月、H夫妻は金子昌資社長から呼び出しを受けた。Hから「同行してもらないか」と頼まれた猪狩は了承した。新井の顧問役でありながら、Hに同行することが危険な行為であるとは認識していたが、依頼人であるHとの信頼関係を考えての判断だった。

社長室に入ると金子からこう切り出された。

「日興証券本体を守るために、総会屋・小池隆一に利益提供したことを検察に認めてもらえないか」

H夫妻は事実をきっぱり否定した上で、金子社長からの申し出を断った。
つまり金子社長の主旨は「付け替えで利益をもたらしたグレーの部分はあるが、検察は組織ぐるみの利益供与だと疑っている。会社を守るためにグレーのところをクロとして供述してくれないか」というもので、日興弁護団も同じ意見だという。

すると、同席していたHの妻が鋭い口調で金子社長に反論した。

「なぜそんなウソを言ってまで主人を罪に陥れようとするのですか。そんなことを認めたら、主人は会社にいられなくなり、収入がなくなります。会社は主人にウソの供述をさせて、私たちにどんな保証をしてくださるのですか」

金子社長が「十分な償いはします」と答えると、妻は具体的な受け入れ条件を口にした。

「多額の住宅ローンも残っており、主人が容疑を認めるのなら、月230万円の保証をしていただければ協力してもいいです。ただし、会社の誠意も示してほしいので、一時金をいただきたい」

その場では結論は出なかった。話し合いは継続という形で終わった。

「もはや完落ちするだろう」広がる諦念と検察の執念

しかし、事態は刻一刻と動いていた。

1997年10月21日、東京地検特捜部はついにH元常務を、総会屋・小池隆一への利益提供による商法違反および証券取引法違反の容疑で逮捕し、身柄を東京拘置所へ移送した。
猪狩は約束に従って、正式にH元常務の「弁護人選任届」を提出した。

逮捕の前日、猪狩はHに、「総会屋・小池隆一への利益供与をした事実がないこと」を主張する「上申書」を東京高検検事長・濱邦久宛てに提出させていた。
しかし、そうした意見表明も、気持ちの揺れやすいHには結局、何の助けにもならなかった。

逮捕直後、東京拘置所でHと接見した猪狩は、妻からの激励の言葉を伝えて励ました。だが、Hの表情はすでに憔悴しきっていた。

猪狩の胸に、不安がよぎる。

「Hの妻は“薩摩おごじょ”と呼ばれる剛毅な精神の持ち主だった。それに比べ、Hは話が揺れやすく、腰が据わっていない。検事の取り調べに耐えられるだろうかーー」

その不安は、やがて現実のものとなる。

Hの取り調べ担当検事は、松井巌(32期)から若手の黒川弘務(35期)へ交代していた。
黒川は、総会屋事件で野村証券総務部幹部から「総会屋にジュラルミンケースで現金3億2000万円を渡した」という核心の供述を引き出したばかりの、特捜部の若手エースだった。その取り調べは、筋を外さない理詰めの正攻法だった。

逮捕から4日後の10月25日、Hは猪狩にこう漏らした。

「猪狩先生、日興証券の弁護士を加えて、タッグを組んで弁護をやっていただけませんか。株主代表訴訟が来たら、会社の助けがなければ私は泥沼になります」

この時すでに、Hは次のような供述調書を取られていた。

「わたしは上司の副社長から『大事な客の面倒を見てほしいと言われて了承した。聞いてやってくれないか』と言われました。相手は総会屋だと思いました・・・」

さらに10月27日の接見で、Hはこう訴えた。

「私ひとりががんばると、会社の共犯者全員を敵に回すことになります。とても耐えられません。住宅ローンなど、2億数千万円の借金で、破産への道を走ることになってしまいます。黒川検事からは『あなたの付け替えによって利益を供与したという事実だけ認めればいい』と言われました。供述は今日がタイムリミットなんです」

その言葉を聞いた瞬間、猪狩は悟った。

――Hは、もはや完落ちするだろう。

胸の奥に、どうしようもないあきらめが広がっていった。

ちなみに、H元常務夫妻は金子社長との会談にテープレコーダーを忍ばせていた。
夫妻の狙いは、仮にHが取り調べに耐えきれず、意に反する「自白調書」に署名させられたとしても、この録音を公にすることで「自白調書」の信用性を崩すことにあった。

しかし、検察が一枚上手だった。
面会の内容は金子社長から日興証券の弁護団に報告され、ただちに東京地検特捜部へ伝えられた。日興証券上層部は、弁護団の方針に従い、検察に全面降伏していたのである。

