「中立報道って何?」大学生に宛てた手紙 “主観報道”を“客観報道”してみた 【リリアンの揺りかご#5】

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2024-03-14 06:04
「中立報道って何?」大学生に宛てた手紙 “主観報道”を“客観報道”してみた 【リリアンの揺りかご#5】

フェイクをファクトと同列に扱う罪深さ

TBSドキュメンタリー映画祭のために今回制作した映画『リリアンの揺りかご』で取り上げたのは、現代日本にはびこる「不寛容」な出来事です。やまゆり園障害者殺傷事件▼ヘイトスピーチ▼歴史のねつ造▼不誠実な政治家▼沖縄へのヘイト▼記者への攻撃など、多くのエピソードが出てきます。私の目に映ったその醜悪な容貌を、そのまま記録しました。

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私と考え方の違う人ももちろんいらっしゃるでしょう。その方が何かを主張するのを妨げようとは思いません。

しかし、事実に反した根拠のない“妄信”は、「考え方が違う」というレベルではありません。「南京事件はなかった」「強制連行はなかった」「関東大震災での朝鮮人虐殺はなかった」――こんなフェイクを妄信してしまっている人が増えていることは、学問としての歴史学と、ジャーナリズム、双方の「敗北」と言わなければなりません。

歴史学は、事実(ファクト)を掘り起こし、記録を積み重ねて、時代の実相により正確に迫っていく学問です。ジャーナリズムとはかなり共通する性質を持っています。だからこそ、ともに歴史修正主義からの標的となっています。

フェイクを信じる人からの攻撃をメディアが恐れ、ファクトとフェイクを並べて報じ、中立報道のお題目の陰に隠れる――。フェイクとファクトを同列に扱うのは、メディアとしての原則・中立報道を一見守っているかのように見えますが、事実を相対的なものに引き下げてしまいます。こと差別と反差別の中立報道は「メディアの職業倫理に反している」と私には思われるのです。

個人的投稿から映画が生まれるまで

映画『リリアンの揺りかご』が生まれたのは、津久井やまゆり園障害者殺傷事件を背景にした、私の個人的なFacebookへの投稿がきっかけでした。テレビや新聞に採り上げられ、投稿は爆発的に拡散し、書籍が生まれました。投稿を歌詞として歌にもなりました。この歌を放送するために、TBSラジオと共同で1時間のラジオドキュメンタリー『SCRATCH 線を引く人たち』(2017年)、『SCRATCH 差別と平成』(2019年)が制作されました。さらにこれを映像化したテレビドキュメンタリー『イントレランスの時代』(2020年)が、映画『リリアンの揺りかご』の母体となっています。

ところで、このラジオ『SCRATCH 差別と平成』が2019年の早稲田ジャーナリズム大賞で入選したことから、受賞記念講座で話す機会をいただきました。私は文学部の日本史学専修で近代社会思想史やジャーナリズム史を専攻し、卒業後は毎日新聞社に入社して長崎・島原・福岡・東京と勤務し、2005年にRKB毎日放送に転職しました。母校からの顕彰は本当にありがたかったです。

コロナ禍で1年延期され、2021年6月にオンラインで開かれた講座で私は、「差別と反差別の中立報道はあり得ない」という話をしました。講義後のレビューシートを読むと、受講生140人のうち20人が、私のこの発言に触れていました。

この後、学生たちに向けて、私はこんなメッセージを返しました。『「石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞」記念講座2021 民主主義は支えられることを求めている!』(瀬川至朗編著、早稲田大学出版部刊、1980円)より、全文を転載します。

大学生に語りかけたこと

みなさん140人の書いたレビューシートを、2回読み直しました。音声メディア・ラジオの特性がきちんと伝わっています。真剣に聴いていただいて、ありがとうございました。
ラジオ『SCRATCH 差別と平成』と、それをテレビ化した『イントレランスの時代』は、取材者である私の1人称しゃべりを軸にしています。でも、それで客観報道になるのか?こんな感想を寄せてくれた学生さんがいらっしゃいました。

