ナフサは足りている?足りてない? 政府の説明と現場の悲鳴が矛盾する「3つの原因」

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2026-05-27 07:02
ナフサは足りている?足りてない? 政府の説明と現場の悲鳴が矛盾する「3つの原因」

連日ニュースで飛び交う「ナフサ不足」という言葉。しかし、その報道を耳にするたび、実際にナフサを調達している人たちはやるせない憤りを抱えているという。

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「『ナフサが不足している』とメディアに連呼されると、悲しくなると言っていましたね」

石油化学コンサルタントの柳本浩希氏は、そんな現場の痛切な声を代弁した。高値であってもなんとか原料を買い付け、工場の装置を止めまいと必死に駆け回っている人々からすれば、その嘆きは当然のことだ。では、実際のところナフサは足りているのか、それとも足りていないのか。長年ナフサを取り扱ってきた柳本氏が導き出した答えは、一見すると矛盾している。「両方とも真である」というのだ。

(TBSラジオ「荻上チキ・Session」2026年5月22日放送「足りてる?足りてない?イチから学ぶ『ナフサ』」より)

そもそもナフサとは何か――「ガソリンになれなかった」厄介者の歴史

ナフサとは、製油所で原油から生産される軽質な石油製品である。端的に言えば「ガソリンになりきれなかった、透明で軽い液体の油」を総称してナフサと呼ぶ。英米圏の造語であるガソリンなどと異なり、ナフサはアッカド語など古代の言語に語源を持つ。

「もともとはガソリンにも灯油にもならないものとして扱われ、当初はただ燃やされて処分されるなど、目的生産物ではありませんでした」と柳本氏は説明する。かつてアメリカではランプの燃料として使われたこともあったが、あまりに軽く揮発性が高いため、家で火を点けた瞬間に爆発し、多くの死者を出した悲惨な歴史もあるそうだ。

しかし現在、ナフサは私たちの日常生活を根底から支える、なくてはならない存在だ。ナフサを「ナフサクラッカー」と呼ばれる巨大な装置で熱分解すると、多種多様な石油化学原料が取り出せる。エチレンからは食品包装のフィルムやガソリンタンクが、プロピレンからはお菓子の袋が作られる。さらに塩と合成すればガス管などの塩ビ樹脂になり、ベンゼンと合わせれば発泡スチロールの原料になる。

柳本氏が「日常生活を支えるすべてのものに入り込んでいる」と語る通り、建材からスポーツウェア、インクに至るまで、プラスチック製品のほぼすべてがナフサから生まれている。現在、世界では毎日約1億バレルの原油が消費され、そのうち約1,000万バレルがナフサとして生産されている。

「足りている」と「足りていない」が両立する3つの理由

日本はナフサの約6割を輸入に頼り、その輸入分の8割を中東産が占めている。残り4割の国内生産も原油の中東依存度が高く、中東情勢の悪化は日本のナフサ調達を直撃した。柳本氏によれば、紛争前と比較して輸入総量は7割程度に減少している。

しかし政府は「ナフサは足りている」「絶対量の不足ではなく、サプライチェーン上の目詰まりが起きているだけだ」と説明する。現場では悲鳴が上がっているのに、なぜ政府はそう断言するのか。柳本氏はその矛盾を3つの視点から紐解いた。

理由1:「副産物」の絶対的不足 

ナフサを分解すると、約半分はエチレンとプロピレンになる。これらに関して日本はかつて輸出超過だったため、輸入が7割に減っても輸出分を国内に回せば需要は十分に賄える。「ポテトチップスの袋がなくなる心配は全くない」と柳本氏が断言するのはこのためだ。 

問題は、ナフサ分解時に約15パーセントしか取れない「副産物」の方にある。トルエンやキシレンといった芳香族類やC4留分である。これらはシンナー、塗料、インク、断熱材の重要な原料だが、現在生産量が大幅に減少し、国内の出荷需要を満たせていない。 

では、トルエンを増やすためにナフサを大量に分解すればいいかというと、それは経済的に不可能なようだ。ナフサを分解すれば同時に大量のエチレンも生産されてしまうが、現在アジア市場ではエチレン市況が悪化しており、作れば作るほど巨額の赤字になる。その赤字分をわずか15パーセントの副産物の価格に上乗せすれば、非現実的な価格に高騰してしまうからのようだ。

