中国・35人死亡の車暴走事件 私たちを取り囲み、映像を消せと迫った謎の「市民」たち

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2024-11-24 07:32
中国・35人死亡の車暴走事件 私たちを取り囲み、映像を消せと迫った謎の「市民」たち

中国南部・広東省珠海市で発生した車の暴走事件は35人が死亡する大惨事となった。事件現場付近で取材をしていた私たちは「市民」を名乗る男性たちに取り囲まれた上、撮影した映像をすべて消去させられた。彼らのような謎の「市民たち」に、中国で取材をしているとしばしば出会う。

【写真を見る】中国国内で遭遇した謎の「市民」による数々の取材妨害

航空ショー取材のために訪れた珠海 その夜、事件は起きた

2024年11月11日。翌日から始まる中国最大規模の航空ショーを取材するため広東省珠海市を訪れていた私たちは、暴走事件の発生を知り、すぐさま現場に向かった。移動中、SNS上で拡散されている事件の動画をチェックする。車が人々をなぎ倒していく瞬間。地面に倒れこみ、ピクリとも動かない大勢の人々。

「また“無差別襲撃事件”が起きた…」。このところ上海のスーパーマーケットでの無差別切りつけ事件、北京市内の小学校前で5人が切りつけられた事件など、各地で無差別襲撃事件が相次いでいる。背景には社会への不満があるとの分析も出ていた。

取材中現れた謎の「市民」 そして映像をすべて消去させられる

ほどなくして現場近くに到着した私たちは、警戒にあたる多数の警察官や警察車両を遠めの位置の公道から撮影した。さらに近づこうとしたが現場となった体育施設の入り口の門は固く閉ざされていた。その時点で警戒にあたっていた警察官は私たちの撮影を制止することはなかった。続いて目撃者の証言を撮ろうと路上で談笑していた数人の男性に話しかけた。問題はそこで起きた。

「先ほどここで起きた事件について何か知っていますか?」
カメラを手に話しかけると、男性たちの表情が一変した。

「お前らカメラで何を撮るつもりだ、ここで撮影をするんじゃない」
すごい剣幕で迫ってくる。

「わかりました。撮影はしないから。もう帰りますから」
異変を感じ取った私たちはすぐさまその場を離れようとしたが、男たちは執拗に追いかけてくる。警察官を呼びに行く男もいた。
「こいつらカメラを持っているぞ。今すぐ職務質問するべきだ」

「あなたたちは誰ですか?」
問いかけると皆一様に「ただの市民だ」という。そうこうするうちに私たちはこうした「市民」を名乗る男たちと制服を着た数人の警察官に取り囲まれてしまった。

「この市民の人たちから通報を受けたので、身分証を出してください」
私たちは警察官に身分証を見せ、日本のテレビ局の記者だと説明した。すると…

「おい、こいつら日本人だぞ。日本人が何しにこんなところへ来てるんだ!」
「市民」はさらに大声を上げ、警察官に対して私たちを派出所へ連れていけと騒ぎ始めた。

時刻は午後10時近く。夜道で十数名の男たちに囲まれ身の危険を感じた私たちは警察官の指示に従うことにした。

警察官に連れられ、数百メートルほど先の派出所へ向かう私たちに、先ほど大騒ぎしていた「市民」の1人が監視するようにぴったりとくっついてきた。派出所に到着すると慣れた様子で待ち構えていた別の警察官に事の経緯を説明し始める。警察官が私たちのパスポートと記者証の写真を撮り終えると、なぜかその「市民」は私たちが撮影した映像の消去を迫ってきた。警察官も同調する。

理由を聞いても「市民」は「事件が起きた直後で敏感な場所だから撮影は許可できない」の一点張り。これまでの経験からここでゴネても「取り調べ」が長引くだけで、消去するまで解放されないだろうと判断し、消去に応じることにした。カメラを操作し1クリップずつ映像を削除していく作業を、「市民」は本当に全て消去しているのか、疑うようにじっと覗き込んでいた。

テレビにとって映像は命。私たちにとって映像を消去させられるというのは、まさに我が身を切られるような屈辱以外の何物でもない。しかし、それ以外の選択肢はなかった。理不尽さと腹立たしい思いを抱え、ホテルに戻った。

中国国内で遭遇した謎の「市民」による数々の取材妨害

取材を妨害されたのは私たちだけではなかった。イギリスの公共放送・BBCの記者も事件現場近くでレポートを撮影していたところ、近づいてきた男性に「撮影をやめろ!」と邪魔され、「立ち去れ!」と背中を押された。BBCがウェブ上で公開した映像を見ると、抗議しながら「あなたは誰だ?」と聞いた記者に対して、男性はやはり「中国市民だ!」と叫んでいる。

