「幸せと利益は循環する」日本青年会議所と博報堂が挑む“生活者発想”のウェルビーイング経営
「私生活の充実度は、仕事の効率に直結する」――そう感じたことはないですか?
恋人や家族との関係が順調な時はモチベーションも上がりますが、悩みを抱えていれば仕事が手につかないこともあるかもしれません。
「人生100年時代」を迎え、個人の幸せをどう経営に反映させるかが課題となる中、日本青年会議所(以下、日本JC)と博報堂100年生活者研究所が共同プロジェクト「日本ウェルビーイング研究会議」を設立しました。
先日行われた記者発表会では、福利厚生ではない「幸せが利益を生み出すエンジンになる」戦略的な経営モデルが提示されました。
社会の最前線は「家庭」にある

日本JC会頭の加藤大将氏は、2026年度の基本理念「真の心が生み出す 幸せな国 日本へ」に込めた想いを語りました。加藤氏が強調したのは、社会の最小単位としての「家庭」です。
「私は、家庭こそが社会の最前線にあると考えております。心から安らげる居場所や信頼できる家族との関係性は、誰にとっても社会へ踏み出す活力になるのです。だからこそ、日常の幸せを大切にしたいと思っております」
将来に希望を持ちにくい今こそ、日常の幸せを地域に根付かせる運動が必要です。本プロジェクトは、個人の幸せがいかに経済的合理性と両立し、企業の発展につながるかを証明する挑戦であると加藤氏は宣言しました。
「生活者発想」でウェルビーイングを再定義

博報堂の宮澤正憲氏は、同社が40年以上掲げてきた理念「生活者発想」を経営に導入する意義を解説しました。
宮澤氏は、従来のウェルビーイング経営が「報酬や休み」といったコスト側に偏っている現状を指摘。「幸せのためにコストをかけようとすると、利益とのトレードオフになってしまう」と分析します。
「従来、ビジネスにおいて人は『消費者』や『顧客』と捉えられがちです。しかし、人は家に帰れば『父』であり『母』であり、『地域の一員』として生きています。働く前に、まず“生活をしている人”であるという視点が不可欠です。その側面を無視して改革を進めると、必ずどこかに歪みが出てしまいます」
家庭が幸せであり、働くことが楽しく、その活力が利益へと循環するモデルこそが本来の姿であると説きました。
「幸福を語る経営」から「幸福で判断できる経営」へ

プロジェクトを推進する下坂大夢氏(日本JC)は、ウェルビーイングを「経営戦略」へ引き上げる姿勢を鮮明にしました。
「目指すのは“幸福を語る経営”ではなく、“幸福で判断できる経営”です。人を大切にする経営を、単なる理念から戦略へ引き上げる取り組みなのです」
下坂氏は、現在の地域企業が抱える「人材の定着」や「生産性の向上」といった課題を解決するためには、これまでの経営のあり方をアップデートしなければならないと説きます。具体的には、以下の3本の柱で研究が進められます。
1.メカニズムの解明
社員が家族と過ごす時間の質や地域コミュニティでの充実度が、創造性や企業の成長にどう還流するのかを定量的に分析
2. ウェルビーイング成長指標の策定
ライフキャリア充実度や心理的安全性を可視化し、財務情報だけでは測れない「未来の成長ポテンシャル」を測定する独自の物差しを開発
3.社会実装
抽出された成功法則を地域企業へ試験導入し、モデル企業の認定と成果の公開
下坂氏は、「一部の先進企業だけの取り組みにするのではなく、全国の地域企業が導入できる普遍性と再現性を備えた経営モデルの確立を目指す」と、その展望を語りました。
「弱み」を開示する経営者と企業の成長

100年生活者研究所の大高香代氏からは、日本JC所属の経営者を対象とした意識調査の結果が報告されました。業績を伸ばす「100年企業」の経営者には、周囲との関係性に顕著な特徴がありました。

「驚くべきことに、100年企業の経営者は、パートナーと志を共有しているだけでなく、自分の『弱み』も開示している割合が高いという結果が出ました。6割以上の経営者が弱みを開示しており、他社に比べ有意に高いスコアを示しています」(大高氏)
孤独に決意を固めるリーダー像とは対極に、自身の幸せや「弱さ」を身近な人と共有できる経営者こそが、社員の共感を生み、組織の活力を引き出している実態が明らかになりました。
前野隆司教授が語る「ライフワークシナジー」とハラスメントのリスク

幸福学の第一人者、前野隆司教授(武蔵野大学)は、今回の試みが持つ「ライフワークシナジー(相乗効果)」の先進性を指摘しました。

「仕事と生活を分けて配分を考える『ワークライフバランス』は、すでに一つ前のパラダイム(枠組み)。これからは双方が高め合う時代の到来です。“生活者の視点”まで踏み込んだ今回の試みは、世界的に見ても非常に新しい」
一方で前野氏は、私生活への介入が「ハラスメント」と見なされる現代的なリスクにも釘を刺します。
「私生活に踏み込むことはハラスメントではないか、という風潮があるのも事実。しかし、私たちが目指すのは安易な公私混同ではありません。幸せな家庭生活と働き方の両立を認め合うことは、強制的な情報開示ではなく、信頼関係に基づき『ご家族は元気にされていますか?』と自然に声を掛け合えるような、本来の『思いやり』の輪を広げることなのです」 無駄の排除を優先するあまり失われつつある「人間本来の繋がり」を重視し、「誤解のないよう丁寧に進めることこそが、経営の核心である」と結びました。
日本発の「新経営モデル」を世界へ
質疑応答では、「幸せ」をいかに経営判断のKPI(重要業績評価指標)に落とし込むかという実務的な議論が交わされました。今後はセミナー開催や伴走支援を行い、10月の日本JC全国大会で成果を公表する予定とのことです。

最後に、日本JCの伊原氏が「企業の成長戦略としてのウェルビーイングを全国へ広めていく」と決意を述べ、発表会を締めくくりました。
日本JCの「現場力」と博報堂の「知恵」の連携。「利益か幸せか」という古い二者択一を脱し、「幸せだからこそ稼げる」という新スタンダードが、今ここから始まろうとしています。
<取材・撮影・文/櫻井れき>