「へいへいへーい!!!」「きれいごと言ってんじゃねーぞ!!!」
【写真】「選挙マルシェKOTO」で一緒にストレッチする立候補予定者ら
政治団体「つばさの党」による罵声が街に飛び交ってから半年。東京・江東区(衆議院東京15区)では、4月の補選に続いて、2024年に入ってから2回目の投票が行われる。
江東区ではIRをめぐる贈収賄事件や区長選をめぐる公選法違反事件で現職の衆院議員が2人続けて逮捕・起訴され、24年4月の衆院補選では政治団体「つばさの党」による他陣営への選挙妨害事件が発生した。
「もう、ここの選挙には関心がない。投票には行かない」。東京15区の情勢を取材するなかで、有権者に言われた言葉だ。呆れたような口調だったのが印象に残っている。
古くからの住民が多い内陸部の深川・城東地区とタワーマンションが林立する豊洲などの湾岸地区という2つの顔を持つ東京15区。政治への信頼が揺らぐ東京15区で、有権者は今回の衆院選をどのように見つめているのか。自由な選挙を守ろうと立ち上がった小さな市民団体の取り組みを取材した。(TBSテレビ・岸将之)
“義理と人情の街”で生まれた対話形式のイベント
江戸時代から400年の歴史を持つ富岡八幡宮。情緒ある門前の商店街は国内外からの観光客でにぎわっている。そこから歩いて数分の場所にあるカフェは、地元住民の熱気に包まれていた。
衆院選の公示直前となる10月13日、東京15区から立候補を予定している5人が参加して「選挙マルシェKOTO」が開かれた。「選挙マルシェ」は地域の住民が主体となり、投票率の向上などを目的に開催したパネルディスカッションだ。他者を論破するのではなく、立候補予定者による建設的な議論や人となりが伝わることを目的としている。主催者の意向に賛同したカフェのオーナーが、無償で会場を提供したという。
「対等な立場で尊重しあう。お互いの意見を聴く。人格否定はしない。ヘイトスピーチ・差別表現をしない」
主催者が決めたルールは、当たり前のように聞こえるが、それがいかに大切なことなのか、選挙妨害事件を経験した東京15区の有権者は深く理解しているように感じられた。
「立候補予定者に声をかけたのが1週間前だった。全員に参加してもらえるとは思っていなかった」。「選挙マルシェ」は主催者のこうした挨拶から始まった。
登壇者は、大空幸星氏(自民)・金澤結衣氏(無所属)・小堤東氏(共産)・酒井菜摘氏(立憲)・須藤元気氏(無所属)(※五十音順)の立候補予定者5人。
この日、初めて顔を合わせた立候補予定者どうしで名刺交換をしたり、握手をしてエールを交換したりするシーンも。互いをリスペクトする光景を見て、参加者は自然と笑顔になっていた。
ディスカッションが進むと、立候補予定者の人柄が垣間見える場面が幾度も見られた。
大空氏が喋り始めると、ポケットに入れていたスマホに搭載されている米アップルの音声アシスタント「Siri」が反応してしまい、会場が爆笑に包まれた。他の立候補予定者も笑顔になっていた。
また、身振りを交えて話していた小堤氏の資料が床に落ちてしまった場面では、隣に座る金澤氏と酒井氏が一緒になって拾っていた。
床に座ったままの聴衆を気にした司会者の発案で、須藤氏が「体操のお兄さん」としてリードして、立候補予定者と参加者が一緒にストレッチをする時間が設けられた。
参加者の一人は「こうしたイベントに来るのは初めて。政治家って近寄りがたい雰囲気があったけど、私たちと同じような、そこらへんにいるような人なんですね」と話していた。
主義主張の異なる立候補予定者による舌戦が繰り広げられたが、全員の意見が一致する場面があった。参加者が「補選時の選挙妨害事件についてどう思うか」と問うと、全員から「候補者どうし意見が違うのは当然で、自由な選挙戦が守られないといけない」という趣旨の考えが述べられ時のことだった。
選挙妨害事件を経験した東京15区の有権者だからこそ…
この日、会場に集まったのは約80人。参加者によるメッセージの一つには、こう書かれていた。
「意見がちがう相手にもお茶を出せる優しさを(原文ママ)」
パネルディスカッションが終わり、立候補予定者と参加者が自由に意見を交わす場も設けられた。初めて一同に会して舌戦を終えた立候補予定者と、その様子を見守った参加者は、どこか清々しい表情で会場を後にしていたように感じた。
選挙に「負のイメージ」が定着している東京15区で行われた小さな取り組みだったが、そこには民主主義の根幹となる選挙を守ろうとしている人たちがいた。
それでも東京15区では根強い政治不信の声があるのも事実だ。
各候補者が、そうした声にどう向き合い、政治への関心を失った人たちにどうアプローチするのか、見届けたい。
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執筆:岸将之(TBSテレビ 調査報道部特別報道班)
東京・葛飾区出身。社会部では東京地検特捜部や裁判所などの取材を担当。その後、「報道特集」では東京五輪の「弁当13万食廃棄問題」や、侵攻が始まった翌日からウクライナ・ベラルーシの両国で取材をした。
2024年7月から所属する特別報道班では、M&Aで中小企業が悪意ある買い手企業の被害に遭っている実情を取材。