![“100年の時を超える映画”の破壊力 名画『イントレランス』に触発されて【リリアンの揺りかご#3】](/assets/out/images/jnn/1051475.jpg)
映画草創期に作られたモノクロ無声映画
「映画」という新しい表現が生まれたばかりの時期に作られた無声映画の傑作だと聞き、大学生だった私は早稲田にあった「シアターACT」に観に行きました。1987年ごろのことです。題名は『イントレランス』。1916年公開のアメリカ映画で、題名は「不寛容」を意味します。
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監督は「映画の父」と呼ばれるD.W.グリフィス(1875年生~1948年没)。映画の中では、4つの時代の不寛容が描かれます。
▼紀元前6世紀の古代バビロン帝国の破滅
▼2000年前のキリストの受難
▼中世フランスで宗教対立から起きた虐殺
▼現代アメリカでえん罪の青年に下された死刑判決
4つの不寛容が入れ替わり紹介されますが、別の時代に飛ぶ時「揺りかごを揺らす女」が現れます。リリアン・ギッシュが演じるこの女性について、映画は何も説明していませんが、近代日本の社会思想史を学んでいた私には「歴史の女神」のように感じられました。映画『イントレランス』が訴えたのは、「世の中から寛容さが失われた時、悲劇は起こる」「いつの時代も、どの国でも、それは変わらない」ということでした。壮大なテーマに、圧倒されました。
『イントレランス』が与えた巨大な影響
1916年の映画『イントレランス』は、何がすごいのか。
まず、15分程度の短いものが多かった映画草創期に、2時間半を超える大作であり、4つの物語が同時並行で進むという複雑な物語構成をグリフィスは発案しています。
次に、壮大なスケールです。古代バビロンのセットは、城壁の高さが約45メートルもあり、上を馬車が走れます。セット全体の奥行きは1キロもあり、エキストラの人数は万単位でした。
また、映像の編集が画期的でした。巨大なバビロン宮殿を、カメラは高い視点から俯瞰していますが。カメラは次第に高さを下げて、宮殿で踊っている舞姫たちをアップで映し出します。観客は「いったい、どうやって撮っているのか」と驚きました。映像の世界では今でも、カメラを据える高い足場を「イントラ」と呼んでいます。
現代アメリカ編では、えん罪の証拠をつかんだ恋人の女性(メエ・マーシュ)が、汽車に乗っている市長を車で追いかけます。カメラは前から走る車を映したあと、次のカットでは爆走する車を後ろから撮影、交互に組み合わせることで疾走感と緊迫感を高めます。「カットバック」と呼ばれる手法です。そして、死刑執行は直前で回避されます。はらはらし通しの末に、スカッとするラストが最後の1分で展開される――「ラスト・ミニッツ・レスキュー」は、100年後のアクション映画でもよく見られますが、この映画が最初です。
監督のグリフィスは、前年に『国民の創生』という映画を製作していました。南部生まれのグリフィスは、白人差別主義者団体クー・クラックス・クラン(KKK)を無批判に採り上げていました。『国民の創生』は大ヒットしましたが、グリフィスには差別主義者という批判も付きまといました。映画研究者の中には、グリフィスが『イントレランス』を製作したのは贖罪の意識があった、とみる人もいます。
映画が公開された1916年当時の大正日本
公開は1916年(大正5年)。日本史の年表にはこんな項目が並びます。
・大陸浪人福田和五郎らが、排袁世凱運動を要求して、大隈重信首相に缶詰入りの爆弾を投げつけるが、不発(1月12日)
・日本で最初の女性大学生、黒田チカが東北帝国大を卒業し理学士に(7月17日)
・工場法が施行され、職工15人以上の工場では12歳未満の就業が禁止され、15歳未満と女子は12時間労働制に(9月1日)
・裕仁(後の昭和天皇)の立太子礼挙行(11月3日)
・アナキスト大杉栄が伊藤野枝との三角関係から、葉山の日陰茶屋で新聞記者
の神近市子に刺される(11月9日)
この年、三菱鉱業が長崎県端島に7階建ての炭鉱住宅を建設します。これは日本初の鉄筋コンクリート造アパートで、端島は後に「軍艦島」と呼ばれるようになります。雑誌「婦人公論」や、「信濃日日新聞」が創刊されています。大正デモクラシーの理論的支柱・吉野作造は論文「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」を発表しています。この年に生まれた人に、小林正樹(映画監督)、五味川純平(作家)がいます。
映画史上に残る名画から構成を借用する
私が描こうとしていたのは、現代日本の不寛容です。『イントレランス』の公開が、やまゆり園事件の発生(2016年)からちょうど100年前だったことも、何かの縁を感じました。
ラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』(2019年3月)を映像化するにあたり、映画史に残るこの名画『イントレランス』から私はテーマと構成と借用することにしました。声の魅力を最大限に引きだしたラジオドキュメンタリーと、映像ドキュメンタリーでは、構成や流れ、テンポが違うのが当然だからです。
構想では、番組の冒頭でまず名画『イントレランス』を紹介します。人々の「不寛容」がいつの時代も悲劇をもたらしてきたと明示し、やまゆり園事件に入ります。そして、「揺りかごを揺らす女」を引用すると、番組はヘイトスピーチの現場に飛ぶ――。つまり、名画の構成と同様に、「リリアンの揺りかご」を間に挟んで、現代日本の様々な不寛容を同時並行で構成してみよう、と考えたのです。
100年という時間スケールは、人の一生を超えてしまうほどの長さです。人が愚かな言動を繰り返すのは、100年もたてば社会が歴史の記憶を簡単に忘れ去ってしまう習性もあるからだと思います。
しかし、歴史の中では100年なんて一瞬だ、と言うこともできます。1893年生まれリリアン・ギッシュは、1993年まで生きます。87歳のリリアンが主演を演じた映画『八月の鯨』を私が観たのは、まだ大学生の時でした。はるか昔のリリアンの存在は、現代にもつながっているのです。人間にとって100年という時の“長さ”と、歴史の中での裏腹な“短さ”を考えることが、映画『リリアンの揺りかご』の隠れたテーマでもあります。
神戸金史(RKB毎日放送)