「『もう代表は諦めよう』という時も」 7年ぶり代表復帰の36歳・深津英臣、“逆境をコントロール”する司令塔【実況席から見える世界】

バレーボールの世界三大大会のひとつ、ネーションズリーグ(VNL)で、男子日本代表が史上初となる開幕から12連勝を達成し、決勝ラウンド(29日~)進出を決めた。2大会ぶりの表彰台へ、快進撃を続ける選手たちの素顔を、自身も中高でバレー部に所属(セッター)し、入社直後の98年から現場取材を重ねてきた、実況のTBS新タ悦男アナウンサーがリポートする。第11回は深津英臣(36)。
「精神的にも肉体的にもきつかった」
およそ7年ぶりに帰ってきた代表の舞台。
その時間は、決して空白ではなかった。
その中心には、ずっと消えない悔しさがある。
「自分の反骨心の源は、『16年リオ五輪最終予選』 。リオの切符がかかった、あの緊迫した世界最終予選の大一番のコートで、自分の100%の力を出し切れなかった事実が、心のどこかにずっと今でも残っていて。それは一人のアスリートとしてすごく悔しいし、『何でもっとやれなかったんだろう』って、当時の自分に対する“失望感”。そういう強く悔しい思いは、胸の奥にずっとありました」
ただ、その悔しさに飲まれず、見失わず、歩き続けた。
「ここまでの道のりは正直、精神的にも肉体的にもきつかった。オリンピックの選考の時や、代表を落選し続けた時は、僕もまだ若かった。自分自身のネガティブな感情をコントロールする力も当時は全く無かった。そういう意味では、本当に『もう代表は諦めようかな』という時も実際にあった」
それでも深津は戻ってきた。
理由は一つ。
「日本代表で戦う、あの独特の『プレッシャーと責任感』を、僕のバレー人生の中でもう1回味わいたい。それに尽きる。『またこの最高にレベルの高いメンバーと一緒に、日の丸を背負ってコートで勝ちたい!』っていう強い想いが自分の中にあった。そこのプレッシャーへの飢えだけだった。そこだけは、どんなに心が折れそうになっても、自分を奮い立たせてやってこられた原点だったかもしれません」
なぜ、その想いは消えなかったのか。
「“1番の理由は、やっぱりバレーボールが大好き”なんです。年齢を重ねても、まだ心の中から消えないんですよね。バレーが好きっていうその純粋な気持ちが未だに消えなくて、それで今もこうして限界なく頑張れている。セッターは、年齢が上がるほど、コートの中でやれることが増えてくる。駆け引きも、視野も、余裕も。だから今が一番、油が乗っていると思います」
「年齢を言い訳にせずロス五輪を目指して」
深津は年齢を言い訳にしない。
「僕の兄貴(37歳でパリ五輪に出場した旭弘)だって、あの年齢まで日本代表として、第一線で五輪に行きましたからね。37歳までトップでトスを上げ続けていたので。 僕も、もしこのままコンディションを維持して次のロサンゼルスオリンピックに行けたら、兄貴とほぼ同じ“38歳”で迎える。そういう意味では、僕は“兄貴に大きな夢をもらった”。兄貴が身をもってコートの上で証明してくれたので。 だから僕も、年齢を言い訳にせず、ロス五輪を目指して本気で頑張りたいな、って強く思っています」
この7年は、ただ待っていた時間ではない。
誰にも見えない場所で、磨き続けてきたものがある。
技術。そして、その技術を支えるメンタル。
「自分の心の中で求めてきた『理想のプレー』、自分が目指すべき『セッター像』っていうものがある。単なるキャプテンシーとか人間性とかの精神論ではなくて、純粋な『ハンドリングや配球という、トスの技術の面』というところが、ハッキリと『自分の正解の形』になって、体に染み込んできたのが、だいたい31歳くらいの年齢の時で。それまでの20代の時期っていうのは、コートの中でずっと自分のトスワークに不甲斐なさを感じて苦しめながらというか、『どうすれば世界を相手にアタッカーを活かせるんだろ?』って暗闇の中を探りながら、色んなことを手探りでやってきた時期だった。20代の苦しみが、31歳を過ぎてようやく形になって。それが、今のこの日本代表の最高の舞台でも、高いクオリティでブレずに出せるようになってきているのかな、と。本当に、少しずつとは思いますけど、自分でも技術の進化を感じています」
その暗闇を抜けた先に、深津の“正解”があった。
