後発からモデル地域へ 今治モデルが示す地域連携のかたち

2026-02-24 11:00

脱炭素という言葉を聞くと、どこか遠い未来の話のように感じる人も多いのではないでしょうか。けれど、その取り組みはすでに地域の現場で、静かに、そして着実に動き始めています。

愛媛県今治市で進められてきた「今治モデル」は、支援する側が無理なく中小企業の脱炭素化を支援する仕組みとして注目を集め、このたびローカルSDGs四国表彰で審査員特別賞を受賞しました。行政と企業、金融機関が連携しながら、学びから実践、そして仲間づくりまでを支える取り組みです。

もともと今治市は、脱炭素の分野では“後発組”といわれる立場でした。それでも地域の現実と向き合い、一歩ずつ積み重ねてきた結果、いまや他の自治体が参考にするモデル地域へと変わりつつあります。

なぜ今治市はここまで変わることができたのでしょうか。その背景には、地域産業への真摯なまなざしと、「無理なく続けられる仕組み」をつくろうとする地道な挑戦がありました。

地域の現実と向き合う――ゼロカーボン宣言の背景にあったもの

今治市は、造船やタオルといったものづくり産業が地域を支えているまちです。多くの雇用を生み、長年にわたって地域経済を支えてきた誇りある産業ですが、その一方で、市全体のCO2排出量の約7割が産業分野から生じているという現実も抱えていました。

脱炭素という言葉は耳にする機会が増えましたが、実際に行動へ移すとなると話は別です。特に中小企業にとっては、「何から始めればいいのか分からない」「専門的で難しそう」「コストがかかりそう」といった心理的なハードルが立ちはだかります。必要性は感じていても、最初の一歩を踏み出すのは簡単ではありません。

そんな状況の中で、今治市は2023年11月に「ゼロカーボンシティ宣言」を行いました。2050年までにカーボンニュートラルを目指すという姿勢を明確に示し、単なる理念にとどまらず、具体的な行動へと移していきます。

2024年度には、中小企業を対象とした脱炭素経営の支援事業がスタートしました。ここで特徴的なのは、市が単独で取り組むのではなく、地域の金融機関や商工会議所、そして包括連携協定を結んでいる東京海上日動火災保険株式会社愛媛支店とともに、支援体制を築いたことです。

脱炭素は一部の先進企業だけが取り組むものではなく、地域全体で進めるものだという考え方。その姿勢が、「今治モデル」の出発点にありました。

この取り組みは、環境を守るための施策であると同時に、地域産業を未来へつなぐための挑戦でもあります。産業が盛んなまちだからこそ、避けて通れない課題と正面から向き合う。その決断が、後に評価される土台をつくっていったのです。

“ゆるやかな座組”という設計思想――無理なく続く連携のかたち

今治モデルの大きな特徴は、「ゆるやかな座組」と表現される連携の仕組みにあります。今治市を中心に、東京海上日動火災保険株式会社愛媛支店、地元金融機関、今治商工会議所などが参画し、それぞれの強みを生かしながら役割を分担しています。

行政がすべてを抱え込むのでもなく、企業任せにするのでもない。地域の実情をよく知る主体が、それぞれの立場で支え合う構造です。脱炭素という大きなテーマに対して、「できることを、できる範囲で持ち寄る」という姿勢が感じられます。

たとえば、東京海上日動は教育プログラムや専門人材の面で重要な役割を担っています。金融機関は企業との接点を生かし、経営の視点から支援に関わります。商工会議所は地域企業とのネットワークを生かし、参加のきっかけをつくります。そして今治市は全体をコーディネートし、方向性を示す存在として機能しています。

この構造が評価された理由のひとつは、「持続可能であること」です。脱炭素の取り組みは一度きりのイベントではなく、長い時間をかけて続けていくものです。だからこそ、無理のない体制づくりが重要になります。

「ゆるやか」と表現されながらも、実際には役割分担が明確で、それぞれの主体が自分のミッションを理解して動いている。そのバランスのよさが、今治モデルの強みです。

行政と民間が対等に連携し、同じ目標に向かって歩む姿は、これからの地域づくりのひとつの形を示しているようにも感じられます。単なる補助制度でも、単発のセミナーでもない。地域ぐるみの仕組みとして設計されている点こそが、このモデルの核なのです。

学びで終わらせない――“4ステップ”で行動へつなぐ仕組み

「脱炭素」と聞くだけで、身構えてしまう人も少なくありません。専門的で難しそう、コストがかかりそう、何から始めればいいのか分からない――そんな心理的な壁を越えられなければ、どれほど立派な支援制度があっても機能しません。

今治モデルが工夫したのは、まさにその“最初の一歩”でした。

第1ステップとして用意されたのは、カードゲームを活用したワークショップです。経営者だけでなく、現場の担当者も参加できる形式で、体験を通じて脱炭素を身近なテーマとして考えるきっかけをつくります。難しい講義から入るのではなく、まずは楽しく理解する。ここに、このモデルのやさしさがあります。

