海外赴任先で息子が“過労自死” 再発防ぐため母親が一時対立した企業とマニュアルを共同作成「海外で働く人のスタンダードに」【news23】

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2026-06-01 14:44

海外赴任先のタイで、過労などを苦に自ら命を絶った男性。母親は息子の死をめぐり、一時は対立した企業側と手を取り、再発防止に向けた取り組みを続けてきました。葛藤を抱えながらも、闘い続けた母親。その思いが一つの形になりました。

【写真でみる】日記に綴っていた苦しみ「父の子で良かったと思う」

「元気だった息子を返して」最愛の息子が異国の地で過労自死

2024年11月。東京都内で開かれた過労死防止を考えるシンポジウムに登壇した富山市在住の上田直美さん。

上田直美さん
「会社には、従業員ひとりひとり大事な家族がいることを決して忘れないでほしい。元気だった息子を返して下さい」
「過労死がない未来、息子の命が生かされるよう、海外での働き方に関心を寄せていただければ幸いです」

最愛の息子‧優貴さんは5年前、赴任先のタイで過労などを苦に自ら命を絶ちました。

大学院で電気工学を学んだ優貴さん。“電気と環境をつなぐ仕事がしたい”という夢をふくらませ、2018年に旧日立造船(現:カナデビア)に入社しました。

2021年1月にはタイに渡航。現地のごみ焼却発電プラントで、自らの専門である電気設備関連の仕事を担いました。

しかし、着任から1か月あまりが経った後、専門外の業務を担当するよう命じられ、未経験の分野の仕事が積み重なりました。

上司からの叱責が増えたほか、時間外労働も急増します。

日記に綴っていた苦しみ「昼までは死にたかった」

優貴さんが当時つけていた日記からは、心身ともにギリギリの状態だったことがうかがえます。

優貴さんの日記
「昼までは死にたかったけど、週報作ってたら死ぬ気なくなった」
「今日はpositiveになったかな?」
「日曜の休日出勤をクリアし、生きのびることができた」

母・直美さん
「最後のLINEのときに、急に『富山の皆さんは元気ですか』と。なんでこっちの心配をしてるのか」
「『5月末に(日本に)帰ってくるんだよね?』とクエスチョンで返したんですけど、その後返信はなくて」

2021年の4月末、優貴さんは発電プラントから転落死。

後に現場の防犯カメラの映像に、優貴さんが自ら手すりを乗り越えて飛び降りる様子が映っていることが判明しました。

日記の最後にも、痛切な思いの丈が綴られています。

優貴さんの日記
「父親に感謝を伝える」
「今、オレは仕事がぜんぜんできなくて、毎日おこられてばかりで、とてもつらい」
「働くことはめっちゃつらいし、つらいなかで続けて、家族を守ることはとても大変だと感じたわ」
「今になって父の子で良かったと思う」

未来ある若手社員の自死。しかし、会社側の対応が遺族の悲しみに追い打ちをかけます。

会社側の“事故として労災申請”の提案拒み 労災認定

自死の原因が過重労働だと認定を受けるのはハードルが高いとして、“単なる転落事故として労災請求する選択肢もある”と持ちかけたのです。

母‧直美さんは提案を拒み、精神障害を発症したことによる自死での労災だと認めるよう、労働基準監督署に求めました。

母‧直美さん
「“事故として労災申請をさせていただけるか”という提案は、本当にしんどかったです。それが逆に、“そんなことさせてはいけない”というか、その後の私の行動の原動力になったというか」
「真実はひとつ。息子は知っている。それを証明できればと思って」

直美さんと弁護団は、優貴さんのパソコンのログなどを解析。

ホテルでの週報の作成やメール‧LINEでの業務連絡の時間などを調べ、専門外の業務に就いた頃からの1か月間で、時間外労働が最大で約150時間にのぼっていたことを突き止めました。