「こだわってきたのは、セッターの手から放たれる『ボールの通る空中での軌道(位置)』。あとは、トスを上げる瞬間の、『ボールを手からボールが離れる、タッチの球離れの質(ハンドリング)』 球離れの速さと柔らかさのバランスを、自分の中で極限まで追求して現役をやっている。 僕がトスで一番求めてきたのは、『自分の手からトスが離れた初速のスピードは、相手のブロックを惑わせるためにもの凄く速く。だけど、スパイカーが空中でボールを打つインパクトの瞬間には、まるでボールが空中でフワッと“止まっている”かのように、アタッカーが一番叩きやすい極上のタメを作ってあげること』。そういう質のトスを、僕はバレー人生でずっと求めてきた。それが今のこの代表チームに100%合うかどうかはわからないけど、合わせてくれる選手ばかりだからこそ楽しみ。あとは悪い時に、セッターである自分と中心選手でしっかりコミュニケーションをとってチームを立て直せるようにすること。若い時にできなかったコントロールはここでもできる。若い頃の失敗がたくさんあったからこそ、今の自分のメンタルがあるんですよね」
逆境のコントロール
技術が形になった時、 深津の中で“役割の輪郭”がはっきりした。
勝っている時ではない。
苦しい時こそ、自分の出番だ。
「僕個人のセッターとしてのスタンスとしては、『チームが綺麗に上手くいっている時なんて、僕の存在なんて正直どうでもいい』んですよ」
「僕が一番自分の役割として研ぎ澄まして強化してきたのは、チームが “一番苦しい最悪のシチュエーション”になった時に、セッターの自分がコートの上で一体どういう声掛けができて、どういうトスワークで流れを引き戻すことができるかというところ。“逆境のコントロール”を、僕はこれまでのバレー人生で一番強化してきた部分ではある。それは間違いなく、チームが崩れかけた時に、コートの真ん中で「お前ら大丈夫だから、俺を信じて跳べ!」って言って頑張れる『本物の1人の司令塔』に自分はなりたいな、と思って、ずっと20代の頃から自分を厳しく強化してきた部分でもあった」
その覚悟は、仲間の迷いを消していく。
「何よりも『セッター』というポジションの人間は、どんなにレシーブが大きく乱れてピンチの場面であっても、コートの中で周りのメンバーに対して『絶対に1ミリも弱気(不安な表情)を出さないようにしている』。どんな状況でも、コートの全員が「次の1本どうする!?」って、最初のサインの瞬間に必ず『セッターの顔(表情)』を真っ先に確認する。 そういう周りから見つめられている重要な時に、自分がハッキリと堂々とした佇まいで『よし、ここは最速のパイプでいくぞ!』『次はクイックでへし折るぞ!』って、強い気持ちでチームを引っ張っていく。そういうメンタリティで、毎日毎日やっています」
30代は「余計なエゴは全部そぎ落とされて」
「20代の若い頃から『セッターにとって堂々とした振る舞いって、もの凄く大事なんだな』っていうのは、頭ではずっと分かっていた。でも20代の当時は、実際に世界の凄いサーブに崩されてシビアな試合の本番になると、プレッシャーにのまれて、心の中で「あ、ミスしたらどうしよう……」ってどうしても自分のプレーに弱気になってしまう部分があったり、あるいは、トスのことじゃなくて『選考でスタッフからどう見られているか』っていう他の余計なことをコートの中で考えていた部分とかがやっぱりたくさんあったりした。色んな心のブレがありました。でも30代になって色んな修羅場を経験した今の自分は、もう余計なエゴは全部削ぎ落とされて、シンプルに『自分がこの選手たちを活かして、チームを絶対に勝たせて引っ張っていくぞ!』っていう、その1点だけの非常にシンプルな気持ちでコートに入れているので、迷いは何も無いですね」
代表の舞台に戻ってきた今、深津は楽しんでいる。
「戻ってきた代表の舞台は楽しい。やっぱり代表のレベルはめちゃくちゃ高い。この何年間か代表を外れていた期間も、ずっと自分の頭の中では『日本代表のコートに来ること』をイメージしていた。『もし自分がもう一回あの場所に行ったら、自分だったらこうしたい』っていうイメージの引き出しがずっと頭の中にあった。今回、イメージしていたバレーがコートの上で“できる部分”が結構たくさんあるので、それはやっていてめちゃくちゃ面白い」
締め付けられるようなプレッシャーを、楽しみへと昇華できるようになった7年の時。
あの日、自分を苦しめた逆境は、今は仲間を支える力になった。
コートの真ん中で、深津英臣は今日も迷わない。
「俺を信じて跳べ」。
※トップ画像はウクライナ戦
【決勝ラウンドの日程】
■決勝ラウンド・準々決勝
7月29日(水)
午後4:00~ スロベニア vs トルコ
午後8:30~ 日本 vs 中国
7月30日(木)
午後4:00~ イタリア vs アメリカ
午後8:30~ ポーランド vs ウクライナ
■決勝ラウンド・準決勝
8月1日(土)準決勝
時間未発表
■決勝ラウンド・決勝・3位決定戦
8月2日(日)
午後4:00~ 3位決定戦
午後8:30~ 決勝