市郎の“カモン!”はこうして生まれた――作曲家MAYUKOさんが語る『不適切にもほどがある!』ミュージカル音楽制作秘話【後編】【ドラマTopics】

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2025-12-22 16:30
市郎の“カモン!”はこうして生まれた――作曲家MAYUKOさんが語る『不適切にもほどがある!』ミュージカル音楽制作秘話【後編】【ドラマTopics】

宮藤官九郎が脚本を手がけ、「流行語大賞」でも話題となった『不適切にもほどがある!』(TBS系/2024年)では毎話のミュージカルシーンが大きな話題を呼んだ。その中心で音楽を手がけたのが、作曲家のMAYUKOさんだ。

【写真で見る】『不適切にもほどがある!』「寛容になりましょう!」楽譜から見えた作曲家・MAYUKOさんの誠実な姿勢

俳優の声質の分析から撮影現場との連携、脚本に込められた意図の読み解きまで――ミュージカルパートの全てに、精密な裏側が存在していた。

作品を支える“音の設計図”はどのように生まれたのか。
その創作の過程には、MAYUKOさんの誠実な姿勢と確かな技術が色濃く反映されている。

偶然から始まったミュージカル曲制作と、想定外の広がり

『不適切にもほどがある!』の脚本を初めて読んだ時、MAYUKOさんはミュージカルシーンについて「どう表現するんだろう」と感じたそうだ。

宮藤官九郎さんの脚本作品に参加するのは、2017年に放送された『監獄のお姫様』(TBS系)ぶり。作中に出てくる会社の商品「江戸っ子ヨーグルト」のテーマソングを担当した。その際にもMAYUKOさんが制作した楽曲を出演者が歌うシーンがあったが、今回はさらに“ミュージカル色”が強くなっており、やる気がみなぎったという。

MAYUKOさんへのミュージカル曲制作の依頼は“偶然”から始まった。劇伴担当として参加が決まっていた中、制作陣が彼女のミュージカル好きを知っていたことがきっかけだった。初回の打ち合わせを振り返り、MAYUKOさんはこう語る。

「最初の打ち合わせでは、“ミュージカルシーンがあります”というのがビッグコンテンツの1つでしたが、全話で作るという話ではなかったと思うんです。第1話は作るとして、第2話、第3話くらいまで作って、その3曲をアレンジ違いで回せたら…という話だったはずで」と当初は“数曲をバリエーションで展開する”案だった。

しかし、“10話全てに新規で楽曲を作る”ということに。「毎回歌う人も違うし、シチュエーションも違う。現代のシーンもあれば昭和のシーンもある。セリフに合わせて、何小節か空けておくなどの工夫も必要になってくるので、毎話作ることになって良かったです」と、結果としてベストな判断だったと語る。

泣きながら作った「Daddy's Suit」誕生の夜

制作チーム全体で試行錯誤を重ねる中、楽曲の“正解の形”が見え始めたのは第3話あたり。その後に生まれたのが、阿部サダヲが演じる主人公と、未来の義理の息子(古田新太/錦戸亮)が歌うバラード「Daddy's Suit」だ。

制作陣からの「心して読んでください」という一文と共に送られてきた台本に胸を揺さぶられたMAYUKOさんは、夜遅くピアノに向かい曲作りを開始。翌朝にはデモが完成していたという。

「読んだ瞬間に泣きながらピアノに向かって、視聴者の皆さんと同じ気持ちで楽曲を作る感覚でした」。

普段の劇伴制作でも、MAYUKOさんは形にするスピードを意識している。速く作ることで、自分の考えや熱量を現場に伝えやすくなると考え、歌の制作が速いのも歌手としてのキャリアが影響しているという。「この楽曲をどう届けるか」を考えながら進める姿勢が、現場の判断や次の作業につながっている。

阿部サダヲさんの声がミュージカルを成立させた理由

本作を支える大きな柱となったのが、主人公を演じる阿部さんの歌声だ。MAYUKOさんはその“圧倒的な声の強さ”を最初から感じ取っていた。

「本当に音域が広いんです。女性キー(一般的な女性が発声しやすい音の高さ)も普通に出せてしまう。あの声があるから、ミュージカルシーンが成立した部分は大きいと思います」。

