政府による『温室効果ガス排出削減目標(NDC)』の検討が最終段階に入っていることを受け、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)が12月3日に緊急記者会見を開催。「今、声をあげなければ」をテーマに、気候変動に対する国際目標「1.5度目標」に沿ったNDCの実現に向けた同グループの具体的提言があったほか、様々な業種から6名のゲストを招き、気候変動の影響における「生の声」を多彩な角度で語り合うパネルディスカッションが行われた。
気候変動の「1.5度目標」達成に向けて
日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)は、脱炭素社会への移行をビジネス視点でとらえ、政府等に提言を行う企業グループだ。加盟252社によって構成される同グループでは現在、パリ協定が定める「1.5度目標(世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1.5度に抑えるという目標)」に沿った温室効果ガス排出削減目標(NDC)実現の機運を高めるため、「#だから1・5度」キャンペーンを展開している。
全体の初めには公益財団法人地球環境戦略研究機関のビジネスタスクフォースプログラムディレクターでJCLP事務局長の松尾雄介氏が挨拶。来年2月に国連に提出される2035年の温室効果ガス削減目標を示した次期・温室効果ガス排出削減目標(NDC)の決定が今臨時国会に迫っていることをあげた同氏は、「トランプ政権が再び生まれることになった今、G7の中で日本がどのような方向性を出していくか、世界が注目している状況だ」と話し、その上で「今の政策の決め方には改善が必要だと思っている。様々なステークホルダーの意見を聞いて適切な意思決定をしていただきたい」と本会見の開催意義を述べた。
続いて超党派の国会議員で構成される「カーボンニュートラルを実現する会」の各党議員が挨拶を行った後、様々な産業に従事する6名のゲストが登場し、パネルディスカッションを開催。松尾氏がモデレーターを務め、気候変動の影響を「自分ごと」として痛烈に感じている彼らがそれぞれの現状を語った。
さまざまな領域で活躍する6名が気候変動の「生の声」語る
登壇したのはJCLP共同代表で戸田建設会長の今井雅則氏、神奈川県葉山町の漁師・長久保晶氏、株式会社ファーマンの代表取締役で農家の井上能孝氏、Jリーグ・サスティナビリティ部部長の入江知子氏、東京科学大学教授で医師の藤原武男氏、プロスキーヤーの河野健児氏の6名。
最初に生の声を語った戸田建設の今井氏は、夏の現場で同社の作業員が着る空調服姿で登場。実際にファンを点けるなど会場を沸かせつつも、熱中症による死亡者数の半数が建設業者というデータを示しながら「去年まではこの空調服を着て頻繁に休憩を取れば乗り切れたが、今年はさすがに暑くてこれを着ていても多くの熱中症が出た。もう本当に暑い時は作業ができない」と真剣な面持ちで語り、建設業界の危機感を訴えた。
相模湾近海で素潜り漁を行う長久保氏は、10年前と現在の漁場の変化を画像とともに紹介。「真ん中の上の写真は10年ほど前の素潜り漁の様子だが、海藻の中に頭を突っ込んで漁をしていた。このように沿岸の岩礁にはこの海藻があって当たり前だったのが、その下の写真を見てもらうと分かるように今は食害で葉っぱの先を全部食べられてしまって茎すらない状況だ」と温暖化による環境の変化を説明。
その上で「海の生き物がどんどん北上していて、水温は温まりやすく冷めにくいので、仮に今、気候変動を止めたとしても影響はどんどん出てくる。そうした中で沿岸の漁業者など末端までデータを取って、どうしたらこの先の先の時代にまで漁業が持続できるのかを考えていかなければならない」とし、「このままだと5年後にはヒジキやワカメが相模湾から無くなるのではないか」と切迫した現状を述べた。
一方で、山梨県北杜市で有機農業を営む井上氏は、10月、11月の高温により今年初めて生育中期の白菜に軟腐病という病気が発生したことを述べ、そうした被害が畑の2割に出ると全体の出荷を取り止めなければならないという生産者のシビアな現実を語る。
また、同氏が北杜市で暮らし始めた20年前はお盆時期ですら扇風機だけで十分に生活できたのが、今では夏場を通じてクーラーが必要になったと言い、「高冷地では設備屋さんや電気屋さんが忙しくなりすぎて手が回らないといった状況も起きている。農産物の生産はだんだんとやりづらくなっており、このままではこれが常態化していくのではないか」と危惧した。
第一次産業も企業もスポーツも医療も気候変動でピンチ!
続いてJリーグの入江氏は2人の子を持つ親の視点から気候変動のスポーツ界への影響を述べ、スパイクや靴下を履いていながら人工芝に溜まった熱で足の裏を火傷してしまった子どもの例などを紹介。その上で再来年よりJリーグが秋春制に移行し、真夏の試合開催が無くなるなど、サッカー界が取り組む暑さ対策の動きについて語った。
子どもの発達について長年研究してきた藤原氏は、気候変動が子どもの健康に与える影響で特に大きいものとして喘息患者の増加を指摘。「このまま行くと平均気温が4度上昇する2100年には喘息で入院する日本の子供の数は今の4倍になる」と危機感を述べた。
そして、長野県の野沢温泉村を拠点とするプロスキーヤーの河野氏は、ここ10年の間に降雪量が顕著に減っている点に触れ、その影響としてウィンタースポーツの最繁忙期である1月になってもゲレンデに雪が付かずスキーができない現象が起きていることを紹介。「スキーができないとスキー場だけじゃなくて宿にも大きな影響が出る。『スキー場が潰れたら村が潰れる』というのが合言葉になるくらい、村全体が雪の資源に依存している」と、雪が地場産業と密接に結びつく地域の生の声を伝えた。
生活と生業の両面で気候変動の影響を直に受ける当事者の言葉は、マスコミをはじめ会場に集まった人々全員の心に強く響くものがあった様子。最後は6名を代表して今井氏が改めて登壇。ディスカッションのまとめとして「未来への義務」を語り、「身近なところでは子どもや孫など、将来世代に美しい日本を残してあげたいと思うのが本当の親心ではないかと思う。今は科学的にも現実的にも気候変動対策ができる時点にあるが、それがなかなか動かないという現実もある。これを何とか動かさないといけない」と再度力強く訴えた。
エネルギー自給率の増加から地方産業の活性化へ
その後、後半のプログラムでは松尾氏が再び登壇し、政府に対するJCLPの提言を発表。「気候危機を食い止め、日本の経済成長を実現するため、GHG(温室効果ガス)排出削減の加速を求めます」というメッセージとともに、「(1)2035年までにGHG排出量75%削減(2013年度比)」「(2)2035年の電力構成における再エネ比率を60%以上」「(3)エネルギー需要家の参画機会を増やす等、政策の『決め方』の改善」という3点の具体的提案があげられ、数々のデータを添えて彼らが描くシナリオが紹介された。
「我々が提言するシナリオでいくと、これから約10年でエネルギー自給率を4割まで高めることができる。それに伴って現在毎年約30兆円を海外に支払っている電気、ガスの資源代の数割を国内に回すことができる。その節約分を地方の再生可能エネルギーに回すことで、地域の産業の活性化につなげられるのでは」と述べた松尾氏。日本の脱炭素政策が大きな局面を迎えている今、さまざまな現場の従事者からあがったショッキングな声の数々は、地球に生きる一人一人が気候変動問題を「自分ごと」として捉えることの重要性を感じさせた。日本気候リーダーズ・パートナーシップが行う提言の詳細については、下記のホームページでチェックしてほしい。
「日本気候リーダーズ・パートナーシップ」公式ホームページ:https://japan-clp.jp/