二宮和也主演で6年ぶりに日曜劇場に帰還した『ブラックペアン シーズン2』。シーズン1に引き続き、医学監修を務めるのは山岸俊介氏だ。前作で好評を博したのが、ドラマにまつわる様々な疑問に答える人気コーナー「片っ端から、教えてやるよ。」。今回はシーズン2で放送された3話の医学的解説についてお届けする。
【写真を見る】ミックスオフポンプダイレクトアナストモーシスとは?~『ブラックペアン』監修ドクターが解説 vol.35~
ミックスオフポンプダイレクトアナストモーシスとは
今回のオペは梶谷さんに対するミックスオフポンプダイレクトアナストモーシスというかなり長い名前のオペでした。
ミックスというのはMICSと書き日本語で低侵襲心臓手術と訳します。簡単に言いますと胸の真ん中を切らない心臓手術ということとなります。オペシーンで右の胸に傷1つ、左の胸に傷2つ開いていました。真ん中を切らずに心臓手術(冠動脈の手術)をしているので、ミックスという頭文字がつきます。
さらにオフポンプとは心臓を動かしたまま人工心肺を使わずに行うという意味になります。お胸の真ん中を切らずに人工心肺使わずにダイレクトアナストモーシスやりますよ。という意味です。
ミックスというと、色々混ぜるミックスジュースのミックスを連想されるかもしれないのですが、決して色々ごちゃ混ぜになったミックスではないのです!
今回、私医療監修に課された使命はまずカンファレンスの時の高階先生のセリフを成立させる事でした。つまり
「通常のダイレクトアナストモーシスは成立しない!ダーウィンでしか不可能なんです!」
というセリフです。
そしてもう一つ課されたのは、治験薬を使用して時間制限を設定する。
そして天城先生と世良先生、2人でオペをするという事でした。
結構大変ですよね。
ひとつひとつ解決していくと…
まず通常のダイレクトアナストモーシスは成立しない!に対しては、通常のダイレクトアナストモーシスは胸の真ん中を切って、左の内胸動脈(胸骨の裏側にくっついており心臓の左前)を使用して、冠動脈の狭窄部(または閉塞部)を取り替えるという手術でした。つまり、胸の真ん中を切ってはいけない、また左の内胸動脈を使えない状況を考えないといけません。
これは食道癌の術後で心臓の左前(胸骨の左側の裏)で食道を再建(胃を使って食道を新たに作る)しているというシチュエーションで解決できます。これは世良先生がCT室で指摘してくれてます。
これにより右側の内胸動脈を右の胸を開けて採取して、左の胸を開けて左側にある冠動脈の前下行枝にダイレクトアナストモーシスをすれば良いということになります。
両側の胸を開ける(肋骨と肋骨の間から胸腔に入る)と何があるかと言いますと、大きく膨らんだ肺があるわけです。肺があると作業ができませんので、肺を萎ませないといけない、しかも両方となります。これを成立させるには人工心肺を使用すれば良いわけです。
しかしです…人工心肺を使用してしまったら、時間制限が設定しづらくなってしまいます。
はーい!今日はゆっくり人工心肺使って両方の肺を縮ませて、右の内胸動脈とって、左にダイレクトアナストモーシスしましょう!となり緊迫感が出ません。
つまり人工心肺を使わない方が良いというシチュエーションを追加しないといけないわけです。これを成立させるために梶谷さんは脳出血の既往があるということにしました。
人工心肺を使うということはヘパリンというお薬を使って血液をサラサラにする必要があるんですね。血液をサラサラにしないと人工心肺の管の中や人工肺の中で血液が固まってしまうのです。しかし、血液をサラサラにすると脳出血などの既往がある人だと再度出血してしまうリスクが上がってしまうのです(脳出血の既往がある人全員が絶対に人工心肺を使えないというわけではありません。再出血のリスクが上がるとお考えください)。
こうして食道癌のオペ後で胸の真ん中を切ることができない。さらに脳出血で人工心肺を使用できないという通常のダイレクトアナストモーシスはできないシチュエーションは出来上がりました。
じゃあどうやって人工心肺を使用せず左右の肺を膨らませない(酸素を取り込ませない)でオペを成立させるか、さらに時間制限を設けるかとなります…。