<学生の感想>
「客観報道は重要だが、事実とフェイクの中立はありえない。それと同様に差別と反差別の中立もありえない。これを許すのはメディアの放棄であり、客観報道に逃げることになる」。この言葉は自分の中で腑に落ちました。

私のこの問題提起に触れた方は、20人もいました。メッセージがきちんと届いていることを、とてもうれしく思いました。

将来、自分はどんなことをしているのだろう?文学部キャンパスのスロープを下る時に、よく考えていました。新聞やテレビのニュースは大好きでしたが、優は在学5年間でわずか5つ(卒論と体育を含む)というありさまで、毎日新聞の筆記試験に通った時には驚きました。奇跡は二度も起きないと思ったので、ほかの新聞社はもう受けませんでした。

就職してみると、一見怖そうでも、人間味のある幹部・先輩が多かったです。入社してすぐ、「お前はサラリーマンか?記者として社外と戦うなら、まずその前に社内で上司と戦え。出世したくて記者になったんじゃないだろう。俺たちは、記者だぞ」と当の上司から言われ、「この仕事に就いてよかった」と思いました。尊敬できる記者はたいてい差別を許さない心、悲しむ人とともに泣いてしまう弱さ、強い者に歯向かう抗いの心を持っていました。

「マスコミは批判ばかりで偏っている」とよく怒られますが、たとえ日本に共産党政権が誕生しても、私は今と同様にウオッチし、批判するでしょう。権力は、常に腐敗するものですから。このメディアの本質は、早稲田が大事にしてきた「在野の精神」と通底しています。

しかし、記者を30年続け、みなさんにお渡しする社会が、この令和の日本です。この10年で社会をここまで劣化させてしまったことに、私自身も責任を感じています。

就活へのアドバイスを求められると、メディア志望者だけではなく全員に、「紙の新聞」を取ることを強く勧めています。作文を見て、面接で少し話しただけで、その学生の国語能力や社会の基礎知識は大体わかりますが、ほとんどの学生はネットで情報を得ているので、知識のバランスが悪い人が実は多いのです。新聞の主張が自分の考えと違っても、自分の立ち位置を知る「一つの物差し」と考えればいい。だまされたと思って、1年間取ってみてください。それだけで、就活はかなり有利になりますよ。

そして将来、もし取材する立場になったら、まずは「客観報道」のセオリーを学んでください。定型を知らずに、定型を崩すことはできません。独りよがりの熱情を押し付けられても、受け取る側の心は引いてしまいます。何より大事なのは、ファクトです。光が当たっていない事実を見つけ、「これを報じたい!」という熱いパッションを秘めて、冷静な筆致で伝える。記者の仕事は、そんなものかなあと思っています。

「主観報道」を「客観報道」する

今回の映画『リリアンの揺りかご』で私は、家庭を持つ障害者の父親としての立場(被取材者)と、記者として報道に携わる立場(取材者)と、公私2つの側面から社会現象にアプローチしています。公私ないまぜになっているように見えるのは、現状のメディアの報道姿勢に私自身が物足りなさを抱いていて、それを突破するためにあえて選んだ道だからです。そのために、こんなことを心掛けました。

▼「私の目にはこう映っている」と主観的に示すこと。
▼中立報道というジャーナリズムの基本原則からあえて外れると同時に、主観報道でありながら冷静な筆致を採ること。
▼自分自身を取材対象として客観報道すること。

結果、それがどんな表現になったのか。「TBSドキュメンタリー映画祭2024」で上映される『リリアンの揺りかご』をご覧になった方は、どのような感想をいだかれるでしょうか。上映は福岡会場限定ですが、ネットでの配信も検討されています。私の問いかけを、みなさんがどうお考えになったか、お伺いしたいと思っています。

神戸金史(RKB毎日放送)

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