不足しているのは「ナフサ全体」ではなく、「一部の副産物」なのだ。

理由2:価格高騰と不透明感が生む「目詰まり」 

現場への影響には、複雑な「目詰まり」の構造も絡んでいる。上流のメーカーが不安から供給を絞ると、中間業者は在庫を温存し、下流からは「出し控え」に映る。さらに価格転嫁のタイムラグも事態を悪化させる。原料は値上がりしたのに、自社製品を値上げできるのが数か月先となれば、赤字を避けるため生産を控えるしかない。

一方で下流では、大企業や消費者が「安いうちに」と買いだめに走る。各企業が合理的に動いた結果、全体のバランスが崩壊し、市場からモノが消えているのだ。

理由3:「日本だけ良ければいい」は通用しない

紛争の影響で、中国や韓国のナフサ輸入量も激減している。日本はアジア最古の石化産業を持ち、膨大な量の石油化学製品を海外からの輸入に頼ってきた。原油備蓄が少ない他国が自国優先で輸出をストップすれば、日本が輸入に頼っている製品が突然入ってこなくなるリスクがある。

「いつ入ってくるんだ」――現場の声が映す焦りと絶望

番組には、末端の現場で苦境に立たされるリスナーから多くの悲痛なメッセージが届いた。

•    能登半島地震の被災者を支援する関係者からは、「資材の値段が跳ね上がり、いつ着工できるか分からない。仮設住宅での生活が3年目に入ろうとしている人々の思いを、政府は本当に考えているのだろうか」という憤りの声が寄せられた。 
•    看板屋を営む方は「アクリル板が緊急値上げされた。つい先日値上げしたばかりなのに」と疲弊を隠せない。 
•    時計修理業者からは「ベンジンが買えなくなりそうだという噂が出た数日後には、もう注文できなくなった。予備在庫はあと1年分しかない」という切迫した声が届いた。 
•    浴室リフォームを主業とする業者は「毎月8件こなしてきたが、システムバスの入荷が不安定で今月は3件のみ。来月は2件しか工事予定が組めていない。あと2か月この状態が続けば、廃業も覚悟しなければいけない」と死活問題を訴えた。 

塩ビ管(塩化ビニールパイプ)が「壊滅的にない」という水道工事業者は、政府の言葉を切り捨てるように「目詰まりなんかではなく、原材料の絶対量が足りていないから起きていることです」と記述する。さらに「今までどおり流通するようになったとしても、一度値上げされたものは値下げされない。結局、我々は高いものを買い続けることになるんです」と嘆いた。

「ナフサ不足」という大雑把な括りからの脱却を

今後の見通しについて柳本氏は、春先に重なった工場の定期修理が完了し、夏頃には価格転嫁が進むことで、ある程度の供給回復と目詰まりの解消が見込まれると語る。「一般市民は想定以上に恐れる必要はありません。ポテトチップスが消えるわけではなく、パッケージデザインが少し変わる程度で済むでしょう」。

しかし中東の紛争が続く限り、根本的なリスクは消えない。その上で柳本氏が政府に強く求めるのは、「目詰まりが起きているだけだ」という大雑把な説明をやめることだ。本当に必要なのは、トルエンや特定の樹脂といった「限定的に不足している製品」のサプライチェーンを個別に把握し、官民一体で代替調達ルートを構築するピンポイントな支援である。

「今、原料が手に入らずに事業が止まっている方々がいるのは、完全に不公平な事態です。本当に大事なところに国のリソースを割いていく必要があります」(柳本氏)

「ナフサ不足」「目詰まり」という大きな主語で一括りにされることで、深刻な部分への対策が後回しにされている。その代償を最前線で払わされている現場の人々を救うため、的確な処方箋を打つべき岐路に立たされている。

放送後、柳本浩希氏からのコメント追記

この放送後、5月25日の高市首相の会見では、最後に石油化学のチェーンの画像が出され、ナフサおよび製品の総量というざっくりとしたメッシュではなく、そこから得られる具体的な石油化学製品および加工品の具体的な内容が提示されました。

その中で、「不足製品への振り向け調整」という文字と共に、石油化学製品の在庫の偏りを是正していくことが示されています。これは、「ナフサは足りているけど、足りていない」という本放送の主旨と合致するところで、政府の発言は「ナフサは足りている」以上に具体的かつ踏み込んだ内容になってきたと感じています。

今後、民間企業と政府が協力して不足している分野の製品の供給を回復させ、いまモノがなくて困っている方々にしっかりとモノが行き届くことを切に願います。私も微力ながら業界の情報分析、調達支援、コンサルティングを通じてサプライチェーンの健全化に向けた努力をしていきたいと思います。

(TBSラジオ『荻上チキ・Session』2026年5月22日放送「足りてる?足りてない?いちから学ぶ『ナフサ』」より)

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