
12月9日(火)、EY Japanは都内にて「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー 2025 ジャパン(以下、EOY 2025 Japan)」のアワードセレモニーを開催した。
「EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」とは、1986年に米国で創設された、新たな事業領域に挑戦する起業家の努力と功績を称える国際的な表彰制度だ。現在では世界約60カ国、145を超える都市で開催されており、世界で最も名誉あるビジネスアワードの一つとして知られている。日本では2001年より「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー・ジャパン」としてスタートし、今年で25年目を迎えた。これまでに約300名にものぼるアントレプレナーを選出・表彰し、彼らが世界市場へ飛躍するための活動を奨励し続けている。
四半世紀という大きな節目となった本年度、2025年の日本代表として選出されたのは、くら寿司株式会社 代表取締役社長の田中邦彦氏だ。田中氏は、2026年5月(予定)にモナコ公国で開催される世界大会「EYワールド・アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー 2026」に日本代表として参加し、各国の代表たちと共に世界一の起業家の座を競うこととなる。
EOY Japanがロールモデルとして掲げ、対象とするアントレプレナー像は以下の通りである。
アントレプレナー精神(Entrepreneurial spirit)
リスクを恐れず、目標達成に向けて情熱を持ち続け、困難を乗り越える精神を有する。
影響力(Impact)
事業活動を通じて、市場や社会に長期的な価値(Long-term value)とポジティブな影響をもたらしている。
成長(Growth)
事業の成長性、財務的な実績、および将来の拡大に向けた明確なビジョンと戦略を持つ。
パーパス(Purpose)
自社の存在意義を明確にし、持続可能な社会の実現やステークホルダーへの貢献を追求している。
本アワードでは、企業の成長段階や事業の性質に合わせて3つの部門が設けられており、それぞれの基準で審査が行われる。
マスター・アンド・ファミリービジネス・リーダー部門
業界や市場を代表する存在であり、社会に長期的価値をもたらすロールモデルとなる起業家が対象。海外展開によるグローバルな影響力や、ビジネスモデルの競争優位性が評価される。また、先代から事業を引き継いだ後継者が、業態転換や新事業によって更なる拡大を実現している場合も対象となる。
エクセプショナル・グロース部門
事業を成功に導き注目を集めている、あるいは今後更なる成長が期待される起業家が対象。海外での影響力や、革新的な技術・ビジネスモデルによる成果が評価基準となる。
リージョナル・バイタライゼーション・リーダー部門
地域での実績を挙げ、地域発の新たな価値を創出している起業家が対象。伝統とイノベーションの融合や、地域への雇用創出、コミュニティとの共生を通じて地域社会を牽引している点が重視される。
日本代表は「食の戦前回帰」を掲げるくら寿司・田中邦彦氏
2025年度の日本代表(マスター・アンド・ファミリービジネス・リーダー部門大賞と同時受賞)に選出されたのは、くら寿司株式会社 代表取締役社長の田中邦彦氏。
くら寿司は「安心・美味しい・安い」をコンセプトに、化学調味料・人工甘味料・合成着色料・人工保存料を使用しない「四大添加物無添加」の回転寿司チェーンを全国および海外に展開。「ビッくらポン!」などのエンターテインメント要素やIT化による効率化など、独自のシステムで業界を牽引してきた。
選考委員長を務めた藤森義明氏(CVCキャピタル・パートナーズ日本法人最高顧問 他)は、総評として次のように述べた。
「今年は『ファミリービジネス・リーダー』という言葉が部門名に加わりました。世代交代によって新しい視点やテクノロジーが生まれ、地域から日本、そして世界へと出ていく強い意志を持つ企業が増えています。田中氏は、日本の良き文化や良心を基に、技術革新と共感を武器として『食の革命』を起こされました。この革命はすでにグローバルに展開されています。今年こそは、日本代表が世界一を勝ち取ってほしいと強く願っています」
田中氏は受賞スピーチで、自身の経営哲学である「食の戦前回帰」について触れ、次のように語った。
「私が企業経営をする上で最も大事にしているのはコンセプトです。それは『食の戦前回帰』。かつて日本食は世界で最も優れていると言われましたが、戦後は添加物だらけになってしまった。私はそれをもう一度元に戻したい、自然の食事を提供したいという思いで経営してきました。日本には『恥の文化』、お天道様に対して恥ずかしいことはしないという良心がありました。見えないところを大切にし、良心に恥じない仕事をする。これを世界に発信し、日本の文化を見直してもらいたいと思います」
社会を変革する各部門の受賞者たち
各部門の大賞および特別賞を受賞したアントレプレナーたちも、それぞれの熱い想いを語った。