金子社長からの報告を受けた特捜部は、H元常務夫妻が金子社長に対し、容疑を認める条件として金銭を要求していた点に注目する。
「これは脅迫未遂容疑にあたるのではないか」と見て、一時は立件を検討したという。

だが、特捜部はまもなくH元常務を商法違反、証券取引法違反で逮捕したため、脅迫未遂容疑が事件化されることはなかった。

元常務の“全面降伏”で外堀埋まる・・・特捜部の矛先は新井将敬へ

10月30日、東京地検特捜部は、総会屋・小池隆一への利益供与事件で、日興証券H元常務の上司にあたる2人の元副社長を、商法違反および証券取引法違反の容疑で逮捕した。

その日、Hは黒川検事から2人の「逮捕状」と「弁解録取書」を示される。
内容は、容疑を認めるものだった。Hはその場で「自白調書」に署名し、全面的に容疑を認めた。それは、Hがついに特捜部に屈した瞬間でもあった。

翌31日、猪狩は東京拘置所でHと接見した。Hは、自白した以下の内容を淡々と報告した。

「逮捕状のことはその通りです。これまで“総会屋”“損失”“付け替えによる評価益”の3点について知らないと言ってきましたが、総会屋だろうと思っていました」
「日興証券の取引で損失が出ていることも知っていました。付け替えで評価益を出すことは利益供与にあたり、商法違反と分かっていてやりました。これまで反対のことを言い張ったのは、そうすることが会社のためになると思ったからです。しかし、よくよく考えてみると、理にかなわないことをしていた。深く反省しています」(H元常務の供述調書)

11月11日、Hは商法違反と証券取引法違反の罪で起訴された。すでに全面的に認めていたこともあり、まもなく保釈が認められた。

その数日前、Hはさらに「新井事件」についても口を開いていた。

「新井さんの申し入れで、西田邦明名義の借名口座を開設しました。日興証券の自己売買で得た利益を、新井さんの借名口座に付け替えました」

Hは猪狩や自らの妻の意に反し、事実上、特捜部に全面降伏したのである。

「今となっては何をか言わんや。砂を噛むような暗澹たる気持ちで、私は東京拘置所を去った」(「激突」猪狩俊郎)

全身から力が抜け落ちるのを感じながらも、猪狩は確信した。

「H元常務が自白したことで、東京地検特捜部の次の標的は、大蔵官僚出身の国会議員・新井将敬に向かうだろうーー」

こうして、新井将敬による日興証券への利益供与要求事件の“外堀”は、完全に埋められたのである。

「利益相反にあたる」元常務の弁護人を辞任 新井将敬の弁護に全力を

猪狩は、「H元常務が自白調書の作成に応じた以上、彼の弁護を続けることは、新井との利益相反にあたる」と判断し、辞任を決意した。

とはいえ、Hを弁護人不在のまま放置するわけにもいかない。猪狩は、日興証券弁護団とパイプのある検事時代の上司の弁護士に連絡を取った。

「Hが日興証券側に態度を翻した以上、これ以上、弁護を続けることはできません。Hの新しい弁護人をつけていただけるよう、日興弁護団に仲介をお願いできませんか?」

日興証券の弁護団を取り仕切っていたのは、元東京地検特捜部長の弁護士・河上和雄(10期)だった。かつて河上は、東京地検のトップである「東京地検検事正」を同期の増井清彦(元大阪高検検事長)と争ったが、その座は増井に譲る形となり、1991年に最高検公判部長を最後に退官していた。

国会議員や大企業役員が特捜部の捜査対象となった場合、河上のような大物検察OBが、いわゆる“ヤメ検人脈”を通じて刑事弁護の人選を取り仕切るのが慣例だった。

河上はすぐに、後任に神宮壽雄弁護士(16期)を指名した。神宮は“特捜の生みの親”と呼ばれた河井信太郎の娘婿で、「ロッキード事件」などに携わった元特捜検事である。
その後、神宮は国会の参考人招致にH元常務が呼ばれた際にも立ち会うことになる。

こうして猪狩は、H元常務に関する事件記録一式を神宮に引き継ぎ、正式に弁護人を辞任した。これにより「利益相反」の問題は解消され、猪狩は以後、新井将敬の弁護に全力を傾けることとなった。

「縊死(いし)だと確信」猪狩がホテルの現場で見たものは・・・

逮捕を目前に控えていた新井将敬の突然の死。
1998年2月19日、ホテルの一室でいったい何が起きていたのか。猪狩弁護士や関係者への取材記録をもとに、当日の緊迫した現場の状況を再現する。

警察関係者によれば、新井の妻が遺体を発見したのは午後1時すぎ。
弁護士の猪狩が連絡を受け、「ホテルパシフィック・メリディアン東京」23階の2338号室に駆けつけたのは、午後2時半すぎだった。

