「すべてのクマ事故は防げる」難しいのはクマ対策より人対策~いまだ残る課題と小さな積み重ね~【調査情報デジタル】

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2025-08-30 08:00
「すべてのクマ事故は防げる」難しいのはクマ対策より人対策~いまだ残る課題と小さな積み重ね~【調査情報デジタル】

クマをめぐる事故が頻発している。事故を防ぐにはどのような方策があるのか。北海道の地域で実際に行われている取り組みを通じて、これからのクマ問題を考える。HBC北海道放送デジタル推進部の幾島奈央氏による論考。

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住宅地で、仕事中にクマに襲われる

午前3時前の住宅地。「新聞を入れる音がして、まもなくしたら、叫ぶ声が聞こえて、どうしたんだろうと思った。玄関のドアを開けたら、目の前でクマが人間の上に覆いかぶさるような状態が見えて…」

2025年7月12日、北海道福島町で、新聞配達員の男性がクマに襲われて死亡した。目撃した男性は、HBCの取材に「クマが人間を引きずって、やぶの方向に逃げていった」と話した。

私はかつて報道部で道内各地のクマをめぐる問題を取材してきたが、現在は最前線から離れている。その日のニュースで、現場となった草やぶを「クマがいないか確認するため」に刈っている映像を、なぜ今なのかと、呆然と見ていた。クマは身を隠せる背の高い草や川沿いを移動するのを好む。草刈りは本来、クマとの事故を防ぐための「事前の対策」だ。

なぜ防げなかったのか、原因や経緯の検証・今後の対策が急がれる中で、8月14日、知床半島の羅臼岳で、登山中の男性がクマに襲われて死亡した。

なぜ事故は繰り返されるのか。求められる大きな変化と、小さな積み重ねについて考えたい。

「すべてのクマ事故は防げる」はずなのに

福島町の事故翌日、私は札幌市中央区の円山西町で開かれた「ヒグマ勉強会」へと向かった。参加していたクマの専門家・間野勉さんは、こう話していた。

「すべてのクマによる事故は防げるはずなのに、今の体制には、危険な兆候に気づいてすぐに対処するための手立てが圧倒的に足りていない。キーワードは『即応できる人と体制』」

福島町では事故の前から、目が合うと近づいてくるクマが目撃され、荒らされたごみ箱も見つかっていた。羅臼岳でも、数日前から登山道でクマと人が3~4メートルまで近づいたり、クマスプレーを噴射しても数分間付きまとわれたりしていて、注意が呼びかけられていた。

本来クマは人を避ける動物だが、こうした問題行動をするようになったクマは「問題個体」と呼ばれ、行動が変わっていく。その危険な兆候を見逃さずに、速やかに対処する必要がある。

しかし、その判断と対応をすぐに適切にできる「人と体制」が不足している。専門知識を持つ人や、クマを捕獲する技術を持つ人がいない地域が多くあるのだ。危険な兆候に気づけなければ事故が起き、危険な兆候に気づいても適切な対応をとれないケースもある。

捕獲だけが選択肢ではない。たとえば、ごみやシカの死がい、電気柵などの対策をしていない畑など、クマを引き寄せる原因があるのに対処できないままでいたら、また次のクマが来るリスクがあり、根本的な解決とは言えない。草刈りにしても、どこにリスクがあるのかや、ほかの生態系への影響や住民の思いなどを含めて考えなくてはいけない。正しく状況を見極めて、地域の事情にあわせた対応を取る必要がある。

国や都道府県がリーダーシップをとって、専門知識や技術を持つ人を育て、各地域に配置し、地域ごとに事情や住民の要望も考えながら、正しい対応がとれる体制を作っていかなくてはいけない。そして全国の各市町村が、「いつ自分たちの地域で起きてもおかしくない問題」だと意識して向き合う必要がある。

誰かの努力だけでは解決しない

一方で、体制だけでいいのかも考えたい。知床には専門知識や技術を持つ人がいて、日々対策にあたっている。しかし、長年の課題も抱えてきた。

知床でクマ対策に向き合う人の言葉で、印象に残っているものがある。「クマ対策よりも、人対策のほうが難しい」ということだ。

一度クマを山へ追い払うことができても、人が問題行動をすることで、クマもどんどん問題行動をするようになっていく。たとえば食べものが入った荷物を外に置いておく、食べものや飲みもののごみを捨てる、直接クマにエサを与える、写真を撮りたくて近づいたり長時間つきまとったりしてクマの人慣れを進める、などの行動だ。