リージョナル・バイタライゼーション・リーダー部門 大賞
株式会社オーレックホールディングス 代表取締役社長 今村健二氏
福岡を拠点に、草刈機を中心とした農業機械を製造。「ラビットモアー」などの製品は、フランスのボルドーやブルゴーニュのワイナリーでも活躍している。
「我々の草刈機によって、今まで困難だった場所での作業が可能になり、安心安全な農産物生産に貢献できています。農水省が掲げる有機農業の拡大目標に対し、今はまだない有機農業機械を我々が開発し、後押ししていきたい。必ずや皆さんに喜んでいただける仕事に取り組みます」
エクセプショナル・グロース部門 大賞
株式会社PKSHA Technology 代表取締役 上野山勝也氏
AI技術の研究開発と社会実装を行う。人とソフトウエアが共に進化する未来を目指し、企業や社会の課題解決に取り組んでいる。
「13年前に創業した時は、部屋にこもって面白いものを作りたいという思いでしたが、気づけば多くの人を巻き込み、事業が大きくなっていました。未来から見れば、現代のコミュニケーションにはまだ不具合があると感じています。私が注目しているのは、人と人との間を繋ぐ『コネクティブAI』です。言葉を話すソフトウェアが出現することで、離れた人同士が分かり合える新たな可能性が生まれる。日本的な価値観が反映されたこの技術が、グローバルに意味を持つよう取り組んでいきます」
マスター・アンド・ファミリービジネス・リーダー部門(受賞)
石坂産業株式会社 代表取締役 石坂典子氏
産業廃棄物処理業界において「ゴミをゴミにしない社会」を目指し、リサイクル化率98%を達成。地域と共生する里山保全なども手掛ける。
「30歳で父から会社を継いだ時、『ゴミをゴミにしない』という父の信念を見て、この志を継ぎたいと手を挙げました。業界のネガティブな印象を払拭したい、廃棄物を未来の資源に変える仕事こそ役に立つはずだと信じ、共に歩んでくれた社員に心から感謝します」
選考委員特別賞
株式会社ミライロ 代表取締役社長 垣内俊哉氏
自身の車いすでの経験を活かし、「バリアバリュー(障害を価値に変える)」を理念にユニバーサルデザインのコンサルティングなどを行う。
「私の先祖は外に出ることも、学ぶことも働くことも叶わなかったと聞いています。しかし今は違います。私は学校へ行き、こうして働くこともできています。これから日本を、そして世界をもっと良い方向へ変えていけるよう尽力してまいります」

日本代表候補に選ばれた12人のファイナリスト。栄冠はくら寿司の田中邦彦氏(写真中央)が勝ち取った。
EWWも同日開催、女性起業家の飛躍を支援

EOY 2025 Japanのアワードセレモニーと同日、「EY Winning Women 2025(以下、EWW)」の表彰式も執り行われた。EWWは、女性起業家とその事業の成長を支援し、イノベーションにあふれた女性経営者を表彰する制度であり、本年は6名の女性経営者が受賞した。
同表彰制度の責任者を務めるEY新日本有限責任監査法人パートナーの関口依里氏は、EWWの意義について、女性起業家が事業規模をグローバルに拡大し、マーケットリーダーへと成長することを支援する重要性を強調。女性ならではの視点を生かしたイノベーションや、グローバル展開へのビジョンを持つ起業家たちに対し、メンタリングやネットワーキングを通じて強力にバックアップしていく姿勢を示した。
今回選出された6名とそれぞれの事業概要は以下の通り。
秋枝静香氏(株式会社サイフューズ 代表取締役)
細胞のみで立体的な組織を作製するバイオ3Dプリンティング技術を実用化し、再生医療分野で革新を起こしている。
生方祥子氏(株式会社elleThermo 代表取締役)
半導体増感型熱利用発電の実用化に取り組み、未利用熱エネルギーの有効活用による脱炭素社会の実現を目指す。
荻野みどり氏(株式会社ブラウンシュガー1ST 代表取締役)
「わが子に食べさせたいか?」を基準に、有機ココナッツオイルなどのオーガニック食品事業を展開。2029年のIPOを目指す。
川又尋美氏(株式会社Mecara 代表取締役 CEO)
AI技術を駆使した電子瞳孔計を開発し、自律神経の状態を可視化。未病やストレスの早期発見に貢献する。
山口葉子氏(株式会社ナノエッグ 代表取締役)
皮膚科学研究に基づき、アトピーの原因探索から発見した「分子スイッチ」技術などを活用した医薬品・化粧品の開発を行う。
吉井幸恵氏(リンクメッド株式会社 代表取締役社長)
がんの診断と治療を同時に行う「セラノスティクス」の実現に向け、放射性医薬品の研究開発および製造供給体制の構築を行う。
日本から世界へ、アントレプレナーたちの挑戦は続く
四半世紀の歴史を刻んだEOY Japan。本年度の受賞者たちの言葉からは、自社の利益だけでなく、社会課題の解決や日本の伝統・良心の復権、そしてテクノロジーによる人間性の回復といった、極めて公益性の高い視座が感じられた。
「世界一」の称号を目指し、モナコの地へ挑む田中邦彦氏。そして、それぞれのフィールドで革新を続けるアントレプレナーたち。彼らの情熱と行動力が、日本の、そして世界の未来を明るく照らしていくに違いない。