『私の家政夫ナギサさん』(TBSテレビ)や『おっさんずラブ』(テレビ朝日)シリーズを手掛けた徳尾浩司さんと、連続ドラマデビュー作となる新人・一戸慶乃さんが共同で脚本を担当した金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』(TBSテレビ)。どんな境遇でも大切な存在を守るために必死で生きる人たちの家族や兄弟、同僚などに向けた愛を描いたヒューマンサスペンスの本作を手掛ける上で心がけたことや、思いを“かけ違わない”ためのコミュニケーションの取り方を教えてくれた。
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1話ずつ2人揃って書き上げた全11話の脚本
映像作品で行われる脚本制作では、1人で行うこともあれば、複数人の脚本家がチームを組んで行われることもある。その中で、1話分の決定稿(完成した原稿)ができるまで、1人の脚本家がプロデューサー陣と打ち合わせを重ね、何度も書き直す作業が発生するのだ。チームで行う場合は、話数ごとに担当が割り振られ、1話分は1人で完結させることがよく行われているやり方。しかし、本作は徳尾さんと一戸さんによる共同制作で「初めての経験でしたし、すごくいい方法だと思いました」(徳尾さん)という。
「第1話の初稿(初めての原稿)を僕が担当したら、次の第2稿は一戸さん、第3稿は僕というように、原稿を交換しながら書いていきました。違うなと思ったらシーンごと削除してもいいですし、新しいシーンを追加しても良いんです。松本友香プロデューサーを含めた打ち合わせで『こういう方向にしましょう』という大きな枠組みを決めて書き進めました」と書き方の流れを教えてくれた徳尾さん。
本作は主人公の姉が弟たちに息子を託すところから物語が始まるサスペンス要素と、兄弟たちの日常生活を描いたヒューマン要素が混ざり合っている。徳尾さんは「それぞれジャンルで担当を分けているのではなく、互いにサスペンス、ヒューマンのどちらも書いています。自分の番が来たら、前に書いた人の原稿を読んでいいと思ったセリフやシーンは残す、違うなと思ったら修正したり、加筆したり。なので、脚本のスタッフクレジットは、毎話、連名で載っているんです」という。共作することによって、打ち合わせの回数が増えたのか尋ねると、「回数は多くなっていないです。1人で書いているときとあまり変わらないくらい(笑)」とも。
“良いドラマを目指しましょう”という目標に向かって書き進める
多くの作品を手掛けている徳尾さんとコンビを組んで本作に挑んだのは、新人脚本家の一戸さん。俳優専門学校を卒業後、一般企業で派遣社員として勤めながら、舞台やテレビの企画・制作を学ぶため「よしもとクリエイティブカレッジ」に入学。その授業の一環として、学生演劇の脚本を手掛けたことをきっかけにシナリオ執筆をスタートし、本作が連続ドラマデビューとなる。そんな一戸さんのことを徳尾さんは「きちんと人間を書ける人。一戸さんだから、このバトン方式の執筆ができた」と語る。
一戸さんは「徳尾さんの寛容さがあったからこそ」と語りながらも、自分が共作として本作に入る意味を考え、「徳尾さんはお1人で素敵な作品を完成させることができるベテランなので、図々しいですが自分の役割は違う角度からアイデアを提案することだと思ったんです」という答えにたどり着く。
共作で書いていくに当たって一番大切にしていたことは「良いドラマを目指しましょう」ということだったと明かす。「2人で書いていくという、これまでやったことがないやり方。互いの『相手の書くここが気に食わない』とか『自分が書いたセリフじゃないと嫌だ』といった対立は作品を見てくれる人には関係がない。良いドラマにするために自分たちができるベストは何か、というふうな意識でお互いに臨もうと話しました。一度そう決めたら、たとえ僕が書いた渾身のギャグが消されたとしても気にならない(笑)」と明かしてくれた徳尾さん。
