「想定していた画をはるかに超えたものを作っていただいた」—人気医療ドラマ待望の続編として現在放映中の日曜劇場『ブラックペアン シーズン2』。二宮和也が再び主演を務め、前作で演じた天才的縫合技術を持つ孤高の外科医・渡海征司郎とは全く別の“悪魔”のような世界的外科医・天城雪彦を演じる。実写化されたオペシーンを見て、原作者で医師・小説家の海堂尊さんは率直に「感動した」と感想を明かす。
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医学的知識を生かした医療ミステリー小説で知られる海堂さんは、ドラマ『ブラックペアン』の原作にもなった小説『ブラックペアン1988』をはじめ、今回の『ブラックペアン シーズン2』の原作となった『ブレイズメス1990』『スリジエセンター1991』のバブル三部作が累計160万部の大ヒット。医療現場のリアリティとサスペンスを融合させた作風で、エンターテインメントの世界からも日本の医療問題にメスを入れてきた。ドラマからの「刺激」も受けつつ、筆を執り、活字の可能性を追い続ける。
「すごく刺激的で楽しい」原作の実体化
——ご自身の作品が映像化される際、原作者としてどのようなところに楽しみを見出されていますか?
僕はテキストで物語を紡いでいますが、その時に人間の「動き」とかそういうものを実際には再現できません。僕が書いたテキストを読んでいる人が、自分の中でクリエイトも含めて想像して、読んでいる。それを実体化してもらえるというのは、実は著者にとっても、すごく刺激的なんです。だからいつも大変楽しみにしています。
——そのようにして受けた刺激は、ご自身の新作などにも反映されているのでしょうか?
それはありますが、「ある」とは言いたくない、という気持ち。そもそもこの作品では時代と舞台が違うので、ドラマの展開とはある意味全く断絶しています。その意味で言うと、全く不思議な感覚で楽しませていただいている。ただ、その時に、時代も舞台も違うはずなのに、二宮さんや竹内(涼真)さんが演じたその人物の性格っていうのが、何かこう染み込んでくるところがあるんですね。だから、その影響はこれまで全くなかったと言ったらうそになるのかな、みたいな。
前作で出したNGが呼び込んだ“シーズン2”実現
——伊與田(英徳)プロデューサーからは、『ブラックペアン シーズン2』実現の際に、海堂さんの方から呼び出されてお話をされたと伺いました。
あの時は打ち上げの席で「ちょっとちょっと」って声をかけて、裏にも呼び出してないし、片手にはローストビーフかなんか持ちながらでしたよ(笑)。ただ、正直言うと、1作目の話を頂いた時に、伊與田さんから主人公を渡海(征司郎)にして、時代と舞台を変えたいという提案を受けた時に、それはOKしたのですが、一つだけNOと言ったことがあるんです。伊與田さんからは最初、3作をまとめて一つのドラマにしたいと相談されたのですが、『ブラックペアン』だけにしてもらいました。それぞれメインで活躍する人物が違うので、一緒にはできない、と。 それで伊與田さんが素直に納得してくださったので、今日があります。あの時、伊與田さんに「いや、それでも原作は3つにしたい」と押し切られたら、多分折れていた可能性もあって。そうなると『ブラックペアン シーズン2』はなかったわけです。だからシーズン2ができたのは私のおかげと言っても過言ではない(笑)。でもやはりそもそもテキストと映像で全く違うものを作りながら、その根幹のところで同じようにリスペクトして作っていただけるというのは、本当に希有で、大変興味深い経験でした。
——シーズン2の制作に際して、海堂さんからリクエストされたことはありますか?
僕がシーズン1の際に言ったのは普遍的なことで、「医療現場の人たちは、患者のために一生懸命やっている」と。多少の差はあるとしても、大方はそうだというところは踏み外さないでくれというお願いをしました。それをシーズン1でちゃんとやっていただいたので、シーズン2でそこを踏み外すはずはないなと思っていました。天城を二宮さんに演じていただくという提案をして、それを伊與田さんと二宮さんが展開する時点でハードルが高いことも分かっていたので、こちらからあえてプレッシャーをかける必要は全くないという感じでしたね。
——第1話の試写を見られて、いかがでしたか?
想定していた画をはるかに超えたものを作っていただきました。その場で二宮さんにもお話したのですが、前の渡海とは全然違うキャラクターで、立ち居振る舞いやビジュアルを変えているので、当然別人には見える。だけど、一番感動したのはオペシーンで、そこは何て言うんだろう…手術着姿なのでビジュアルやセリフなど、そういうものでキャラを作るわけにいかないシーンで、全く違うタイプの外科医を演じ分けたということは、やっぱり二宮さんはすごいと思いますね。でもそれを支えている、医療監修の現役心臓外科医の山岸俊介先生のご尽力も大きいでしょうね。常々思っていることですが、このドラマの原作は私ですが、映像作品は医療監修の先生の作品だと思っています。
同じ舞台という疑似社会で書き続けること
——海堂先生の作品は、医師たちの信念の闘いや革命を描かれている中で、今も書き続けておられる「創作の種」のようなものがあるのでしょうか?