第2ステップでは、より具体的な内容へと進みます。自社の温室効果ガス排出量の把握や算定方法、そして今後どのように削減していくのかというロードマップづくりなど、実務に直結する内容を学びます。ここでは東京海上日動の教育プログラムを今治版にカスタマイズした形で活用し、地域企業が実践しやすい形に整えられています。

理解を「知識」で終わらせないことが、このプログラムの重要なポイントです。

第3ステップでは、脱炭素コンシェルジュと呼ばれる専門家が各企業に寄り添いながら支援を行います。それぞれの企業の状況や課題に合わせ、具体的な削減プランを一緒に検討していく伴走型の支援です。自社だけでは気づきにくい改善点を整理し、実行へとつなげていきます。

そして第4ステップでは、プログラム修了者を「今治グリーンフェロー(通称:バリグリ)」として認定します。単に学んで終わるのではなく、推進役同士がつながるコミュニティを育てることで、取り組みを地域全体へと広げていく仕組みです。

意識が変わり、行動に移り、それが仲間へと波及していく。4つの段階が連動することで、脱炭素は特別な挑戦ではなく、日々の経営の延長線上にある取り組みへと変わっていきます。

この設計の丁寧さこそが、今治モデルの大きな強みです。単発のセミナーや一時的な補助制度ではなく、企業の中に根づく仕組みとして組み立てられている。その積み重ねが、今回の評価にもつながっています。

後発から“モデル地域”へ――評価された理由と広がる可能性

こうした取り組みが評価され、今治市と東京海上日動火災保険株式会社愛媛支店は、第5回ローカルSDGs四国表彰で審査員特別賞を受賞しました。

この表彰は、四国地域でSDGsの推進に取り組む事業や活動を顕彰するものです。その中で今治モデルが注目された背景には、単なる環境施策にとどまらない広がりがあります。

講評では、民間と自治体の連携がうまく機能していること、そして他の自治体のモデルにもなり得る取り組みであることが高く評価されました。取り組みの目的やビジョンが明確であり、段階的に行動へと導くプログラム設計がなされている点も印象的だったといいます。

「ゆるやかな座組」と表現されながらも、実際には各主体の役割が明確で、全体の仕組みが丁寧に構築されていること。その完成度の高さが、評価につながりました。

さらに今治市は、2025年に愛媛県内で初となる「脱炭素先行地域」に選定されました。もともとは脱炭素の分野で後発といわれる立場でしたが、ゼロカーボンシティ宣言を契機に取り組みを加速させ、短期間でモデル地域へと進化しました。

2025年度には、環境省のモデル事業として、今治モデルを他自治体へ横展開する枠組みに全国で唯一の採択となりました。すでに愛媛県内の自治体への広がりも始まっており、地域発の仕組みが次の地域へと波及している段階です。

脱炭素は、単独の市町村だけで完結するテーマではありません。だからこそ、再現しやすい仕組みであること、無理なく導入できることは大きな意味を持ちます。既存のサービスを組み合わせ、地域の主体が役割分担して運営できる今治モデルは、その“広がりやすさ”という点でも強みを持っています。

後発からスタートしたまちが、自らの課題と向き合い、仕組みをつくり、評価され、そして広がっていく。今治市の歩みは、地域が主体的に変わることの可能性を示しています。

地域から始まる未来づくり――今治モデルが示すもの

脱炭素というテーマは、ともすれば「我慢」や「制限」と結びつけて語られがちです。しかし今治モデルから見えてくるのは、それとは少し違う風景です。

地域の企業が学び、行動し、仲間とつながる。その積み重ねが、CO2削減という環境面の効果だけでなく、経営の改善や働きがいのある職場づくりへとつながっていく可能性を秘めています。環境と経済、そして暮らしが対立するのではなく、調和しながら前に進んでいく姿です。

後発地域といわれた立場から、地域ぐるみの仕組みをつくり上げ、モデル地域として評価されるまでになった今治市。その背景には、「難しそうだからやらない」のではなく、「どうすればできるか」を考え続けた姿勢があります。

脱炭素は、遠い未来の誰かのためだけの取り組みではありません。地域の産業を守り、次の世代へとつなぐための選択でもあります。今治モデルは、その一つの答えを示しています。

地域から始まった小さな仕組みが、やがて他のまちへと広がっていく。そんな未来を想像させてくれる今回の受賞は、通過点にすぎないのかもしれません。今治市の挑戦は、これからも地域とともに続いていきます。


今治市 概要

愛媛県北東部に位置し、造船業やタオル産業などのものづくりを基幹産業とする都市です。豊かな自然環境と産業基盤を生かしながら、持続可能なまちづくりを進めています。

公式サイト:https://www.city.imabari.ehime.jp/

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