一戸さんは「打ち合わせを重ねることでもともとあったシーンやセリフがなくなってしまったとしても、『私、ここすごく好きでした』と伝えますし、徳尾さんも『変わってしまったけど、あれは良かったよ』と声を掛けてくださって。互いに言葉を掛け合うことができたからこそ、このバトン形式で良い作品が作れたんだろうなと思います」と。徳尾さんも「互いに精査し合って作れたことが、1人で書くときとの違いでもありますし、一戸さんとだったからできたことかなと思う」と振り返った。
主人公とその弟のキャラクター作り秘話
作り上げた主人公について徳尾さんは「小森洸人(柳楽優弥)はあまり欠点のない主人公ですよね。主人公って大概どこか決定的に欠落したところがあるのですが、彼の場合は自分のことを責めるところがあっても、欠点はない」と。一戸さんも「欠点がないからこそ、変わる振り幅が大きいわけではないところが、すごく難しかったです」と“普通”なキャラクターを作り上げる難しさについて話してくれた。
自閉スペクトラム症の主人公の弟・美路人(坂東龍汰)を描くに当たって、本作の自閉スペクトラム症監修に入っている伊庭葉子氏が代表を務める「さくらんぼ教室」へ。この教室は1990年の創立から34年もの間、発達障害(神経発達症)を持つ子どもたちの教育に力を入れている歴史ある教育機関だ。このさくらんぼ教室に松本プロデューサーと共に、徳尾さんと一戸さんも見学に訪れたという。
「当然ですが、生徒さんたち1人ひとりにそれぞれ違った個性があるので、美路人というキャラクターを作る時には、一つの型に嵌めないようにすることが大切だと思いました。劇中で洸人と一緒に考えたり、喜んだり、悲しんだりということをきちんと、当たり前に描くべきだなと」と見学に行ったことで感じ取ったという徳尾さん。
一戸さんも「教室の他に、さまざまな書籍で勉強しました。その上で、みっくん(美路人)自身がこれまで経験してきたことや、積み重ねてきた毎日があり、それを経て今の小森美路人という1人の人間が存在して。そう思うと、みっくんには色々と思いを巡らせて書いていたかもしれません」と美路人の人生を深く考えて作り上げたことを語ってくれた。
主人公から学ぶ“かけ違わない”方法
“愛のかけ違い”から起こってしまった出来事と向き合うストーリーの話し合いを重ねて作り上げた2人に、思いが食い違わないようにする方法を尋ねてみた。「とにかく話すこと。打ち合わせでもたくさん話しましたし、その帰り道にも話して、今洸人たちがどういう状況に置かれているのか互いに把握するようにしていました。長く脚本を書いていると、調子が出ないときもあれば、スルスルと書けることもある。しかも本作ではヒューマン部分を大切にしたからこそ、人の気持ちの積み上げ方を間違えてしまうと、全く違うストーリーになってしまうという難しさもありました。なので、一戸さん、松本プロデューサーと『こういうところが難しいよね』『洸人はここで何を考えているのかな?』とコミュニケーションを密にすることを心がけました」(徳尾さん)。
一戸さんも「人間同士の心のかけ違いはどうしても起こってしまうものですし、相手の心は目に見えて全て分かるわけではない。この作品作りにおいての打ち合わせでも、生活においても、“かけ違いは起こってしまうもの”と客観的に知っておけば、少し想像力が働くようになるのかなと。主人公の洸人は、相手が弟だから、子どもだから、同僚だからという分け方ではなく、目の前の人と丁寧にコミュニケーションを取っているなと、改めて本作を見て思いました。こういう生き方ができたら素敵だな、こういう生き方を自分もしたいなと考えさせられます」と自分たちが作り上げたキャラクターから学ぶこともあったという。
物語の中盤以降は、登場人物たちがどのような動きを選び取っていくべきか判断に迷うことが多く、気持ちに寄り添いながら物語を作っていくことに苦労したという徳尾さんと一戸さん。多くの話し合いと、「良いドラマを目指しましょう」という目標があったからこそ、2人の間、プロデューサー、監督、現場との“かけ違い”が起こらず、よりよい表現が生まれたのだろう。そんな彼らが紡いだ物語の最後はどんな未来が待っているのか――。