かつて自転車はすべて「車道左端」だった(アーカイブ特別編・1963年)

青切符がいよいよスタートします。「自転車が車道なんて」という方がたくさんいますが、じつはかつての日本ではすべての自転車が車道でした。(アーカイブマネジメント部 疋田 智)
【写真を見る】1963年(昭和38年)すべての自転車が車道左側を走っている様子
宮崎市の1963(昭和38)年
まずはこの写真をじっくりご覧下さい。
これは最初の東京五輪の前年、1963年の画像です。写っているのは、宮崎県宮崎市、中心地にある「橘橋」の様子です。パッと見てすぐに分かるのは、自転車がすべて車道を走っていること、歩道には歩行者しかいないことでしょう。
自転車の逆走がいない!
そしてもうひとつ驚くべきことは逆車線を見ると分かります。すべての自転車乗りが背中しか見えません。
つまり、この時代、道路を自転車で逆走している人が1人もいないのです。すべての自転車が左側通行遵守。
昭和30年代は自転車が「車両(=軽車両)」として扱われていたことが分かります。
よく見ると、ひとつひとつのクルマも小さく、車線に余裕があります。今とまるで違います。
きっかけは1970(昭和45)年
ではなぜ現在は自転車が歩道を通ることが「普通」になってしまったのでしょうか。
その理由は1970(昭和45)年の道路交通法改正にあります。この年の道交法改正は、あまりにクルマが増えすぎ、事故が多発したことから、緊急避難的に「自転車は歩道を通ってもよい」ということを定めたものでした。
昔も今も「原則車道」は変わらない
本当は「自転車は原則車道」というのは、昔も今も同じです。
歩道を通っていいのは
(1)13歳未満の子供と70歳以上の高齢者、および身体に一定の障害がある場合、
(2)自歩道(自転車通行可)の標識・表示がある場合、
(3)道路工事や連続する駐車車両などで車道を通るのが危険だと認められる場合、
という3つの場合だけです。しかし、改正道交法のこの規定が、拡大解釈に拡大解釈を重ねて、現代の状況になったのです。
青切符の基本は「原理原則にかえろう」
自転車を歩道通行可としてから、半世紀が過ぎました。
交通事故全般でいうと、取り締まりの強化や、インフラの拡充、市民の意識の向上などから、死者数は1万6000人台から3000人台へと減少しました。
しかし、その中の自転車事故の割合はじわじわと上がっているのです。
今回の自転車青切符の導入は、自転車に乗る側の意識を「歩行者の仲間」から「車両の仲間」に変えさせるのがねらいのひとつです。しかし…。
「自転車を歩道に上げる」という法改正から半世紀も過ぎながら、道路のインフラ、ドライバーの意識が、いまだに整っていないのは、日本の困った一面といえるでしょう。