実は私たちが謎の「市民」によって取材を妨害されたのは、今回が初めてではない。

南部・広西チワン族自治区で「犬肉祭り」を取材した際には、宿泊するホテルを出た瞬間から、数人の私服の男性たちがぴったりとついてきた。最初はただついてくるだけだったが「犬肉祭り」の感想を人々に聞こうとした瞬間、男性たちはおもむろに傘を広げ、話を聞こうとした相手と私たちとの間に立ちはだかった。雨は全く降っていない。カラフルな「傘男」たちに「警察ですか?」と話しかけても終始無言で、私たちの取材をひたすら妨害し続けた。地元の人たちは大してカメラを気にしていないのに、だ。

北部・内モンゴル自治区でも同じようなことが起きた。宿泊するホテルを出た瞬間から2台の車両に分乗した男性たちがフォーメーションを組んで尾行。話しかけても何も答えず、身分も明かさない。ひたすら私たちの写真や動画を撮りまくり、誰かに報告している。その上、私たちが路上で住民にインタビューしようとすると住民に対し「話すな」というジェスチャーを送る。当然ながらその威圧的な行動に人々は恐れをなし、口をつぐむ。ある女性に話を聞いていると近づいてきて「いい加減にしろ」と低い声で女性を恫喝することもあった。その時の女性の怯えたような目が今でも忘れられない。

仕方がなくインタビューをあきらめて街の様子を撮影していると、例の男性たちの一人が大声で「おい、こいつら日本人だぞ。日本人が俺たちの街で勝手に撮影してやがる。俺たち普通の『市民』の生活を邪魔するな!」と声を張り上げ、詰め寄ってきた。同調するように「俺は日本人が嫌いだ」と声をあげる「市民」もいた。危険を感じた私たちはその場を離れ、飲食店に入ったのだが「市民」たちは隣の席に座り、私たちを監視し続けた。監視は私たちが街を離れるまでずっと続いた。

彼ら「市民」を名乗る謎の男たち(時々女もいる)は何者なのか?警察とはどのような関係にあるのか?何の法律を根拠に私たちの取材を妨害し続けるのか?誰に聞いてもその答えは返ってこない。

表向きは開かれた中国の取材環境 しかし現実は…

習近平国家主席は2022年に行われた第二十回共産党大会で外国人記者に対し「皆さんが中国各地を歩き、客観的事実を見て、世界に向けて中国について語ることを歓迎します」とスピーチしている。外国人記者がルールに則って広く世界に中国のことを伝えることを、中国政府も表向きには歓迎している。しかし実際には謎の「市民」による取材妨害が頻繁に起きている。

もちろん、外国人記者はよそ者にすぎない。中国で取材する以上、中国人の慣習や考え方を尊重すべきであると思う。中国人がよく口にすることわざに「家丑不可外揚(身内の恥は外に晒さない)」というものがある。中国のネガティブな側面を外に報じられることは恥ずべきことだ、という中国人の考え方が外国メディアに対する過剰反応の一因なのかもしれない。

また、ここ数年、「外国人をスパイだと通報して表彰された」といったような政府の発信を通じて「外国人を見たらスパイと思え」という考えが浸透しているとも考えられる。

読者の中には「なぜあっさり映像を消去してしまったんだ。もっと抵抗すべきではないか。弱腰だ」と思われた方もいるかもしれない。しかし、ここは日本ではない。私たちは中国で暮らしながら取材をしている。

日本の隣国であり、政治的にも経済的にも歴史的にも関係の深い国、それでいて取材環境・メディアをとりまく環境は日本と大きく違うこの国に留まり続け、起きていることを伝え続けること、それが最も重要なことだ。そのためには不本意ながら中国のやり方に従わざるを得ないこともある。

私たちも黙っているだけではない。このような理不尽な取材妨害を受けるたび、私たちは外国メディアを管轄する中国外務省に改善を求めてきた。今回、映像を削除させられた件についても中国外務省に遺憾の意を伝えている。

めまぐるしく変化する中国社会について様々な視点で伝えるからこそ世界中の人々が「今の中国」についての知識をアップデートすることができる。珠海で起きた今回の事件も、世相を反映している可能性が高い。実際、17日には江蘇省・無錫市の専門学校で21歳の男が刃物で切りつけ、8人が死亡。さらに19日には湖南省・常徳市の小学校前で車が児童らを次々とはねる事件が起きている。相次ぐ事件の背景には何があるのか、現場を取材して伝えるのが私たちの仕事だ。メディアを通して世界の人々が中国に対する理解を深めることは、人どうし、ひいては国どうしの相互理解に繋がるはずだと信じている。外国メディアのクルーを派出所に連行し、映像を消去させるという行為は決して受け入れられるものではないし、相互理解には何の役にも立たない。

JNN北京支局 
支局長 立山芽以子
カメラマン 室谷陽太

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