「夏の甲子園」はなぜ真夏のまま動かない? 収入の8割以上が「入場料」という事情

この夏、夜8時まで営業する市民プールが、家族連れでにぎわっています。昼間は暑すぎて入れないから、夜に入る。夏のイベントが、涼しい時間と場所へ次々に動いているのです。ところが、これだけ暑くなっても動かないものがあります。夏の甲子園です。市民プールは夜に動けたのに、夏の甲子園はなぜ動けないのか。その分かれ目を探っていくと、お金の仕組みが見えてきました。「動けた夏」と「動けない夏」の分かれ目について、リサーチャーのcomugiが解説します。
(TBS Podcast『コムギコ:資本主義をハックしろ!!』2026年8月17日配信『酷暑の経済学:ウェザーニューズと甲子園 #コムギコ #90』より)
三浦海岸は、泳がなくても楽しい海として復活しました
神奈川県の三浦海岸は、都心から電車で1時間ちょっとの海水浴場です。1999年には、ひと夏の海水浴客が100万人を超えていました。それが2023年には約8万人まで減少。2024年には海の家の出店希望者がなく、安全対策の費用も確保できないとして、地元の運営委員会が解散し、海水浴場そのものが開設されませんでした。
海水浴ばなれは、全国の傾向です。「レジャー白書」によると、1年に1回以上海水浴をした人は、ピークだった1985年の約3,790万人から、2024年には約440万人へと9割近く減りました。背景にはレジャーの多様化などいろいろな要因がありますが、近年はそこに暑さが加わっています。真っ昼間に炎天下の砂浜にいること自体が、危険になってしまったのです。
その三浦海岸が去年、三浦市が運営する公設の海水浴場「MIURA FUN BEACH(ミウラ ファン ビーチ)」として、2年ぶりに復活しました。市が掲げたのは「快適な滞在」と、食やビーチスポーツ、音楽といった、海水浴以外の楽しみの提供です。朝や夕方のヨガに、スイカ割り、映画の上映会。昼間の海水浴だけに頼らず、過ごしやすい時間帯の楽しみを足したかたちです。結果、去年の来場者は10万5,000人を超えて、海の家があった2023年を大きく上回りました。
市民プールが売っているのは、「涼しい2時間」
同じことが、市民プールでも起きています。千葉市の稲毛海浜公園のプールは、おととし、16日間の夜間の試験営業に7,000人が来場しました。去年から本格的に夜間営業を始めて、今年は8月のあいだ、夜8時まで営業しています。料金は大人2,000円です。
千葉県柏市はナイトプールを去年の9日から19日へ増やし、横浜の本牧市民プールは関係する条例や規則を改めて、夜9時まで営業できるようにしました。岐阜県大垣市には、営業が終わったあとの市民プールを、飲食の屋台とDJが入る夜だけの「プールレストラン」に変えた例まであります。泳ぐのは禁止で、プールを「夜の涼しい水辺」として売り直したのです。
昼間に使えなくなった公共施設が、時間の使い方を組み替えて、暑さをビジネスチャンスに変え始めています。市民プールが売っているのは、水ではなく「涼しい2時間」なのです。
イオンは、モールの中に「公園」を作った
時間をずらすのが難しければ、場所を移す。それも屋内へ。イオングループのイオンファンタジーが去年開いた屋内施設「のびっこピクニック」は、愛知県春日井市のイオンの3階、約2,000平方メートルのフロアに、人工芝の広場と、砂場、ブランコ、滑り台という「公園の三種の神器」をそろえました。1日遊び放題のフリーパスは大人500円。専用スペースなら飲食の持ち込みも自由で、最長9時間いられます。
全国10施設の分析では、平均気温が32度前後の週は、26度前後の週より来客が3割ほど多かったそうです。外の公園が暑くて使えないから、家族が冷房のきいたモールの中の公園に集まっているのです。
花火大会のいちばん安い有料席は、平均5,517円
ここまでは、時間や場所を「動かせた」側の話です。ところが日本の夏には、簡単には動かせないものがあります。まず、花火大会です。
帝国データバンクの調査では、10万人以上を集める全国106の花火大会のうち84大会が有料席を設けていて、いちばん安い一般席の平均価格は5,517円と、前の年より4.4%上がりました。いちばん高い席の平均は4万円を超え、集計を始めてから初めての水準です。キリンビールが461の花火大会の運営者に聞いた別の調査では、9割が運営に課題を感じていると答え、課題の中で最も多かったのは資金不足でした。福島県須賀川市の花火大会は、資金や人手の確保など複数の課題から、今年の開催を休止しています。
