銃撃犯に立ち向かった男性の“善意と勇気”を杉原千畝にゆかりあるユダヤ系作家が称賛〜シドニー銃乱射事件取材記~【調査情報デジタル】

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2025-12-27 08:36
銃撃犯に立ち向かった男性の“善意と勇気”を杉原千畝にゆかりあるユダヤ系作家が称賛〜シドニー銃乱射事件取材記~【調査情報デジタル】

15人が犠牲になったシドニーの銃乱射事件。多くの豪国民がショックを受ける中、一筋の光となっているのが、銃撃犯に素手で立ち向かった移民男性。第二次大戦中に多くのユダヤ人を救った日本人外交官、杉原千畝にゆかりのあるユダヤ系作家もこの男性の“善意と勇気”を称賛している。TBSテレビの飯島浩樹・シドニー通信員による緊急報告。

【写真を見る】乱射事件が起きたシドニーのボンダイビーチ

2025年12月14日、オーストラリア・シドニーの人気ビーチで、ユダヤ教の祭りに集まった群衆が、反ユダヤ主義的な容疑者から銃撃され、15人が死亡した。襲撃は多数の参加者を一瞬にして恐怖と混乱の渦に陥れ、銃規制が進み多文化が共存する“平和な国”オーストラリアの安全神話を脅かすような出来事となった。

事件の背景としては、長引くパレスチナ自治区ガザでの紛争に伴う「反ユダヤ主義」に対するオーストラリア政府の対応の遅れなどが挙げられており、事件をきっかけにさらなる衝突や分断が広がる懸念もある。

一方で、身を挺して銃撃犯から銃を奪ったイスラム教徒の一般男性の行動が、世界中で称賛された。宗教対立や国家同士の“憎しみの連鎖”を超えた“一個人の善意”が、一筋の希望の光として注目されている。

観光名所の美しいビーチで起きた惨劇

乱射事件の現場は青い海と約1kmに及ぶ白い砂浜が三日月型に広がるボンダイビーチ北端の公園。日本や世界各国から多くの観光客も訪れる場所で、毎年ユダヤ教の光の祭り「ハヌカ」と呼ばれるイベントが行われる。その日はクリスマス目前の日曜日、気温は30℃、南半球の夏の青空が広がるなか、家族連れのユダヤ系市民ら約1000人が祭りを楽しんでいた。 

しかし、サマータイム(夏時間)で辺りはまだ明るい午後6時47分、会場の公園は突然複数の発砲音と悲鳴に包まれた。

銃を乱射した容疑者は2人。交通量の多い幹線道路からビーチに面した公園を結ぶ高さ約3メートルの歩道橋の上から、複数のライフル銃などで祭りの参加者らに狙いを定め次々に発砲した。

後に筆者が独自に入手した祭りの参加者が撮影した映像には、5分間以上に渡り数十発を超える銃声と、子どもらの泣き叫ぶ悲鳴が記録されていた。

撮影者のイーライ・ベンシオンさん(70)は、当時妻と共に祭りに参加していたが、銃撃が始まると咄嗟にプラスチック製の椅子の下に身を隠し地面にひれ伏した。

イーライさんが筆者に見せてくれた映像には「橋の上から銃を撃ち続けている!警察はどこだ?何をしているんだ!!」と英語とヘブライ語で叫び続けたあと、銃撃を受け負傷した複数の人たちが横たわり、救命措置を受けている様子が生々しく映し出されていた。 

17日、銃撃で死亡したユダヤ教の宗教指導者の葬儀会場で筆者の取材に答えたイーライさんは、「銃撃犯はとても落ち着いていて、自信満々に見えた。彼らは銃を持って周辺を歩き回り、ポケットから銃弾を取り出して装填し、1発ずつ時間をかけて撃っていた」と少し顔を紅潮させながら当時の状況を詳しく話してくれた。 

銃撃の犠牲者には10歳の女児から第二次世界大戦中のホロコーストを逃れてオーストラリアに移住した87歳の男性も含まれていた。

容疑者は親子、「反ユダヤ主義」のテロ行為か

事件の一報を受け、筆者は昼間とは打って変わり海からの強い風が吹き付ける現場に向かった。銃撃のあった付近一帯は規制線が張りめぐらされ、夥しい数の警察官や緊急車両、当局の爆発物処理部隊などが集結していた。 

