中国東部の江蘇省・蘇州市で、日本人学校の送迎バスが襲われた事件からきょうで1か月。中国側は「偶発的な事件で日本人を狙ったものではない」としているが、詳細な情報は明かされず、現地の日本人の間では中国側の説明に疑問の声もあがっている。
「偶発的な事件」と説明するも1か月間追加説明なし
先月24日午後、江蘇省蘇州市で日本人学校の送迎バスを待っていた日本人親子が、突如50代の中国人の男に切りつけられた。事件当時現場にいた保護者によると、当時3台のバスがバス停に到着していて、男は2台目のバスに侵入しようとしたが、バスの案内係だった中国人女性、胡友平さんが身を挺して防いだという。この保護者によると、侵入を防いだだけでなく、切りつけられた日本人親子を庇っていたという。胡さんはその後死亡し、蘇州市から「模範的な市民」として称号を授与されている。
私たちは知人からの情報提供で当日の夜に事件を知ったが、その時点ではどの中国メディアも事件について報じておらず「やはり」という思いだった。中国共産党の指導下におかれた中国メディアには、日本のような「報道の自由」は存在しない。事件翌日の夕方、ようやく一斉に報じられると、亡くなった胡さんの行動を称える報道がしばらく続いた。上海の日本総領事館は蘇州市から「偶発的な事件」「日本人を狙ったものではない」との説明を受けたという。また捜査当局の発表によると、容疑者の男は事件の少し前に蘇州市に来たばかりだったといい、「偶発的」という説明の根拠を示したものとみられる。日中外交筋によると、動機など供述内容、刑事手続きの進行状況などの情報は、今日にいたるまで一切知らされておらず、最初の説明以降追加の情報も無いという。
事件現場は警備を大幅強化 それでも消えない不安の原因
先週、改めて事件現場のバス停を訪れた。蘇州市は警備の強化を日本側に約束したというが、実際バス停には数人の私服警官とみられる男性数人がいて(サムネ写真)、夕方になっても警戒に当たっていたほか、警察車両も定期的に周辺をパトロールしているのが確認できた。バスには案内係に加え、警備員も同乗するようになったという。日本人学校に子どもを通わせる保護者は「事件のことはあまり考えたくない」としながら「今の警備はしっかりしてもらえているから、今後のことに目を向けたい」と言葉少なに話してくれた。別の保護者からも警備の強化に安心したという声が聞かれたが「いつまでこの警備態勢が続くのか、保護者の間で度々話題になります。数か月なのか、1年なのか…」と先行きを案じている様子だった。この保護者は今でも一人ではバス停の前を歩くことができないという。
一方、強い不信感を抱く保護者もいる。情報が極端に制限されていることがその原因とみられ「偶発的な事件」「日本人を狙ったものではない」という蘇州市の説明について「私のまわりはみんなそうは思っていません」とキッパリと話した。さらに「毎日バス停の前の道が塞がるほど日本人で溢れているんです。絶対狙っていましたよ」と、今も不安が払しょくされない様子だった。
私が暮らす上海市でも、日本人学校周辺の警備が強化された。送迎バスの車内には防刃ベストや催涙スプレーなどを備えたという。蘇州市、上海市の対応からは「これ以上日本人の被害を出してはいけない」という本気度は感じられた。また事件に関するデマや、過度のレイシズムを煽る投稿についても、中国の複数のIT大手は規制に乗り出すとしている。だが前述のとおり、中国側からこの1か月、事件について追加の情報は何もないという。不安を払しょくするために必要なのは、警備の強化だけではないはずだ。日本人学校に子どもを通わせている保護者として、そう感じずにはいられない。(JNN上海支局 寺島宗樹)