そこで何かお薬(治験薬)を点滴で体内に入れれば、少なくとも30分は両肺が膨らまなくとも酸素濃度を維持できるということにしようとなったわけです。
この一酸化窒素合成剤という薬は全くの架空の薬なのですが、かなり前から一酸化窒素という気体は注目されていて、我々の心臓外科の領域でもかなりお世話になっている気体なんです。
この気体は肺の血管を拡張してくれるという働きがあります。肺の血管を拡張すると何が良いかと言いますと、空気中からたくさん酸素を取り込むことができるんですね。ちょっとこの先はかなり話が長くなりますのでやめておきますが、一酸化窒素を吸うと血液中の酸素濃度が上がると考えて大丈夫です。
今回は肺を縮めてなくてはいけませんので、口、気管から一酸化窒素を入れることはできません。そこで点滴で体の中にいれて一酸化窒素を合成できるような治験薬をフィクションで作ったということになります(実際はかなりこの分野は研究されていて、肺血管を拡張してくれるお薬は現在使うことができます)。
この治験薬が30分しか効果がないことがある、という添付文書をつければ左右の肺が膨らまない状態で30分ならオペできる、となるわけです。
かなり長くて大変ですが、もう少し…
天城先生と世良先生で共にオペするというシチュエーションをどう作るかなのですが、今までの話ですと、左に一つの創、右に一つの創でも良いのでは?と思うかもしれません。
そうすると、まず天城先生が右の胸から内胸動脈をとる、その時左の胸を世良先生があけて心臓を露出する、となります。天城先生は右の内胸動脈を採取して保護(肋間動脈と吻合。本来行わない手技で原作参照)するのに15分かかります(それでもめちゃくちゃ早い)。ただ15分だと世良先生は少し手持ち無沙汰になってしまうんですね。早ければ7.8分で左胸を開けて心臓を露出できてしまいます。となると世良先生にはもう一つ創を開けてもらおう、そうすれば15分で2人は左右交代できる、となったわけです。
左の胸を2箇所開けなければいけないシチュエーションとはどのような場合でしょう。それは冠動脈の狭窄や詰まっている部分を長くすれば良く、上の創から冠動脈の上流の吻合を行い、下の創から下流の吻合を行うということとなります。
ここで、ミンジェのセリフを思い出してみましょう。
CT室で世良先生と画像を見てミンジェは
「LADの完全閉塞!カテーテルでは難しそうですね!」
と言います。
これは冠動脈の前下行枝(L A D)が完全に詰まっている!カテーテルで開通させるには難しいくらい長い距離詰まってますよ!ということなんですね。
このセリフから左の胸の上と下を開けないといけないというシチュエーションが出来上がり、あの2人の協奏曲的なオペが出来上がったわけです。
まあちょっとツッコミどころは他にもあるのですが…お許しください。
世良先生にはこの撮影の前から糸結びをかなり練習してもらい、我々が行う手袋を何重にもして行う加圧トレーニングもしてもらいました。
ほんと飲み込みが早い!というか、天城先生もそうなんですが、今回はシーズン2なので、「あー、思い出した!はいはいはい!」という感じで手技を前回よりもブラッシュアップしている感じ。
撮影は手水(糸を結びやすくする水)と汗で、糸結びしながら水と汗を弾き飛ばす姿が何かのスポーツ用品のCMなんじゃないの?という感じで凄い迫力のある映像で、ベースで思わずすげーとみんなで声を上げてしまいました。
最後の糸が切れて天城先生が針糸を渡してくれるシーンは監督とスタッフたちで考えて追加。拡大鏡のスコープを跳ね上げずに待機していた天城先生は世良先生が糸を切ることを予想していたかのような振る舞い。
30分ギリギリで皮膚を閉じ終えた世良先生は「こんなにがんばったら普通倒れ込むよ」とリアルに疲れ果てて倒れ込んだのでした!
まだまだ書こうと思えば書けるのですが…
今回の解説はここらへんで…。
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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科
山岸 俊介
冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。