さらにREC(レコーディング)現場では、阿部さんのパフォーマンスがさらに際立った。特に印象的だったのが、「落ち着いて 小川さん」で飛び出した アドリブの「カモン!」 の瞬間だ。

「台本にはなかったんです。でも、RECの最中に突然“カモン!”って叫ばれて。その一発で場の空気がガラッと変わりました。『これは絶対に曲に生かそう』とそのまま採用しました」。

阿部さんの声と演技は、ミュージカル曲に“役としての勢い”を与える大きな原動力となった。

“ただの挿入曲”にしないための現場連携

本作のミュージカルシーンは、音楽制作だけで完結するものではない。現場との“相互作用”によって生まれた仕掛けが、数多く存在した。

第10話の「寛容になりましょう!」のレコーディングには、総勢14人が参加。出演者たちが撮影の合間を縫ってスタジオに集まり、まさに“総力戦”で収録が進められた。

歌手としても活動をする山本耕史さん(栗田一也役)のパートでは、初期段階から現場と音楽の連動が起きていた。宮藤官九郎さんの歌詞を読み、MAYUKOさんは「他のキャラクターとは譜割り(メロディの音符1つ1つに歌詞のどの文字を当てはめるかを考える作業)が違うだろう」と直感。さらに「エレキギターのフレーズが似合うはず」と考え、デモ(制作途中の仮の音源)の段階で大胆なギターソロを入れ込んでいたという。

「山本さんがデモを聞いて、『自分が歌いながら弾けるギターソロを考えてきます』と連絡をくださったんです。後日、実際に考えてくださったギターソロと、手元が映った動画と一緒に“これでよろしく頼みます”と送られてきて…。『山本さん、本気だ!』と思いましたね。いただいたものを元に、ギタリストに依頼して仕上げました」。

こうした現場とのキャッチボールによって、ミュージカルパートは“単なる挿入曲”にとどまらず、ドラマのテンションや物語性を押し上げる存在になっていった。

「寛容になりましょう!」には、主人公の娘・純子(河合優実)の友人役の若いキャストたちや、向坂キヨシ役の坂元愛登さんなど、新しく参加したメンバーもレコーディングに加わった。

「若い出演者の方たちが“毎回こんなレコーディングをしていたんだ、いいな〜”って言ってくれて。『最後に来られてよかったです』と喜んでもらえて、すごくうれしかったです」。

レコーディングは、初めてブースに入る出演者にとっては緊張の場でもある。その空気を和らげることを、MAYUKOさんは常に大切にしてきた。

「ヘッドホンから自分の声が返ってくるのが初めてで戸惑う人もいますし、緊張で練習通りに歌えないこともあると思うんです。でも“必ずいいものを録って、笑顔で帰ってもらう”。それが私のモットーなんです。楽しかったと思ってもらいたい。そこはいつも大事にしていました」。

音楽と現場が響き合うことで、作品の世界はより豊かに立ち上がっていく。本作のミュージカルシーンが視聴者に強い印象を残した理由は、こうした見えない努力と連携に支えられていた。

メインテーマを“忍ばせた”スペシャルドラマの音の仕掛け

スペシャルドラマ『新年早々 不適切にもほどがある!~真面目な話、しちゃダメですか?~』(TBS系/2026年1月4日放送)では、MAYUKOさんなりの“遊び心”が仕込まれている。

「実は、楽曲中にメインテーマのフレーズの一部を忍ばせているんです。“気づく人は気づく”くらいの さりげないレベルですが」。

シリーズとして物語が広がる中で音楽も連動していく――その感覚を視聴者にも楽しんでほしい、と語った。

「スペシャルドラマは“連続ドラマの世界に戻ってきた”という感覚を音楽でも作りたかったんです。だから、メインテーマとつながる仕掛けを入れています」と、小さなフレーズ1つにも、作品への愛情が宿っている。

ミュージカルとドラマへの深い愛が、作品の音楽を豊かにした。その裏側には、誠実な姿勢と遊び心が同居する、作曲家・MAYUKOさんの姿があった。

MAYUKOさんが生み出す音楽は、俳優の演技や物語の温度を確かに支え、作品に独自の息づかいを与えてきた。その背景には、膨大な準備と、現場と向き合う真摯な姿勢が常にあった。ミュージカルへの深い愛情と確かな技術は、今後の作品でも注目されるはずだ。

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