「やさしい日本語」の現在地~テレビ報道にいま問われている視点~【調査情報デジタル】

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2026-05-02 08:30
「やさしい日本語」の現在地~テレビ報道にいま問われている視点~【調査情報デジタル】

外国人居住者の増加に伴い、テレビ局が彼らに情報を伝える「やさしい日本語」の重要性がたかまりつつある。しかし、単に平易な言葉に言い換えるだけでは十分でない。その背景の文脈を考え、完成した原稿を「翻訳」するのではなく、完成する前の段階から多様な視聴者を想定すべきではないか。明治大学国際日本学部の山脇 啓造教授による論考。

はじめに

近年、日本に暮らす外国人住民の増加とともに、やさしい日本語への関心が高まっている。やさしい日本語とは、外国人住民など日本語に不慣れな人にも伝わるよう配慮した日本語表現を指す。とりわけ災害報道の現場では、短く分かりやすい表現で行動を促す工夫が積み重ねられてきた。

しかし一方で、平時の報道に目を向けると、その知見が十分に活かされているとは言いがたい。制度や生活に関わる情報は発信されていても、それが誰に届き、どのような行動につながっているのかは、必ずしも検証されていない。

本稿では、やさしい日本語を難しい言葉の言い換えという「翻訳」の問題にとどめず、誰に何をどのように伝えるかという「編集」の問題として捉え直す。そのうえで、テレビ報道の現状と課題を整理し、今後の方向性を考えたい。

やさしい日本語に関する誤解~「言い換え」ではない~

やさしい日本語は、しばしば「難しい日本語を簡単に言い換えること」と理解される。しかし、この理解だけでは、現場で直面する課題に十分に応えることはできない。たとえば、同じ情報であっても、対象とする相手によって必要な説明や前提は大きく異なる。

日本の制度や生活習慣に慣れていない外国人住民にとっては、言葉そのものの難しさ以上に、背景となる文脈が共有されていないことが理解の障壁となる。

この意味で、やさしい日本語とは、単なる表現の簡略化ではなく、誰に向けて情報を届けるのかを明確にしたうえで、内容や構成を調整する営みである。対象を想定しないまま「やさしくする」ことには限界がある。

必要なのは「翻訳」ではなく「編集」

こうした限界を踏まえると、やさしい日本語は別の視点から捉え直す必要がある。実際の現場で問題となるのは、言葉の難しさそのものよりも、情報の伝え方の設計にあるからである。

ここで言う「やさしい日本語」とは、既に完成した情報を後から言い換える「翻訳」の作業ではない。誰に、何を、どの順番で、どこまで伝えるのかを、伝える前の段階から組み立て直す「編集」の問題である。

たとえ表現を平易にしても、前提となる知識や文脈が共有されていなければ、情報は十分に理解されない。逆に、必要な情報が整理され、受け手に応じて構成されていれば、必ずしも極端に簡単な言葉でなくても伝わることがある。

やさしい日本語の問題は、単なる言葉の問題ではない。誰を前提に社会の情報が作られているのかという問題である。

テレビ報道がかかえる構造的制約

では、この問題はテレビ報道の現場において、どのような形をとって現れるのか。テレビは限られた時間の中で映像と音声を組み合わせ、情報を「選び、削り、並べる」編集の営みそのものである。

しかしその編集が、日本語母語話者を暗黙の前提として設計されてきたとすれば、やさしい日本語はどうしても原稿完成後の付加的な対応にとどまりやすい。言葉は平易になっても、情報の伝え方そのものは変わらないだろう。

こうした状況は、テレビ報道に携わる個人の努力の不足というよりも、メディアの構造的な特性に起因する部分が大きい。テレビは限られた時間の中で情報を伝える必要があり、速報性や簡潔さが強く求められる。そのため、伝える内容は必然的に圧縮され、詳細な説明や前提の共有は省略されやすい。

また、映像を中心とした表現が重視されるため、「見れば分かる」という前提が無意識のうちに置かれ、言葉による補足説明の役割が相対的に小さくなりやすい。さらに、ニュース原稿の作成においては、制度や社会の仕組みに関する基礎的な知識が共有されていることを前提とした視聴者像が想定されてきたと言えよう。そのため、こうした知識を共有しない人々にとっては、情報の理解が難しくなる。

結果として、言葉を平易に言い換えたとしても、その前提自体が見直されない限り、情報の伝え方には大きな変化が生じない。

具体例にみる現状~「支援が拡充されます」では足りない~

こうした課題は、個別の報道の中にも具体的に見て取ることができる。例えば、医療費や子育て支援制度の変更を伝えるニュースでは、「支援が拡充されます」「対象が広がります」といった表現が用いられることが多い。テロップも簡潔に整理され、難しい言葉を避ける工夫がなされている。

しかし、実際には「誰が対象なのか」「何をしなければ利用できないのか」「いつ、どこに相談すればよいのか」といった行動に直結する情報が十分に示されないまま、報道が終わってしまうケースも少なくないだろう。その結果、情報は提示されていても、視聴者が自分の生活と結びつけることができない。

