震災翌日に生まれた命 当時は暖房使えず…助け合ったあの日「頑張って産んでよかった」 中学卒業の節目迎える【東日本大震災から15年】

日本中が深い悲しみに覆われる中、力強く生まれた命があります。不安と混乱の中で誕生した子どもたちは今年、15歳となり、中学卒業の節目を迎えます。成長した彼らの姿に皆さんは何を感じるでしょうか。一人の男の子の成長を見つめました。
震災発生5日後、仙台市内の病院。2011年3月12日に生まれた遠藤維人くんです。
母・聡美さん
「地震があった日(3月11日)の夜9時にお腹は痛かった。陣痛が今来たら、産めないと思った。(3月12日)午前3時まで我慢したが、痛くて」
母・聡美さんは停電が続く中、病院にかけこみ、維人くんを出産しました。
母・聡美さん
「這うように部屋の中を逃げて、すごく怖かったです。でも、お腹は守らなきゃと思った」
5歳の維人くん。小学校への入学を楽しみにしていました。
遠藤維人さん
「(Q.ランドセルどう?)かっこいい」
小学校に入り、打ち込んだのは野球。2人の妹のお兄ちゃんになりました。
遠藤維人さん(当時11)
「中学校に入ると、部活も始まると思う。勉強もしっかりやっていきたい」
このときの取材から3年。まもなく15歳になる維人さんの自宅を訪ねました。
遠藤維人さん、この3年で身長は175センチまで伸びました。中学校では震災についても学んできたといいます。
遠藤維人さん
「野外活動で気仙沼に行って、震災のことを知る機会が増えて、震災は大変だったと思うし、誕生日が近づくと震災のニュースが増える。震災は大変だったと知らなくても、次の世代に受け継いで、怖さを風化させないことが大事と思うようになってきた」
あの日の映像を見てもらいました。
「これ、にいにだって」
遠藤維人さん
「記憶ないな…」
母・聡美さん
「何分かおきに、ちょっと大きい地震がきて」
当時の病室は暖房を入れることもできませんでした。
母・聡美さん
「寒いから体温下がっちゃって、先生たちが温め直して戻してくれた。維人が一生懸命生きようとしているから、それに応えなきゃと思って。みんな落ち込んでいたけど、維人を見ているときはみんな癒されていた」
遠藤維人さん
「震災は大変だったと知って、お母さんやお父さん、みんなが助けてくれてここまで大きくなれた。感謝しかない」
母・聡美さん
「頑張って産んでよかった」
あの混乱の中、生まれた命、たくましく成長を続けています。