16歳の“子ども”が一人で空へ…97歳の元少年飛行兵が語る「死への覚悟」“最後の語り部”の記憶

シリーズ「戦後80年を超えて‥パイロット“生きる”ことの尊さ」【第1話】
特攻。
第二次大戦下、航空機や小型艇に若き命を乗せ、敵軍に体当たりをする特別攻撃だ。
【写真を見る】16歳の“子ども”が一人で空へ…97歳の元少年飛行兵が語る「死への覚悟」“最後の語り部”の記憶
特攻は若き兵士たちの「志願」によって敢行された。6000人以上が国のためだと命を捧げ、散っていった。
特攻に志願した兵士の中には、成人に満たない少年たちまでもがいた。
その体験を語り継ぐ人は少なく、今なお証言ができる貴重な当事者の声に耳を傾けた。
戦争を知る“最後の語り部”の記憶 少年が空を目指した日
「そこからが始まりでした」
97歳の上野熊辰さんは穏やかな表情だった。しかし語る内容は、現在の日本では想像しがたい、非日常ともいえる事実ばかりだ。
戦争を「知っている人」が、急速にいなくなっていく時代。書物でも、映像でもなく、“生きた声”として戦争を語れる人は、もはや数えるほどしかいない。
特攻少年兵だった当事者の証言は、殆ど残されていない。また、現在では直接聞くことができる機会は殆どない。
上野さんは1928年(昭和3)年、山口県に生まれた。
小学校2年生の頃、父の仕事の都合で満州へ渡り、その後は、中国大陸の天津、北京と移り住んだ。天津では鉄道事故で父を亡くし、義兄を頼って北京で暮らす中、中学3年生の時に街で目にしたある広告が、運命を大きく変えた。
「中学3年の時ですね。街で、少年飛行兵の募集を見たんです」と上野さん。
「飛行機に憧れがありました。軍人になろう、と」
練習機は「赤とんぼ」 “子ども”がひとりで大空を飛んだ
少年兵になるには、少年飛行兵学校の試験に合格しなければならない。滋賀県の大刀洗陸軍飛行学校(本隊は福岡県)に出向き、厳しい適性検査を経た。合格者は、操縦・通信・整備に振り分けられ、上野さんは操縦要員となった。パイロットだ。
太平洋戦争の戦況は、すでに悪化の一途をたどっていた。
1944年、上野さんたち少年兵は、京城に送られた。京城とは、今の韓国ソウル。16歳になったばかりの頃だった。
「赤とんぼに乗って練習を始めた、それが飛行機乗りの初めです」
上野さんが言う「赤とんぼ」とは「九五式一型練習機」、橙色の機体に二枚の翼があることからそう呼ばれていた。
「当時は数え年で17歳。でも今の年齢で言えば16歳でした。まだ子どもでしたね」
少年飛行兵が強いられたのは、詰め込まれた飛行訓練。息をつく暇もないほど過酷だった。
「時間がなかったんでしょう」限られた時間で空に送られた子どもたち
「教育が、どんどん短くなっていきました」
上野さんが振り返る。
「先輩たちは6か月の飛行教育だったんですけど、私たちは短縮されて4か月になりました」
戦況の悪化、兵員の不足から、訓練にかける時間が少なくなっていた。単独飛行、編隊飛行。宙返りや反転といった高等飛行も限られた時間の中で体得しなければならなかった。
「時間がなかったんでしょう」と上野さんは淡々と答えた。
「地面すれすれを飛ぶ訓練」も・・・実践で経験を積む余裕はなかった
「普通、超低空というと50mくらいです。でも我々は20m以下でした」
襲撃機の訓練。徹底的に教え込まれたのが超低空飛行だった。思わず息をのむ。
「地面すれすれを飛ぶ訓練です。爆撃も、急降下も、全部やりました」
訓練期間を終えた証として、操縦手帳を受け取ると一応は一人前とされた。しかし戦況は悪化し、実戦部隊で経験を積む余裕は、もはや残されていなかった。
【第2話】「飛び立ったら、もう帰れない」16歳の少年はなぜ特攻を“熱望”したのか 紙一枚で迫られた選択と“最後の語り部”明かす死への覚悟
【第3話】出撃当日に届いた終戦・・・死を覚悟した16歳の特攻兵は「頭が真っ白に」 最後の語り部が語る戦争のむなしさと思い「平和ボケでいい」
【上野辰熊さんプロフィール】
上野 辰熊(うえの たつくま)さん 97歳
1928(昭和3)年3月、山口県生まれ。
1943(昭和18)年10月、陸軍少年飛行兵として大刀洗陸軍飛行学校に入校、基礎訓練。
1944(昭和19)年4月、正式に任官し、京城教育隊へ配属。「赤トンボ」による飛行訓練。
1944(昭和19)年8月、九九式襲撃機の搭乗員となり、訓練や特攻機輸送などに従事する。
1945(昭和20)5月、鹿児島県の万世飛行場で沖縄航空作戦中の飛行第66戦隊に転属。
沖縄戦が終結したため、7月に福岡県の大刀洗北飛行場へ転属。本土防衛への出撃に備える。
8月、終戦を迎える。
終戦後、部隊は解散し、山口県の叔父の家で生活を送る。
現在は、飛行第六十六戦隊会連絡事務局長、万世特攻慰霊碑奉賛会(万世特攻平和祈念館・鹿児島県南さつま市)常任理事、陸軍少飛平和祈念の会 会長を務める
写真:帰還者たちの記憶ミュージアム 所蔵
今江大地(STARTO ENTERTAINMENT)が特攻隊員を演じる舞台「パイロット」。特攻隊員の目線で平和をテーマに、大戦中と現代の日本を表す。2月18日(水)から24日(火)まで、東京「赤坂 RED/THEATER」で。