ロンドンで続く舞台「となりのトトロ」で“父親役”の日本人俳優 異国でぶつかった壁…演劇界に訪れた“変化”とは

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2026-05-16 19:00
ロンドンで続く舞台「となりのトトロ」で“父親役”の日本人俳優 異国でぶつかった壁…演劇界に訪れた“変化”とは

2022年からロンドンでスタートした舞台「となりのトトロ」ーー。音楽家の久石譲が発案したことでも話題になったこの舞台で、メイとサツキの父親役を演じているのが愛知県出身の田渕大(たぶち・だい)さんだ。

【写真でみる】舞台『となりのトトロ』を上演中のジリアン・リン・シアター

大学卒業後、11歳で初めて渡ったイギリスに“俳優”として戻ってきた田淵さん。異国の地での俳優生活は、言葉だけではなく文化の壁も立ちはだかった。舞台「トトロ」の出演を通じ、演劇の本場イギリスで田渕さんが見た変化とは。

 懐中電灯の明かりで宿題 イギリスでの寮生活 

「11歳のころに3週間サマースクールでイギリスに行ったことがあって。それは両親に上手く乗せられた部分もありますが、僕自身も好きだったんで、すぐ行く!と言って。いざイギリスの空港に着くと老夫婦が待っていてくれたんです。でも、言葉もわからないし、明日どうなるかもわからないなか、寮生活をしていました。本格的にイギリス留学をしたのは16歳の時でした。その期間はものすごく努力したときで、就寝時間を過ぎても毎日布団の中にこもりながら懐中電灯の明かりで宿題をやってました」

言葉が通じないイギリスでの生活の中で、唯一の救いはスポーツだったという。

「日本ではバスケをやっていましたが、イギリスに来てからラグビーを始め、友達が増えていきました。あの時は本当にスポーツに救われました。スポーツが共通言語になって周りと馴染んでいくことができたんです」

その後、日本の大学に進んだ田渕さん。後に再び渡英し、現地のドラマスクールへ通い俳優の道へ本格的に進んだ。

アジア人俳優に「入る余地ない」 初めての“試練” 

「俳優というものへの憧れは小さいころからあったんだと思います。一度イギリスで暮らしていた経験もありましたし、行きたいという気持ちが強かったので」

しかし、俳優人生のスタートは決して平坦なものではなかったと言う。言葉が異なるロンドンのグローブ座で行われたワークショップで俳優としての初めての試練が訪れた。

「グローブ座が企画したワークショップの延長で、名だたる俳優たちとシェイクスピアをやることになって…。 あの時は萎縮しました。授業でちょっとやったぐらいの素人がイギリス人をはじめプロの俳優と同じ土俵でシェイクスピアをやる。シェイクスピアをネイティブで堂々と語れる人たちとは違って、僕にとっては第二言語でもないぐらい、第三言語でお芝居をするようなものでしたから」

俳優としてのイギリスでの活動は、発音や言語感覚などの言葉自体の違いはもちろん、文化的背景の違いも大きな壁として田渕さんの前に立ちはだかった。

「僕がイギリスでお芝居を始めたころは、そもそもアジア人のための役がほとんど存在しなかった。仮にあっても、かなり限定的で、いわゆるステレオタイプに寄った役が多かった印象です」

白人俳優がアジア人役を演じるケースも珍しくなく、「自分たちが入り込める余地が少ない」と感じる場面も多かったと語る。

変わり始めた舞台 “トトロ”が示す可能性

音楽家の久石譲さんがエグゼクティブ・プロデューサーとして舞台化を発案し、日本テレビとRSCが共同制作した舞台版『となりのトトロ』では、パペットを黒子(劇中では「風子」と表記)たちが操り、トトロをはじめその世界のキャラクターたちに命を吹き込んでいる。さらに、シンガーソングライターの二宮愛(にのみや・あい)さんによる幻想的な歌唱もあり、日本語の歌詞で歌われる場面も多く、日本人でも楽しめる作品になっている。

同作で共演している二宮さんはロンドンでの田渕さんの活躍に驚いたという。

「正直イギリスでどれだけ日本人が活躍してるとか、そういう内容が全然分かってなかったんですけど、2022年に初めてロンドンに来た時に、ロンドン国内でちゃんと日本人としてこれだけ活動の場を広げてる人間がいるんだなっていうのにすごくびっくりして」

2026年3月までの4年間、サツキ役で田渕さんと親子を演じてきたエイミ・オクムラ・ジョーンズさんは、田渕さんの人柄を絶賛する。

「2022年の初演の頃、田渕さんは緊張していたけど今はリラックスしてやっている。この間も、間違えて自分の私物の眼鏡をつけて舞台に出ちゃうぐらいで。そういうところも含めて素晴らしい方です」

「価値観は確実に変化」演劇界にも“多様性”の波

400年以上の歴史を持つイギリスの演劇界にも、多様性への尊重が大きな影響を与えている。

近年、舞台や映画などでは役柄の背景(人種、文化、身体的特徴など)と、実際に演じる俳優のアイデンティティや背景を合わせる「オーセンティック・キャスティング」が急速に浸透してきている。文化的なリアリティを追及する側面もあるが、 多様性の尊重という文化的な意味合いも強い。 

メイとサツキの父親・タツオ役の田渕さんはもちろんだが、メイ役はシンガポール出身のVictoria Chen、サツキ役のエイミ・オクムラ・ジョーンズは日英にルーツに持つ香港育ちで、ほかの出演者たちもそのほとんどがアジア圏にルーツを持つ俳優で構成されている。

そのような変化に対して田渕さんは前向きだ。

「イギリスは多民族国家になって久しく、コンプライアンスは確実に厳しくなっていて、価値観は確実に変わってきていると感じます。でもこれからは、日本人であること自体がひとつの個性になる。むしろ、自分が日本人であることをどう活かしていくかが大事だと強く感じています。特にロンドンは世界中から俳優が集まってくる場所なので」

「計画よりも“流れ”」田淵さんが切り拓く道 

生成AIの登場で世界が目まぐるしく変化をする中、今後の展望について田渕さんが重視するのは、計画よりも“流れ”だと言う。

「正直に言うと、あまり細かくは決めていません。その時に面白いと思える作品や人と出会えたら、そこに飛び込んでいきたいと思っています。目まぐるしく業界は変わっていますし、昨今はAIも入ってきている。それでも、舞台でのお仕事を続けていけたらいいなとは思います。日本でも舞台が出来たらいいですね」

イギリスのロンドンで経験を積み重ね、自らの立ち位置と可能性を模索し続けながら、日本人俳優としての道を切り拓いてきたパイオニア・田渕大。

目まぐるしく変化する演劇界で、どの舞台に飛び込むのか。さらなる活躍が期待される。今後の彼の活躍を日本からぜひ注目してほしい。

【田渕大 プロフィール】      
愛知県長久手市出身。1989年にイギリスの高校へ留学。慶應義塾大学文学部哲学科を卒業後、イギリスの演劇学校 Rose Bruford College へ再留学。フランスの演劇教師フィリップ・ゴーリエのワークショップなどに参加したのち、ロンドンを拠点として俳優・声優活動を続ける。舞台『Hergé's Adventures of Tintin』(Rufus Norris演出)、『The Long and the Short and the Tall』(Josie Rourke演出)、『The Overcoat』(Gecko Theatre)、映画『Spectre 007』、Netflixのドラマ『Giri / Haji』などのほか、声優としての出演作品も多数。

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