一夜が明け地元警察が記者会見を行い、容疑者は50歳の父と24歳の息子の親子だったと発表された。父親は現場で警察により射殺されたが、息子は重傷を負い病院に搬送されたことが分かり、容疑者が現場に乗りつけたと見られる車内からは、過激組織イスラム国(IS)の旗が2つ見つかった。

現地メディアは、この親子は事件前にフィリピンに渡航していて、南部ミンダナオ島のIS系組織と接触、戦闘訓練を受けていた可能性があると報じている。

また、22日公開された警察の捜査資料によれば、容疑者の親子は事件の2日前に現場の公園を下見していて、車に積んであったパイプ爆弾と見られる爆発物を発砲前に群衆に向かって投げ込んだが、爆発しなかったという。

捜査当局は、今回の事件は、ユダヤ系住民を狙ったテロで、容疑者親子がイスラム過激思想に影響を受けた可能性があるとして調べている。 

銃撃犯に素手で立ち向かったシリア出身のイスラム教徒男性

事件発生直後の混乱の中で、通りすがりの男性が身を挺して容疑者の一人から銃を取り上げ、さらなる被害拡大を防いだ。このシリア出身のイスラム教徒、シドニー在住の果物店主アフメド・アル=アフメドさん(43)の勇気ある行動は、その一部始終が撮影され、その映像は瞬く間に世界中に広がった。

その後応戦した容疑者から6発の銃弾を浴び重傷を負って病院に搬送されたアフメドさんのもとへは、アルバニージー首相らが相次いで見舞いに訪れた。アメリカのトランプ大統領も「本当に勇敢な人で、尊敬する」と述べ、世界中からアフメドさんを支援したいとの声が高まり、日本円にして合計約2億5000万円の見舞金が贈られた。

国や個人の信条、宗教の枠を超えたこの1人の個人の行動は、混乱、悲しみ、怒りの渦の中で、人間の善意と勇気が発揮された瞬間でもあった。

現政権の反ユダヤ事案対応遅れに批判

約30年前に単独犯が35人を殺害した事件以来、多くの犠牲者を出す銃撃事件が発生していなかったオーストラリア。世界有数の厳しい銃規制を持つ“平和な国”として知られていただけに、犠牲者の家族や関係者のみならず、オーストラリア国民が受けた心理的衝撃は大きい。

今回の事件の背景として、オーストラリア国内で高まっていた反ユダヤ事案に対する政府の対応の遅れが指摘されている。

2023年10月にパレスチナ自治区ガザでイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘が激化して以来、オーストラリア国内各地で親パレスチナの大規模デモや、ユダヤ系住民が多く暮らす地域などで、放火や落書きなどの事件が多発するようになっていたからだ。

オーストラリアのアルバニージー首相は、今回の事件を受けて「反ユダヤ主義の根絶に全力を尽くす」と強調した。しかし、今年9月の国連総会ではパレスチナ国家を承認するなど、パレスチナ寄りともされる姿勢を示してきたことから、ユダヤ人住民の間では、現労働党政権に対する反発が根強い。

事件発生から1週間後に行われた大規模追悼集会では、参加したアルバニージー首相に大きなブーイングが浴びせられる一幕もあった。

「命のビザ」杉原千畝に救われた家族を持つユダヤ系作家

筆者は銃撃事件発生から2日後、銃撃事件の現場近くに住むユダヤ系作家のリンダ・ロイヤルさんを取材した。彼女の友人も銃撃当日の祭りに参加していたが、間一髪で難を逃れている。

リンダさんの祖父母と父親は、1940年、「命のビザ」で知られる杉原千畝が当時の日本政府の許可を得ず独断で発行したビザにより、ナチスのホロコーストから逃れた。その後日本を経てオーストラリアに渡った家族の実話を元にして、リンダさんは去年、小説『The Star on the Grave』を発表した。 

事件現場に近いユダヤ教の礼拝所シナゴーグの中で、インタビューに答えたリンダさんは、「ボンダイビーチのハヌカの祭りでは、ユダヤ人コミュニティの警備もいましたが、できることには限界があります。もし橋の上から長距離射程のある狩猟用ライフルで狙撃されたら、防ぎようがありません。私たちは安全だとは感じていません」と語った。