一つ書くと、次がぽこっと出てくる。だから『ブラックペアン1988』を書いた時に、何か書き足りないものがあるなと思い『ブレイズメス1990』を書きました。『ブレイズメス1990』と『スリジエセンター1991』はほぼ一つのもので、たまたま2つに分かれた。ちょっと長くなりすぎるので、ここで切っておこうみたいなところがあったんですよ。連載媒体も違って、それは書籍を展開する上であまり厚いのとか上下巻は良くないなというスタンスだったので。
——1作書かれるとまた新しい作品が生まれるとのことで、ドラマでもシーズン3を期待してもいいでしょうか?
そのあたりはノーコメントで(笑)。正直、そうやって望まれることは大変光栄でうれしいことで、目指したいとは思いますが、できるかどうかは分からないので。シーズン2をやる話を 聞いて、初めは半信半疑でしたが、伊與田さんは実現に関して全く揺るぎがなかったのが印象的でした。なので「それなら何か書けるかも」と思って書き始めた作品が最新作の「プラチナハーケン1980」です。これはシーズン2の原作ではありませんが、間接的にこの世界を深めるという点で、寄与しているのではないか、と勝手に思っています。
——作家と医師の両面でご活躍されている海堂先生にとって、天城のように変えられないご自身のスタイルはありますか?
僕は多分、「積み重ねていく」ということが嫌いなんですよ。麻雀みたいなもので、一局やるために積み上げていくけど、終わったらジャラジャラってリセットするのが好きなんですよね。だから1作書いたら、次が浮かんでくる。で、それの積み上げぐらいはするけれども、なぜか3つまでなんですよね。それ以上になると嫌になっちゃって、ご破算みたいな。でも、書かせていただけるというのは、特に今の出版業界の状況を考えると大変ありがたい話で。積み上げるのは嫌いなのですが、「穴を埋めていく」のはわりと好きなんですよ。デビューした時に戦略を考えて、全ての作品を同じ舞台で書こうというのを決めたのですが、それは他の作家との差別化を図るために考えたのと、あとはやっぱり新しいものをいきなり書くよりも、前の作品とのつながりがある方が受け入れやすいと思ったんです。そうすると、疑似社会、疑似空間をつくることになって、いろんなものを書いていっても、今の時勢とかそういうものも含んで書き込めるんです。そういう意味で言うと、積み上げじゃなく、穴埋めですね。
文字が持つ「想像」性 人の心の中に描く物語
——今回ドラマを見て初めて先生の本を手に取られる方もいらっしゃると思います。
私の作品は、全部つながっているとはいうものの、作品ごとに単体で楽しめるように書いています。「そこが起点になって実はつながっている」ということが分かると、そこから読んでも全部につながっていけるというようなピースを心がけて書いています。だから何の含みもなくこの作品を読んでいただければ、楽しんでいただけると僕は考えています。
——映像とは異なる活字の強みはどのようなところだと思われますか?
オーストラリアでの天城のオペの場面は、素晴らしいものを作ってくださいました。あれは関わる人が100人規模を超えていると思います。計画を立てたり、その枝葉をつくったり、手術室の細部を再現したりとか。あの、海の見えるオペ室は本当に感動しました。あれは小説の一場面として書いたのですが、実際に映像として見せられると感無量でした。ドラマ制作には相当なお金もかかり、伊與田さんはそれを作るために大変なご苦労をなさっている。だけど、文字にすると、天城の手術場面も、「メスが一閃した」とするだけで済むんですよ。でも場面を人の心の中に描くということが、活字の強みだと思うんです。ある部分では映像を超えるけれども、映像の強さには太刀打ちできないところもある。その文字の省略性と「想像」性。読者に委ねつつその想像性を生かして、全く違うものを作っていく。それが映像とは異なる表現法である、文学の可能性を追求するということじゃないのかなと思います。そして全く違う表現法である映像は、文学にとっても大変刺激的です。自分の作品が映像化されるというのは、そうした機会を与えていただくことであり、今回の「ブラックペアン シーズン2」のように素晴らしい作品と接することができるのは、作者として本当に喜びです。伊與田プロデューサー、二宮さんをはじめとした俳優のみなさん、脚本を限界まで磨き上げてくださっている脚本家の方々、素晴らしい映像を作り上げるために下支えで尽力してくださっているスタッフのみなさん、そうした方々のおかげです。本当にありがとうございます。