パリ五輪陸上競技9日目の8月9日、男子4×400mリレー予選の日本は2分59秒48(1組4位)の日本新記録で決勝に進んだ。1走から中島佑気ジョセフ(22、富士通)、川端魁人(25、中京大クラブ)、佐藤風雅(28、ミズノ)、佐藤拳太郎(29、富士通)のメンバーで、22年世界陸上オレゴン4位入賞時にマークした2分59秒51を0.03秒更新した。リレーにおける各選手の個人タイムを予選上位チームと比較分析すると、メダルに挑戦する決勝で求められる走りがはっきりした。
1走は日本チーム過去最速も、4走で順位を下げてしまった予選
大会主催者がバトン中継時の通過タイムと、各選手のタイムを公表している。日本の予選は以下の通りだった。
400m・45秒36(2位)
800m・1分29秒91(3位)44秒55(区間4位)
1200m・2分14秒51(2位)44秒60(区間2位)
1600m・2分59秒48(4位)44秒97(区間6位)
日本は日本選手権優勝者の中島を1走に起用し、絶対に出遅れない戦略で臨んでいる。1走のタイムが2~4走選手より遅いのは、2走以降がバトンパスを行うため、10mの助走付きタイムとなるからだ。1走は個人種目の400mと同じか、少し遅いタイムになるのが普通である。
これまでは45秒台後半が出れば好走といえたが、今大会の中島は45秒36だった。1位通過したしたボツワナが、今五輪200m金メダリストのL.テボゴ(21)を起用。44秒33と1走としては驚異的なタイムで走った。1秒以上の開きがあったが中島のタイムは予選1組では2番目。おそらく日本人の1走では過去最速だろう。
2走終了時に3位に後退したが、2位を走る英国とは0.36秒差。3走の佐藤風で再度2位に上がった。
4走の佐藤拳が2位でバトンを受けたとき、3位の英国は0.06秒差、4位の米国は0.50秒差しかなかった。英国の4走はC.ドブソン(24)で今季44秒23で走っている選手、米国のC.ベイリー(24)は今五輪6位入賞者で自己記録は44秒31。400mの日本記録(44秒77)を持つ佐藤拳よりも上だった。佐藤拳は「4走は大砲だらけでしたが、アメリカにも、イギリスにも先行されてはいけなかった。まだまだ力不足です。今日の日本記録は前3人のおかげで出せたタイム」とレース後に悔しさをにじませた。
だが日本のタイムは2組1位のフランスの2分59秒53を上回った。予選1組4位ではあったが、決勝で3位以内を狙う戦力は十分ある。
2走で上位の流れに乗ることが重要
過去の日本記録では、以下のような各選手のタイムだった。
■96年アトランタ五輪5位=3分00秒76
45秒88・44秒86・45秒08・44秒94
■21年東京五輪予選2組5位=3分00秒76(日本タイ)
45秒7・44秒8・45秒13・45秒11
■22年世界陸上オレゴン4位=2分59秒51
45秒73・45秒19・43秒91・44秒68
■24年パリ五輪予選1組4位=2分59秒48
45秒36・44秒55・44秒60・44秒97
アトランタ五輪では2走に当時200m日本記録保持者(2年後には100mでも10秒00の当時日本新)だった伊東浩司を起用し、上位の流れに加わった。2走の100m地点まではセパレートレーンだが、そこからオープンレーンに変わる。そこで他チームより前に出る必要があり、オーバーペース気味に走ることも求められる。
東京五輪と世界陸上オレゴンでも2走を務めた川端が、今五輪でも2走に起用された。200m通過は20秒40(非公式)だったが、これはかなり速い。個人種目の200m自己記録は20秒80の川端と、伊東と比べればスピードはかなり落ちる。
予選後に川端は「僕の仕事はオープンレーンで3着以内に絶対入ることでした」と話した。それだけ速い入りをしながら、44秒55と伊東を上回るタイムで走ったみせた。個人種目の400mでも45秒73が自己記録である。バトンを持ったときの川端は、何かしらプラスの力が働く選手である。
3走で3位以内に浮上する展開に持ち込めるか
4×400mリレーの五輪最高順位は04年アテネ五輪の4位(3分00秒99)。世界陸上でもオレゴンの4位が最高である。4×100mリレーは08年北京、16年リオデジャネイロと銀メダルを取っているし、世界陸上でも2回銅メダルがある。4×400mリレーのメダル獲得は日本の悲願となっている。
