一時1ドル=162円目前まで「超円安」が進んだ円相場が、急速に円高方向に巻き戻しています。日銀が早い段階で利上げに踏み切るのではとの観測から、27日には、一時151円台まで上昇しました。これで利上げ見送りとなれば、一気に失望売りを招きそうな、利上げ催促相場になっています。
【写真を見る】急速に「円高」巻き戻し“利上げ催促相場”に【播摩卓士の経済コラム】
不意打ち介入の効果絶大
円高巻き戻しのきっかけは、13日付の本コラム「FRBの9月利下げが確実視」で指摘したように、11日発表のアメリカの6月の消費者物価指数がインフレ減速を裏付け、FRBの9月利上げが織り込まれたことでした。
この機をとらえて、政府・日銀が2回にわたって、いわば不意打ちの市場介入を行ったことも、市場センチメントを大きく変えました。
11、12両日で介入規模は5兆円と、最近の介入としては大きな規模ではありませんでしたが、これまでの「変動の行き過ぎたスピードを落とす」というスムージング・オペレーションではなく、明らかに円相場の押し上げを狙った介入で、市場に、その本気度を伝えることに成功しました。
これまで防戦一方だった神田財務官にとっては、退任前の、意地の置き土産といったところでしょうか。
トランプ、円高志向発言
ここにトランプ前大統領による「恵みの雨」が降りました。
16日配信のブルームバーグ通信とのインタビューで、トランプ氏は為替について、「対ドルで円安や人民元安が甚だしい」、米国輸出企業にとって「すさまじい負担だ」などと、円安ドル高を是正する意向を表明しました。
折からの「トランプ・トレード」に乗り、その効果は絶大でした。
総理も幹事長も「利上げ」後押し?
そして、政府・自民党内からも、日銀に利上げを促すかのような発言が飛び出しました。
岸田総理大臣は19日、軽井沢での経団連夏季フォーラムで「金融政策の正常化が経済ステージの移行を後押しし、その移行が金融政策の更なる中立化を促す」と述べたのです。
具体的な時期こそ言及しなかったものの、金融政策の正常化をデフレ完全脱却の動きとしてむしろ歓迎する意向を示したもので、かなり踏み込んだ発言です。
日銀の金融政策決定会合を10日後に控える中で、時の総理大臣が金融政策にすすんで触れるのも異例なことです。
これに刺激されたのか、自民党の茂木幹事長も22日の講演で、「段階的な利上げの検討も含め、正常化する方向で着実に進める方針をもっと明確に打ち出すことが必要だ」と述べました。
茂木発言は、利上げに舵を切るよう日銀に促すと共に、小さくても良いから早く利上げを始めるべきだというニュアンスさえ感じられます。
総理と自民党幹事長のこうした発言を受けて、市場では7月利上げもあり得るとの観測が広がり、円相場の上昇にさらに弾みが着きました。
利上げ見送りなら再び円安も
介入、トランプ、利上げ観測と三拍子揃って、ようやく円安修正に動き始めた円相場。
それでも、25日にアメリカの予想以上に強いGDP統計が発表されると、再び153円台に押し戻されるなど、一本調子で円高が進むほど甘くはありません。
日本の貿易赤字体質や、急増するデジタル赤字など今の円安には構造的な要因も大きいからです。
当面は、30日からの日銀の金融政策決定会合が大きな焦点です。
仮に利上げに踏み切れば、サプライズもあって、140円台半ばに向けての円高が試されると局面に入ると見る向きもあります。
逆に、利上げが見送られ、今後の利上げにも言及がなければ、再び大きく円安に戻るリスクが指摘されています。
7月利上げ賛否の理由
7月利上げのサポート材料としては、9月は自民党総裁選の真っ只中で、10月以降も解散総選挙が重なるリスクがあるという日程上の理由もあります。
7月を逃すと、利上げがかなり先になるリスクがあります。
逆に、7月見送りのサポート材料は、消費を中心に景気の足取りが弱い上、ひとまず円安が止まったことから、何も今急ぐ理由などないことがあげられます。
こうなってくると、もはや現状とリスクをどう考えるか、そしてこの利上げをどう位置付けるのか、という日銀の判断にかかってきます。
物価と経済の好循環が完全に実現されるまで、金利は動かせないものなのか。
それとも、人々のインフレ予想の上振れを受けた、金利の微調整が必要な局面と考えるのか。
まさに、異次元緩和からの脱却するプロセスをどう作っていくのか、という局面と言えるでしょう。
異次元から徐々に正常化するための、0.1%程度の微調整であれば、通常の景気変動に対応した「引き締め」とは区別して考えることができるようにも思えます。
いずれにしても、日銀にとっては、何十年に1回かの、大事な判断のタイミングが訪れています。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)