無視されたベッセント長官の「忠告」、日銀は利上げにたどり着けるか【播摩卓士の経済コラム】

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2025-11-01 14:00
無視されたベッセント長官の「忠告」、日銀は利上げにたどり着けるか【播摩卓士の経済コラム】

高市政権の発足直後ということもあり、大方の予想通り、日銀は6会合連続で政策金利の据え置きを決めました。直前に来日したアメリカのベッセント財務長官による「利上げのススメ」は完全に無視された格好で、為替市場では一段と円安が進みました。植田日銀は、目論見通り、この冬の利上げにたどり着けるでしょうか。

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今回も2人の委員が利上げ提案

日銀は、10月30日、政策金利を0.5%で据え置くことを決めました。決定会合では2人の委員が「概ね物価目標を達している」などとして反対、逆に0.25%追加利上げの提案を行いました。構図は、前回9月会合時と同じ、その意味で利上げ派への同調は広がりませんでした。

あわせて日銀は、経済・物価の見通し(展望レポート)も公表しましたが、消費者物価の見通しは、7月公表時と全く変わらず、認識も、政策もいわばフリーズ状態だと言えるでしょう。

元来、金融緩和論者で、金融政策についても「責任は政府にあり、日銀はその手段を決定するもの」と主張する高市総理大臣の誕生で、いきなり利上げが行われるとは考えられず、結論としては、大方の予想通りで、「常識的」だったと言えるかもしれません。

ハト派的とみられた植田総裁会見

焦点は、「今回」よりも、むしろ「今後」にありました。しかし、決定会合後の植田総裁の記者会見は、「踏み込み」の弱いものでした。植田総裁は「予断を持っていない」などと、慎重な表現を使う場面が目立ち、12月或いは1月の利上げに、「前向き」な印象を与えることを極力避けました。

また、焦点の為替市場についても、円安への懸念を表明することもなく、淡白な印象でした。もちろん、日銀総裁が直接、為替市場の動きに言及することはご法度ですが、それでも、「円安の物価への影響を注視している」といった表現は可能なわけで、金融市場では、植田会見は「思った以上にハト派」という受け止めが広がりました。

植田会見を機に円安加速

この日、1ドル=152円台だった円相場は、植田総裁の記者会見中にどんどん円安が進み、一時154円台へと、8か月ぶりの水準まで値を下げました。高市氏が自民党総裁に決まったサプライズで円安が進んだ際は153円台前半でしたから、あっという間にこれを突き抜けたのです。

アメリカFRBのパウエル議長が、「12月利下げは既定路線ではない」と発言し、追加利下げ観測が後退する中で、日銀の利上げへの「踏み込み」が弱いと受け止められれば、為替市場で円安が進むのは当たり前です。これでは、物価高対策をいくら打っても、物価高は止まらなくなってしまいます。

ベッセント長官の異例の投稿

アメリカのトランプ大統領と共に来日したベッセント財務長官は、片山財務大臣との会談や、その後のSNSへの投稿で、為替と日本の金融政策に、言及しました。

29日に投稿されたベッセント氏のメッセージは、「日本政府が日銀に政策余地を与える姿勢は、インフレ期待を安定させ、過度な為替の変動を回避する鍵となるだろう」というものでした。おっしゃる通り、まさに正論です。金融正常化こそが過度な円安と物価高を止めるという、いわば「利上げのススメ」です。

閣僚が他国の金融政策に直接言及するだけでも異例なのに、決定会合の日にこうした意見を表明するというのは、異例中の異例、余程のこと、と理解すべきです。利上げもしないのに為替市場へ介入など、絶対に認めないという意思表示にも受け取れます。

同時に、この注意深い言い回しは、「今回」の日銀の決定よりも、「今後」の、しかも「政府の姿勢」を、念頭に置いたメッセージにも思えます。

「もう少し見たい」を繰り返す植田総裁

植田総裁の記者会見で、私が最も腑に落ちなかったのは、9月以降の日本経済の「改善」が、現状認識や見通しに、あまり反映されていないことです。確かに、アメリカの関税政策の影響は見通しにくいものでした。しかし7月の大枠合意後、心理的な安心感が広がっただけでなく、日本企業の輸出や収益に、思ったほど影響を与えていないことが、日々明らかになってきています。企業は、これまでの円安による大きなバッファーを有しており、アメリカ経済が予想外の腰折れでもしない限り、総じて限定的な影響しか受けていないと見られます。

日銀は、景気の現状認識において、そうした「変化」のアップデートを意図的に最小化しているように思え、その点で、思考のフリーズぶりが浮き彫りになっています。

高市政権との調整のハードル

もちろん、植田総裁は「予算編成中でも政策変更は可能だ」「来年の春闘の初動のモメンタムがどうなるかをもう少し情報が見たい」などと述べて、12月や1月の利上げを模索する姿勢を示しています。恐らく、間合いを見ながら高市政権との調整作業に入っていくのでしょう。市場関係者の間では、12月か1月に利上げという見方が大勢です。ただ、今の日銀の「論理建て」では、利上げへのハードルは、結構、高いのではないでしょうか。

今の「論理」は、「アメリカの関税政策の影響がどの程度かもう少し見たい」というもので、そこでフリーズしています。では、12月になれば、「その影響が無視できるようになった」と言い切ることができるのでしょうか。

また、今回公表された日銀の物価の見通しは、「いったん来年度に2%を割るレベルにまで低下して、再来年度に再び2%に上昇する」という内容です。来年度に物価が下がっていくことがわかっているのに、なぜ今利上げなのか、説得力がありません。「今利上げするのはアホや」と言われても仕方ないでしょう。まして、いったん下がった物価が、再び上昇基調を取り戻す経路は明らかではありません。

予想される高市政権からの疑問に、日銀は答えられるでしょうか。

今後の利上げの成否は、アベノミクス継承を信条とする高市政権が、異なる環境下でどこまで現実的になれるかだけでなく、日銀自身が利上げの正当性をどう説明できるかに、かかっているのです。まさに、植田日銀の正念場です。

播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)

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