そのためには、まずは1走で出遅れないこと。ボツワナが決勝もテボゴなら、勝つのは難しい。米国も今五輪400m金メダルQ.ホール(26)と世界陸上オレゴン金メダルのM.ノーマン(26)を予選で起用しなかった。米国も1走をかなり強い選手が走るだろう。中島は3位争いでバトンをつなぎたい。
2走では川端に予選と同じレベルの走りを期待したい。英国は今五輪400m2位のM.ハドソン・スミス(29)が、予選の2走を43秒87で走っていた。英国が予選4走のドブソンを1走に起用すれば、2走でトップに立つ可能性もある。いずれにしても川端は、上位3チームに食い下がり、僅差で3走の佐藤風にバトンをつなぎたい。
3走の佐藤風の予選個人タイムは44秒60だった。個人種目は46秒13で予選落ちしてしまったが、フィニッシュタイム以上に200m通過の21秒65が気になった。昨年の世界陸上ブダペストでは21秒09で通過しているのだ。相馬聡コーチ(作新学院大)に理由を聞くと、「ピッチが高く上手く進んでいなかった」という。キックする力が十分に地面に伝わらなかったようだ。
400mの敗者復活戦を回避し(中島と佐藤拳も同様に回避)修正を試みた結果、4×400mリレー予選では前半200mを20秒65(非公式)で通過。決勝では4×400mリレー自己最高の、44秒3を上回る期待が持てるという。
ボツワナも英国も3走選手の力が落ちる。3走で3位以内に上がって、できれば4走の佐藤風に多少の貯金を作ってバトンを渡したい。
日本の武器は4×100mリレーと同じチームワーク
4走の佐藤拳は6月末の日本選手権決勝を、左脚アキレス腱の痛みで棄権していた。痛みが出たときの練習のノウハウは持っているが、パリ五輪に向けて万全の準備ができたわけではないだろう。実は中島も日本選手権で軽い故障をして、練習に多少の影響が出た。佐藤風も4月の世界リレーで発熱し、帰国後1、2週間は練習を追い込めなかった。
世界大会のリレー種目は、全員が万全で臨めることはめったにない。4×100mリレーの銀メダル2回も、個人種目のダメージや内蔵の持病など、不安を誰かしら抱えていた。個人種目の記録でも、世界トップの国に勝てていたわけではない。
それでも日本がリレー種目で戦うことができるのは、チームワークがあるからだ。特に4×100mリレーでは、気心を知った相手ならバトンパスの時に思い切ってスタートできる。そこで少しでも遠慮があれば、慎重なバトンパスしかできなくなる。日本の4×100mリレーチームは合宿を一緒に行うだけでなく、大会期間に入れば食事や日常生活も一緒に行動する。そうすることで練習でも意見や希望を、変な遠慮をすることなく言い合える。しっかり話し合って納得した練習ができれば、レースにも不安なく臨むことができる。
4×400mリレーは個人の走力の要素が大きく、4×100mリレーほどチームワークを重視してこなかった。しかし昨年の世界陸上ブダペストで予選落ちしたとき、もう少ししっかり話し合えれば違った結果になったと、佐藤拳や佐藤風は感じていた。佐藤風は世界陸上後に行われたアジア大会で、4×100mリレーチームの行動を観察した。
「最年長の桐生(祥秀、28・日本生命)さんが率先して、初めてメンバー入りした選手たちとコミュニケーションを取っていました。4×400mリレーにはそれがなかった」
今五輪4×100mリレー3走の桐生も、リオ五輪時には大学3年とチーム最年少で、飯塚翔太(33、ミズノ)らリーダーシップをとる先輩と一緒に行動するだけだった。その後の世界陸上、東京五輪と経験を重ねることで、自身も飯塚のような行動を自然とするようになっていた。
両佐藤は今年の世界リレー選手権からはより親密に、他の選手たちと話し合うようにしたという。今五輪の400m予選の夜、3人全員が敗者復活戦を棄権すると決めた。そのときに4×400mリレーでメダルを取ると、しっかりと確認したという。
4走は佐藤拳よりも、ライバルチームの4走選手の方が自己記録は上になるだろう。だが、日本のチームワークが、4走の佐藤拳の背中をしっかりと押す。4×400mリレー悲願のメダルは目の前にある。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)