また、災害時の報道と平時の報道の間には、明確な落差が見られる。災害時には、「今すぐ逃げてください」「〇〇小学校に行ってください」といった、短く具体的で行動を促す表現が積極的に用いられるようになった。

これに対して、平時の防災情報や制度説明では、専門用語や前提知識が前提とされ、同様の分かりやすさが確保されているとは言いがたい。やさしい日本語が非常時の対応としては一定程度、機能している一方で、日常的な情報発信の中には十分に組み込まれていないのではないか。

さらに、生放送や速報の場面では、アナウンサーや記者が原稿を補足する形で「つまり、こういうことです」と言い換えを加え、視聴者への配慮がなされることもある。しかし、その多くは個々の経験や判断に依存しており、組織的に共有された手法とはなっていない。結果として、同じ内容であっても番組や担当者によって伝わり方にばらつきが生じる。

これらの事例が示しているのは、やさしい日本語への意識や工夫が確かに存在する一方で、それが編集の前提として体系的に組み込まれているとは言いがたい現状である。

やさしい日本語への対応は、どうしても「翻訳」のレベルにとどまりやすい。すなわち、完成した原稿を前提に、その一部を言い換えたり、テロップを調整したりすることで対応しようとするのである。

しかし、このような対応には限界がある。前提となる情報の選び方や構成が変わらないまま、表現だけを平易にしても、受け手にとっての理解しやすさは大きくは改善されないと言えよう。

現状の評価~現場での工夫は評価できるが~

テレビ報道におけるやさしい日本語の取り組みは、決して否定的に評価されるべきものではない。現場では、限られた時間と条件の中で、伝わりやすさを意識した工夫が積み重ねられている。とりわけ災害時には、行動を促す明確で簡潔な表現が用いられ、その有効性は広く認識されている。

しかし一方で、こうした取り組みは、個々の現場や担当者の工夫に依存している側面が強く、組織として共有された編集基準や検証の仕組みが十分に整っているとは言えないのではないか。

その結果、やさしい日本語は日常的な報道の中で安定的に機能するものとはなっておらず、例外的な配慮や非常時の対応として位置づけられがちである。すなわち、やさしい日本語は個々の実践としては広がりつつあるが、編集の前提として制度化されているとは言いがたい段階にある。

今後に向けた視点~テレビ局がいま問われているもの

今後、テレビ報道においてやさしい日本語を実質的に機能させていくためには、いくつかの視点が重要となる。

第一に、やさしい日本語を災害時に限定せず、平時の報道にも組み込むことである。医療、教育、制度、生活情報といった分野こそ、日常的に理解と行動を必要とする領域であり、そこでの伝わりやすさが問われている。

第二に、原稿完成後の言い換えではなく、企画や構成の段階から多様な視聴者を想定した編集を行うことである。誰に何を伝えるのかを初めから組み込むことによって、やさしい日本語は特別な対応ではなく、通常の制作プロセスの一部となる。

第三に、やさしい日本語を「外国人向けの配慮」としてではなく、公共的な情報発信の質を高める視点として位置づけることである。そうすることで、やさしい日本語への対応は特定の視聴者への例外的な配慮ではなく、報道全体の編集基準に関わる問題となる。

行政機関向けには、入管庁と文化庁によってやさしい日本語の活用に関するガイドラインが策定されているが、報道機関向けにも、これらの視点を取り入れたガイドラインを策定することが望ましいだろう。

やさしい日本語は、特定の人々のための特別な手法ではない。それは、多様な人々が共に生活する社会において、情報をどのように伝えるかという、より根本的な問いに関わるものである。

言葉を簡単にすることだけではなく、誰に向けて、何を、どのように届けるのかという編集のあり方そのものが問われている。テレビは、本来その編集の力によって社会に情報を届けてきたメディアである。その強みをより多様な受け手に向けて再構成することができるかどうかが、いま問われている。

<執筆者略歴>
山脇 啓造(やまわき・けいぞう)
明治大学国際日本学部教授。東京大学法学部卒業。コロンビア大学国際・公共政策大学院修了。専門は移民政策・多文化共生論。

2000年頃から多文化共生社会の形成に向けた様々な政策提言を発表。総務省、外務省、文部科学省、出入国在留管理庁など関係府省や東京都、愛知県など地方自治体の外国人施策関連委員を歴任。2012年度オックスフォード大学客員研究員、2024年度クイーンズランド大学訪問研究員。
近著に『日本と台湾の移民政策―多文化共生社会の形成に向けて―』(共編著、明石書店、2025年)、『多様性×まちづくり インターカルチュラル・シティ―欧州・日本・韓国・豪州の実践から』(共編著、明石書店、2022年)、『自治体職員のためのインターカルチュラル・シティ入門』(共著、欧州評議会、2021年)、『新 多文化共生の学校づくり―横浜市の挑戦』(共編、明石書店、2019年)等。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。

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