猪狩は、襟元を少しあけて首に走る縞状の痕跡を確認し、くるぶしに手を当てた。脈はすでになかった。検事として10年の経験を持つ猪狩は、何度も司法解剖に立ち会っており、その場で縊死(いし)だと確信した。あろうことか、まだ救急車の手配もされておらず、警察にも連絡もしてないという。

すぐさま猪狩は妻に向かって静かに言った。

「まず検視をしなければなりません。とにかく所轄の高輪警察署に連絡してください。マスコミが押しかけると思うので、ホテルにはエレベーターの前から立ち入り禁止にするよう頼んでください。現場検証は時間がかかるので、別室も用意してもらってください」

高輪警察署の捜査員が現場に到着したのは、午後3時20分ごろ。すでに発見から2時間半以上が経過していた。

捜査関係者への取材によると、現場の状況はこうだ。

「遺体はダブルベッドに横たわり、毛布が掛けられていた。服装はノーネクタイの白いワイシャツに黒いズボン。ベッドの脇には妻が座り込み、傍らには秘書、弁護士の猪狩、さらに三塚派の先輩である亀井静香、同派の平沼赳夫ら国会議員の姿があった」
「テーブルにはウイスキーの小瓶や缶ビールが残され、ベッドの下からは刃渡り30センチの短刀が見つかった。登録証も添えられており、妻宛てと亀井議員宛ての遺書が残されていた」

なぜ国会議員の亀井静香らが、猪狩よりも先に現場へ駆けつけていたのかーー猪狩は、後に妻からこう説明を受けたという。

「猪狩先生に連絡したあと、どうすればいいか分からず・・・国会の(逮捕許諾の)議決時間が迫っていたこともあり、亀井先生にだけ電話をしてしまいました。申し訳ありません」

警察に対する妻の説明などによると、夫妻は前夜(2月18日)からホテルに宿泊していた。

この日、妻自身も特捜部の黒川検事から事情聴取を受けており、終了したのは午後11時頃だった。聴取の最中、新井から電話が入り、妻は「聴取が終わったらすぐに行きます」と答えたという。

前回も触れたとおり、新井はこの日、記者会見を開き、日興証券幹部との録音テープを公開しながら「自分から要求した事実はない」と主張していた。
会見を終えた新井の声は、疲れ果てていたという。

妻がのちに語った“当時の状況” 遺書ににじむ新井の「覚悟」

捜査関係者によれば、翌朝、すなわち新井が命を絶った当日(2月19日)は、新井の両親が上京することになっていた。

妻は一度ホテルを出て両親を自宅に迎え入れたあと、午後1時過ぎに再びホテルへ戻ったという。カードキーで「2338号室」のドアを開けると、通気口に浴衣の帯をかけ、首を吊った新井の姿があったと説明している。

妻はすぐに秘書と弁護士の猪狩に連絡を入れた。午後1時半すぎ、先に到着した秘書と、新井の遺体をそっと下ろしたという(捜査関係者への取材)。

当時、妻はTBSテレビのインタビュー取材にこう語っている。

「主人はすぐに戻してあげたら目を開けるんじゃないかという感じで、とにかく普通の状態にしてあげて、誰が来てもいつも通りの新井将敬の姿を見せてあげなくちゃいけない――という義務感、責任感みたいなものが先に立ってしまった」
(1998年5月12日放送「筑紫哲也ニュース23」)

妻はさらにこうも語った。

「主人の母にも責められました。皆が駆けつける前に、なぜ息子に対面させてくれなかったのかと。自宅にいたのに第一通報者が両親でなかったということに対して、私の責任で本当に申し訳なく思っています」
「(新井の両親より先に亀井議員らへ連絡したことについては)本会議場で満場一致で『逮捕許諾』が決まる決議が迫っていることが念頭にあり、“そんなことは絶対にさせない”という思いのほうが強かったんです」(同放送)

警察の調べによると、妻が自宅へ持ち帰った荷物の中からも、他の遺書が見つかっている。

宛先は、子どもたち、両親、そして生前世話になった関係者たち・・・。
それは、新井がかなり前から「覚悟」を固めていたことを静かに物語っていた。

(つづく)

TBSテレビ情報制作局兼報道局
ゼネラルプロデューサー
岩花 光

《参考文献》
村山 治「安倍・菅政権vs検察庁」文藝春秋
猪狩俊郎「激突」光文社
読売新聞社会部「会長はなぜ自殺したか」 新潮社
村山 治「市場検察」 文藝春秋
村串栄一「検察秘録」光文社
産経新聞金融犯罪取材班 「呪縛は解かれたか」角川書店

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