ヒグマは知床の豊かな自然の重要な構成要素であり、象徴でもある。だからこそ住民の安全を確保しながらどう共存するか、観光の視点も入れながら、共存の道を探ってきた。

しかし、本来はヒグマを魅力的に思って来たはずの観光客たちのマナー違反により、クマを駆除せざるを得ない状況に陥ってきた。そうした積み重ねで、次にそこを訪れた、無関係の人がリスクにさらされる。

クマとの事故は、被害にあった個人の問題ではない。体制の問題であり、その前に積み重ねてきた一人ひとりの問題行動が招いたものかもしれない。知床の望ましい姿とは何か、そのために私たちはどう行動するべきなのかを、全国の方に真剣に考えてほしい。

大きな変化と、小さな積み重ね

体制の大きな変化が求められると同時に、住民一人ひとりにできるのは、そもそもクマを「問題個体」にしないための対策だ。

7月、札幌市中央区の円山西町で開かれた「ヒグマ勉強会」。6月にあったクマの出没について、町内会長が対応を振り返りつつ、市の調査結果を住民に共有した。その内容が驚くべきものだった。

クマが出没した際、札幌市は公式LINEで出没情報を発信し、近隣の学校にも知らせる。この町内会ではさらに、児童会館やまちづくりセンター、「朝練をやるかもしれないから」と少年野球チームに、「早朝に散歩をする人も多いから」とシニアクラブにも情報共有をしたという。

地域に住む人だからこそ細やかなニーズに気づき、事故を防ぐために動いたのだ。町内会独自の「デジタル掲示板」も立ち上げていて、登録している約70名にも速報した。クマ問題をひとごとに思わず、備えていたからこそできた対応だ。 

出没後の市の調査結果も冷静に受け止めていた。現場ではクマの毛が1本と、クマが地面を掘った跡が見つかったが、クマを引き寄せるような原因になっているものはなく、繰り返し来ている様子もなかった。

クマは、ときには市町村の垣根も超えて10キロ以上の非常に広い範囲を移動する。地域に出たのが「通り過ぎた」クマなのか、それとも同じ場所に繰り返し来ているのかによって、対策は変わる。

そうしたクマの生態と、今回の調査結果を伝えることで、必要以上に恐怖をあおることなく、冷静に基本の対策を続けていくことを呼びかけていた。

地域でのクマ対策を10年以上続けている地域もある。札幌市南区の石山地区では、2013年にクマが出没して以来、河川敷の草刈りを続けている。クマを研究している学生による勉強会と、最後にビンゴやクイズ大会まであり、地域の楽しい恒例行事になっている。

ことしで12年目。20代の孫と一緒に参加している住民もいた。地域住民と学生、ほかの地域からの参加者も快く受け入れ、約60人が一緒に汗をかいた。

円山西町の町内会長も来ていて、「みんなでやると、こんなに広い範囲の草刈りができるんですね。12年目なんてすごいなあ」と笑顔で話してくれた。石山地区の住民は、「何かあったときだけじゃなくて、何もないときも続けていくことが大事だと思っている」と話していた。

クマ対策に、「これさえやっておけば100%大丈夫」という万能薬はない。しかし草刈り、ごみ拾い、電気柵など、対策の選択肢は多くある。

クマ問題は、一人ひとりのマナー違反で大きなリスクを引き起こす。一方で、地域で話し合いながら求められる対策を選び、地道に続けていくことが、「クマが来づらいまちづくり」につながる。それでもクマが出たときのために、体制づくりからの変化が求められている。

クマとの事故は、防ぐことができる。それなのに痛ましい事故が繰り返されてしまった事実に、私たちは向き合わなくてはいけない。

<執筆者略歴>
幾島 奈央(いくしま・なお)

2018年、HBC入社1年目から、北海道島牧村に連日現れたクマをきっかけに、全道各地のクマにまつわる問題を取材。

ディレクターとしてテレビドキュメンタリー『クマと民主主義』シリーズ4作(2019・20・24・25/放送文化基金賞奨励賞・企画賞)、「核と民主主義~マチを分断させたのは誰か〜」(2021/ギャラクシー賞奨励賞)、ラジオドキュメンタリー「隠された性暴力~28年前の少女からの訴え~」(2021/ギャラクシー賞奨励賞・日本民間放送連盟賞優秀賞)、監督として映画『劇場版 クマと民主主義』(2025)を制作。

現在はWEBマガジン「Sitakke」編集長と、クマと人の“いい距離の保ち方”を考えるサイト「クマここ」運営を担当。「知ることで防げる出没や被害がある」と考え、様々な形で発信を続けている。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。

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