そして労基署は、初めての海外勤務で経験のない仕事を強いられた点を重視。

優貴さんの死を自死だと断定したうえで、現地での精神障害を発症したことによる労災と認めたのです。

目標だった労災認定を勝ち取った直美さん。しかし、それを“ゴールにしてはいけない”という思いも抱いていました。

遺族と企業が海外赴任マニュアルを共同作成 母・直美さん「社会に広がることを願う」

母・直美さん
「過労死を出した企業が、いつもニュースで“再発防止に努めます”というテロップが流れて、“本当にするんだろうか”と疑いというか、“任せておいていいのかな”という部分はありました」
「箇条書きで、“こういうことがあれば息子は救われた”というか“ここで気づいていれば何か救済されたんじゃないか”と思うことをバーっと書いて」

憤りの感情を封印し、直美さんは会社側に海外派遣者の健康と安全を守るためのマニュアルを共同で作らないかと提案したのです。

最初は慎重な姿勢を崩さなかった会社側ですが、話し合いを重ねるにつれ徐々に前向きな姿勢に転じていったと言います。

母・直美さん
「気持ちが合ってきてからは、割とスピード感が速いですよね?」

岩城穣弁護士
「かなり異例だと思うんですよ。会社のマニュアルを(過労死遺族と)一緒に作ろうというのは。(再発防止だけでなく)“会社にもプラスになる話しでしょ”という両面で、少しずつ会社の対応が、悪くない方向になってきたのかなと」

そして、直美さんと会社側が共に紡ぎあげたマニュアルがついに発表されました。

カナデビア 土肥太郎 専務執行役員(5月29日)
「本マニュアルの社内での確実な周知徹底と、実効性のある運用を通して、再発防止に全力で取り組んでまいりたい」

初めて海外で働く社員の業務の範囲や派遣期間について規定。

労働時間についても、日本国内のルールを遵守することがうたわれ、宿舎や移動中で行う業務も算入することが明記されました。

母・直美さん
「同じような苦しみをこれ以上、誰にも経験してほしくはありません。このマニュアルが、単なるルールとしてではなく、働くひとりひとりの思いや尊厳を守るため、現場で活かされていくことを願っています。そして、この取り組みが一企業の枠を越え、海外で働く方々を守る新たなスタンダードとして社会に広がっていくことを心から願っています」

労働基準法が適用されない…“共同マニュアル”に「専門分野」「社員同行」など盛り込む

上村彩子キャスター:
一時は対立した企業とマニュアルを作るというのは、本当に「もう2度とこのようなことが起こって欲しくない」という強い気持ちの表れだと思います。

海外赴任した方の過労死や過労自死は、上田さんに限った話ではありませんよね。

取材したMBS・松本陸記者:
まず国内での過労死と違い、海外での過労死については、国などの公式な調査・統計は存在しません。

ある遺族が独自に調査した結果によると、1983年からの約40年間で少なくとも22件はあるとされています。

ただ、過労死遺族の上田さんも「この数字は氷山の一角。下手すれば氷山のひと粒ではないか」と話していました。

喜入友浩キャスター:
なぜこうしたことが起きてしまうのでしょうか?

取材したMBS・松本記者:
盲点なのですが、日本の労働基準法は、日本企業から海外に派遣される労働者には適用されません。これは「属地主義」といって、労働に関する法律も現地の法律が適用されるべきという考え方があるためです。

つまり、法の空白があり、労働基準法が適用されない以上は、労働時間の規制も生じないといった構造になっています。

また、特に発展途上国などであれば、日本と比べて健康管理や医療体制が不十分という背景もあると考えられます。

上村キャスター:
こうした中で発表された上田さんとカナデビアが共同作成した「海外赴任マニュアル」は大きな一歩ですね。

取材したMBS・松本記者:
上田さんの息子・優貴さんが、初めての海外勤務にもかかわらず専門外の分野の仕事を担って、それがかなり負担になっていたという点を踏まえて、特に初回の海外派遣者についての配慮・サポートに重点を置いたマニュアルになっています。

例えば、▼専門分野の業務のみを行わせる、▼派遣期間が3か月を超えないようにする、また、孤立感や孤独を防ぐという意味でも、▼指導役の社員を全期間同行させるといった内容が盛り込まれています。

これは、あくまでカナデビア社内のマニュアルですが、内容自体は普遍的なものです。上田さんもこうしたマニュアルや内容が、他企業にも広がっていくことを期待しています。

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<プロフィール>
MBS 松本陸記者
元大阪司法キャップ
労災事案や大災害・大事故での“遠因死”など取材

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