さらに彼女は、豪政府がこれまで反ユダヤ主義を放置してきたとしてこう批判する。

「政府に対しては以前から警告していましたし、情報機関も政府に対し、攻撃が起こる可能性があると警告していました。残念ながら、時間の問題だと分かっていたのです。そして実際に起き、現実となりました」

豪政府は更なる厳しい銃規制とヘイトスピーチ対策を検討

この事件を契機に、オーストラリア政府は銃規制の強化を打ち出している。アルバニージー首相は銃の買い戻し計画を発表、数十万丁に及ぶ銃器を回収・廃棄する方針を示した。

 また、州レベルでも過激な旗やシンボルの掲示を規制する新法案を検討していて、ヘイトスピーチやインターネット上の過激な表現に対する規制強化が議論されている。

オーストラリアに限らず、現在日本でもヘイトスピーチやネット上の過激な表現が社会問題となり、多様性への理解不足が摩擦を生むことがある。悲劇が起きてから対策を講じるのではなく、日常の段階で憎悪や分断に対して断固として立ち向かう社会体制が今後必要になってくるかもしれない。

“憎しみの連鎖”を断ち切るヒントになるか

イスラム過激派ハマスによるイスラエル人殺戮、そしてイスラエルによるガザへの非人道的とも言える攻撃は、まさに終わりが見えない“憎しみが憎しみを生む負のスパイラル”の様相を呈している。この状況は中東地域だけではなく、ロシアとウクライナの紛争、アフリカの部族対立など世界中で起きている“悲劇”にも当てはまる。

こうした“憎しみの連鎖”を断ち切る日は果たして来るのだろうか。希望の光はなかなか見えないが、今回身を挺して銃撃犯に立ち向かったアフメドさんのような一個人の行動が、一つのヒントになるかもしれないと筆者は今回の取材を通じて感じた。

“一人の善意”が、超高速ネット社会の中で瞬時に世界へ拡散され、共鳴を重ねることで、やがて『ポジティブなムーブメント』へと昇華していく――その可能性は決して小さくないのではないだろうか。

ユダヤ系作家のリンダ・ロイヤルさんは、身を挺して銃撃犯に立ち向かったシリア出身のアフメドさんを讃えるとともに、彼はまるで命のビザで6000人のユダヤ人を救った日本人外交官、杉原千畝のようだと語った。

「銃を奪い、命を救ったアフメド氏はムスリムだと聞いています。杉原と同じく、見返りを求めず、正しいことをした人です。この善意と勇気の物語に、オーストラリア、そして世界が希望を見いだしています」 

もちろん、人間は途方もない大量破壊兵器を生み出し、凄まじい殺戮をいわば“機械的”に行うことがある。しかし一方で、小さな命を慈しみ、恐怖の中でも人間性を失わず、他者を守ろうとする揺るぎない『意志』を持つこともできる。矛盾に満ち、論理では説明しきれないこの力こそ、AIには決して到達できない人間だけの『能力』だと信じたい。

“憎しみの連鎖”の闇に差し込んだ一筋の希望の光とも言えるアフメドさんの行動。彼が病室で語った言葉を引用して今回の報告を終える。

「あの日は本当に穏やかな良い日で、子どもたちや大人、みんなが祝い、楽しんでいた。誰もが幸せで、そうして過ごす権利があった。過去の悪い出来事はすべて振り返らず、命を守るために前へ進むだけ。私は人を助けるとき、いつも心からそうしているのです」

〈執筆者略歴〉
飯島 浩樹(いいじま・ひろき)
TBSテレビ・シドニー通信員(契約コーディネーター)
2000年シドニー五輪支局の代表を務めた後、シドニー通信員として特派員業務を行う。
これまで、オーストラリアやニュージーランド、南太平洋島嶼国を精力的に取材し、歴代首相や著名人への単独インタビューなどを敢行している。
著書に『アボリジナル・メッセージ』(扶桑社)、『躍進する未来国家豪州 停滞する勤勉国家日本』(いろは出版)などがある。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。

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