建築費高騰で「理想の空間」はどう変わる? 住宅・クリニック設計で問われるコストと機能
資材価格や人件費、設備機器の価格上昇が続くなか、住宅やクリニックの建築では、限られた予算の中で何を優先するかが以前にも増して重要になっている。
デザインを重視すればコストが膨らみ、予算を優先すれば希望していた空間を諦めざるを得ない。こうした二者択一に陥らず、機能性や快適性をどのように残すかは、建築を考えるうえで大きな論点となっている。住宅からクリニックまでを手がける山口修建築設計事務所への取材をもとに、建築費高騰時代の設計に求められる考え方を探った。
建築費高騰で「何を削るか」が難しくなる
近年、住宅取得やクリニックの開業・改装を検討する施主にとって、建築コストの上昇は無視できない問題となっている。木材や鋼材、仕上げ材などの資材価格に加え、人件費や設備機器の価格も上昇しており、当初想定した予算では希望していた間取りや仕様を実現できないケースもある。
そこで重要になるのが、単純に設備や仕上げのグレードを落とすのではなく、建物全体の構成を見直す考え方だ。山口修建築設計事務所では、過度な装飾を加えるのではなく、構造や動線を整理し、必要な部分に予算を配分する設計を重視しているという。同事務所の説明によれば、空間の印象は高価な素材だけで決まるわけではない。自然光の入り方や視線の抜け、部屋同士のつながりなどによっても、開放感や居心地は変わる。
つまり、設計段階で優先順位を整理することで、コストを抑えながら希望に近づける余地はあるという考え方だ。ただし、設計上の工夫だけですべての価格上昇を吸収できるわけではない。資材費やエネルギーコストの先行きが見通しにくい状況では、当初予算そのものを柔軟に見直す必要が出てくる場合もある。
クリニックでは「機能」と「安心感」の両立が課題に
住宅以上に複雑な条件が求められるのが、クリニックなどの医療施設だ。
患者のプライバシーへの配慮、感染症対策、医療従事者の動線、医療機器の配置など、一般住宅とは異なる設計条件が多い。機能を重視するほど、空間が無機質になりやすいという課題もある。
同事務所では、医療施設に必要な条件を満たしたうえで、自然光や視線の抜け、木目などの素材感を取り入れることにより、利用者の心理的な負担を和らげる設計を検討しているという。住宅設計で用いられる空間づくりの考え方を、医療施設に応用する形だ。
一方、クリニックでは建築基準や衛生面への配慮に加え、将来の医療機器更新や診療体制の変化も想定しなければならない。デザインの自由度をどこまで確保できるかは、施設ごとの条件によって大きく異なる。見た目の印象だけでなく、数年後、十数年後の使い方まで考えた設計が必要になる。
なぜ施主と設計者の意思疎通は難しいのか

建築家や設計事務所への依頼に対して、「費用が高そう」「自分の要望をうまく伝えられるか不安」と感じる人もいる。住宅なら家族構成や生活習慣、クリニックなら診療方針やスタッフの動きなど、建物に求められる条件は施主ごとに異なる。
そのため、「何部屋ほしいか」「どこに受付を置くか」といった表面的な条件だけでは、実際に使いやすい空間になるとは限らない。同事務所では、ヒアリングの際に日常の行動や診療の流れ、将来的な使い方まで確認しながら、優先順位を整理していくという。設計者との対話を通じて、施主自身が何を最も重視しているのかが明確になるケースもある。
ただ、こうした進め方には時間がかかる。早期開業や短期間での建築を優先する場合には、仕様があらかじめ決まったパッケージ型の建築の方が適しているケースもある。設計事務所への依頼がすべての施主に向いているわけではなく、予算や時間、建物に求める自由度によって選択肢は変わってくる。
建築費高騰時代に考えるべき「優先順位」
建築を取り巻く環境は、資材価格や人件費、社会的なニーズによって変化し続ける。
そのなかでは、完成時の見た目や初期費用だけではなく、長期間使うことを前提に判断する視点も重要になる。
例えば、耐久性や将来のメンテナンス費用、ライフスタイルや事業内容の変化に対応できる構造、日常的な使いやすさなどだ。すべての要望を実現するのではなく、「どこに費用をかけ、どこを簡素化するか」を設計段階で明確にすることが、建築費が上昇する時代にはより重要になっている。
住宅やクリニックの設計では、コストとデザインのどちらか一方を優先するのではなく、用途や将来像に応じて両者のバランスをどう取るかが問われる。山口修建築設計事務所の取り組みは、その判断を設計段階から整理していく一つの事例といえるだろう。

【取材協力】
山口修建築設計事務所
代表 山口修
https://yama-arc.com/