脊髄損傷から奇跡の復活 31歳の小兵・炎鵬が序の口転落から3年ぶり関取復帰、引退危機も諦めなかった“挑戦”【大相撲】

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2026-06-02 12:00
脊髄損傷から奇跡の復活 31歳の小兵・炎鵬が序の口転落から3年ぶり関取復帰、引退危機も諦めなかった“挑戦”【大相撲】

5月24日まで東京・国技館で行われた大相撲夏場所で、3年ぶりに関取復帰した西十両14枚目炎鵬(31、伊勢ケ浜)が8勝7敗で勝ち越した。脊髄損傷で歩けなくなる可能性もある、と宣告された状況からの復活。現伊勢ケ浜親方の元横綱照ノ富士は序二段から再起したが、元幕内力士が序ノ口まで落ちて関取に戻ったのは長い大相撲の歴史でも初だという。2横綱、2大関が休場した土俵で167㎝、107㎏の小兵の奮闘にファンは酔いしれた。

千秋楽の十両。西から炎鵬が上がると、幕内力士をしのぐ歓声と拍手が巻き起こった。相手は東十両4枚目の旭海雄(26、大島)だ。身長差16㎝、体重差53㎏。幕内42人、十両28人の計70人の関取の中で身長、体重とも最小の炎鵬は、誰と当たっても一回り以上小柄だ。升席、いす席からはしこ名入りの応援タオルが打ち振られていた。

立ち合い。右で張った後、頭で当たった。下から手四つ。一度離れて、互いに距離を取りながら得意の左を差し込んだまでは良かった。だが、相手に十分な右上手を引かれて胸を合わされて寄られると、崩れるように浴びせ倒された。完敗。だが、立ち上がった炎鵬の背中には温かい拍手が鳴り響く。それは礼をして土俵を降り、花道の奥に消えるまで続いていた。

風呂を終え、まげを直し、浴衣に着替えた炎鵬は笑顔で、報道陣の前に現れた。通常の取材は支度部屋で上がり座敷に座って髪を整える際に話を聞く。だが、今場所の炎鵬は、まだ取組を控える幕内力士らも大勢いる上、報道陣が多数押し掛ける。このため、周囲への配慮で、西から出番の時は支度部屋の外の通路が臨時インタビュー場になっていた。

「体の力を使い果たしてクタクタ。きょうも気持ちで体を動かしましたが、自分の今の力が分かりました。怪我無く、15日間相撲が取れてホッとした。連日、たくさんの声援をもらって、喜びと幸せを感じていた。何とか生き残れたので、次も頑張ります」

「どうなるか、わからなかった」という初日は、ちょうど母の日。地元石川から母を呼び寄せ、感謝の白星を送った。そこから破竹の5連勝。2連敗のあと、2連勝。一気に勝ち越すか、と思われたが、力士が一番疲れを感じるという10~12日目に3連敗した。13日目も元幕内明生相手に土俵際まで攻め込まれた。だが、相撲にかける執念と培ってきた勝負勘が窮地を救う。得意の左下手を取ると、相手の外掛けを逆に足を跳ね上げるようにした下手投げに切り返した。念願の8勝目。最後はまた2連敗したものの、持てる力を出し切った15日間だった。

体に異常を感じた2023年夏場所

3年前の2023年夏場所。西十両3枚目だった炎鵬は、体に異常を感じ、9連敗。10日目から休場した。診断は、脳からの命令を全身に伝え、全身の感覚も脳に送る神経の束である脊髄に損傷があるとのことだった。翌場所からちょうど1年、6場所全休した。番付は幕下、三段目、序二段を通り越して西序ノ口13枚目まで落ちた。この間に所属していた宮城野部屋は幕内北青鵬(引退)の暴力問題で、師匠の元横綱白鵬を始め、全員が伊勢ケ浜部屋に預けられた。

医師からは引退を促され、全身の感覚が乱れて体を思うように動かせない。熱さも正常に感じないようになったという。それでも土俵をあきらめなかった。31歳がそこまでした理由は何か。5歳で始めた相撲への愛着があったのはもちろんだ。だが、残り1場所に迫っていた番付上のある数字があったからではないか、と思う。

それは力士が引退後に親方(年寄)として日本相撲協会に残るための基準である関取在位数だ。現在、年寄を襲名するためには小結以上の三役を1場所、幕内在位なら20場所、十両、幕内合わせて関取在位では30場所のいずれかを満たさなければならない。炎鵬の場合、最高位は前頭4枚目。幕内在位は9場所。そして、けがをした時が十両在位20場所目だった。この場所で勝ち越すか、負け越しても十両に残れる成績なら基準を満たしていた。

伊勢ケ浜部屋に移った力士は、師匠白鵬の協会退職後、現在幕内の伯桜鵬が伯乃富士に、草野は義ノ富士に、来場所新十両になる松井も嵐富士に、と伊勢ケ浜部屋ゆかりの「富士」をつけるしこ名に改名した。しかし、炎鵬は「鵬」の字を貫いた。白鵬は退職時に「宮城野」の年寄名跡を旧宮城野部屋力士に譲るよう現在の継承者である元横綱旭富士と約束した、とも言われている。夏場所後の理事会で彼らの預かり状態は解除され、正式に伊勢ケ浜部屋所属になった。宮城野部屋は完全に消滅してしまったが、炎鵬は、尊敬する元の師匠の名跡、「宮城野」を継げる資格は得たことになる。

自らも首を痛めたことがあるという元関脇勢の春日山親方は、「首を痛めると、痛いし、怖い。でも、炎鵬は自分を奮い起こして戦っている。それはファンの声援の力が大きいと思う。僕も、それが頑張る源だった。小さい人が頑張るのが大相撲のだいご味。彼の活躍は、多くの人に勇気と希望を与えていると思いますよ」と話した。

開幕前、久々の力士会に参加した炎鵬は、報道陣に幕下以下の力士がつける「黒まわしを捨てた」と告白した。「もう幕下以下には戻らない。その時は力士を辞める時」という決意の現れだろう。次の7月は、2年前に7場所連続休場後に序ノ口から再スタートを切った名古屋場所。故郷石川からも近く、準ご当所場所だ。

「今度は関取に戻った姿を名古屋のファンに見てもらえるので、楽しみにして欲しい。故郷からの声援は、ありがたいの一言。その期待に応えられるよう頑張っていかないといけないですね」

宮城野部屋に戻る希望は絶たれた。だが、挑戦はまだ終わらない。最後は「ありがとうございました」と報道陣にも頭を下げた。そして、「お疲れ様」の声をかける関係者へも笑顔の会釈をし、両国の街に消えていった。

(スポーツライター・竹園隆浩)

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