もともと花火大会は、自治体の予算と地元の協賛で支えられてきた、公共サービスに近い存在です。それが支えきれなくなり、民間企業が動き始めました。キリンは「晴れ風」というビールの売上から、350ミリリットル缶なら1本あたり0.5円を桜や花火大会に寄付する仕組みを作り、寄付額は今年6月時点で累計2億4,000万円を超えています。
夏の甲子園は、なぜ動けないのか
そして、動かせないものの代表例が、夏の甲子園です。
今年の高校野球の奈良大会では、春の選抜で準優勝した智辯学園が、エースら主力が足や体をつるアクシデントが相次いで敗退しました。プロ野球は今年、2軍の試合で熱中症とみられる体調不良者が相次ぎ、試合が成立しなかったことを受けて、暑さを理由にした2軍戦の開始時刻の変更や中止をできるようにしています。高校サッカーは、真夏の全国大会であるインターハイの開催地を、男子は福島県、女子は北海道に固定しています。ところが夏の甲子園は、今年も8月の兵庫県西宮市で開催です。
なぜ動かせないのか。主催団体である日本高等学校野球連盟の事務局長が、理由をはっきり語っています。他の時期は、甲子園球場をプロ野球が、地方の球場も大学野球などがすでに押さえていて、確保できないのだそうです。プロとアマチュアの合同会議体「日本野球協議会」はありますが、球場の日程を一元的に決められる組織ではありません。だから譲り合いも難しい。阪神甲子園球場のほうは、観客席の屋根を広げる工事に約150億円を投じています。移転や時期変更ではなく、いまの球場で観戦環境を整えるための投資です。
収入の8割以上が入場料
もうひとつ、お金の事情があります。去年の夏の甲子園大会の収支は、公表されています。入場料収入が10億1,900万円、支出が7億3,200万円で、差し引き2億8,700万円が残りました。大会の収支だけを見れば、健全です。ただ、日本高等学校野球連盟の2025年度の決算を見ると、経常収益約17億7,600万円のうち、入場料が87.8%を占めています。収入の柱が、ほぼ1本しかないのです。
テレビの放映権料という形ではお金を取っておらず、ネット配信の協力金が年6,300万円ほどある程度。スポンサーも募集していません。背景には、学生野球を教育の一環と位置づけて、商業主義と距離を取ってきた「日本学生野球憲章」の考え方があります。比較のために挙げると、アメリカの大学バスケットボールの全国大会は、観客数は夏の甲子園とほぼ同じ約70万人ですが、メディアやマーケティングの権利収入だけで年間およそ9億ドル、日本円にして1,300億円を超えます。制度も競技の範囲も違うので単純な比較はできませんが、桁がまるで違います。
これは「甲子園も商業化するべきだ」という話ではありません。商業主義と一線を引いてきたからこそ、甲子園は特別な場所であり続けてきました。ただ、ドーム球場を借りるにも、時期を移すにも、大きなお金と、決断する主体が必要です。お金儲けを抑えてきた仕組みだからこそ、変化のためのお金も、変化を決められる人も、生まれにくいのかもしれません。
それでも、変えられるところから変わり始めている
望みがないわけではありません。夏の甲子園は今年、第3日から第8日までの6日間が、朝8時ごろに1試合、午後1時半ごろから残りの試合という2部制になりました。過去3大会で熱中症の疑いが41件と最も多かった、午前10時半ごろ開始の第2試合を、午後へ移す組み替えです。場所と季節は動かせなくても、データで危険な時間帯を先に避けることはできるのです。
そして、大阪府池田市と兵庫県川西市にまたがる猪名川花火大会。1949年から続くこの花火大会は、今年の開催を8月から11月7日に移すことを、去年の12月に発表しました。夏の風物詩を守るために、夏にこだわり続ける必要はなかったのかもしれません。
夜に動いた市民プール、モールの中に現れた公園、11月に動く花火大会。動けた夏と動けない夏を分けたのは、変化のためのお金と、変化を決められる人がいるかどうか、なのかもしれません。その分かれ目を知っておくと、夜のプールのにぎわいも、夏の甲子園の中継も、少し違って見えてくるはずです。
<コムギコ:資本主義をハックしろ!!>
毎日ニュースを100本を読むビジネス系VTuberのリサーチャーであるコムギ(comugi)が、日々の経済にまつわるニュースを解説するビデオポッドキャスト。本記事は2026年8月17日配信『酷暑の経済学:ウェザーニューズと甲子園 #コムギコ #90』から抜粋してまとめたものです。