日本の若者の間で人気が高まっている「アンダーグラウンド」なコンテンツ。HIPHOPや格闘技を通して、若者たちが訴えようとしているのは「社会に対する窮屈さ」だ。若者は何に悩み、苦しんでいるのか。カリスマ的な人気を誇るラッパーの紅桜に話を聞くと、若者が直面する貧困や生きづらさが見えてきた。
【写真を見る】家賃6000円・ぼっとん便所…貧困、暴力、麻薬が蔓延する環境で育ったラッパー 時代が求めるアンダーグラウンドの「リアル」と「人間臭さ」
取材:TBSテレビ ディレクター 嵯峨祥平
HIPHOPバトルや格闘技イベントが人気 共通点は「アンダーグランド」「不良」
ここ数年、日本の若者を中心にHIPHOPのフリースタイルバトルやBreaking Downという格闘イベントが盛り上がりをみせている。
HIPHOPのフリースタイルバトルとは、ビートに合わせ即興で交互にラップしながら相手を攻撃し互いのスキルを競い合うものだ。アメリカのHIPHOPシーンの「アンダーグラウンド」から誕生したもので、今や日本のテレビやYouTubeで人気のコンテンツとなっている。
一方、Breaking Downは、人気格闘家の朝倉未来が主催する格闘イベントだ。オーディションで新たなスターを生み出すという、「アンダーグラウンド」な大会として、こちらもYouTubeやSNSを中心に爆発的な人気を博している。
音楽と格闘技、それぞれ分野は違うものだが、どちらも街の喧嘩自慢や不良といったアンダーグランドから成り上がるリアルなストーリーに、血の気が多い若者が熱狂する点が似ている。
今、この2つのコンテンツが人気となるのは時代の偶然なのか必然なのか。エンターテインメントの世界が「時代を映し出す鏡」ならば、偶然とは思えないというのが私の考えだ。
なぜ今、「アンダーグラウンド」と「不良」というキーワードが若者に刺さるのか。
アニメプロデューサーで評論家の岡田斗司夫氏が、現代社会を「ホワイト革命」「ホワイト化社会」という言葉を使って表現している。「正論」、「正義」こそが文字通り正しく、少しでも間違ったもの、常識から外れたものを悪とし排除する時代を称した言葉だ。黒はもちろんグレーを許さない社会だ。
SNSの普及と共にユーザーひとりひとりの声が大きくなり、騒ぎをおこした当事者などが謝罪に追い込まれる。たとえば、芸能人の不倫はタレント生命まで奪われかねないダメージを負うようになった。タレント生命まで奪われかねないダメージを負い、そのタレントを取り巻くスポンサーまで離れるような時代となった。3年目の浮気ぐらい多めにみてよ、なんてカラオケで歌うのも恐ろしい時代だ。
私もテレビ局でバラエティー番組の制作に20年近く携わったが、近年は「コンプライアンス」という言葉を聞かない日は一日とてない。
そんな時代の対称にあるのが「アンダーグラウンド」と「不良」だ。いつの時代も若者は世間や大人の社会に不満を抱いているものだが、そのホワイト社会の窮屈さに一番敏感でいるのが彼らではないか。
汚い、見たくないものを浄化し排除する社会に「俺たちは現実の社会に存在している」「無視するな」とアンダーグラウンドから叫びをあげているのが若者の声なのではないか。
格差社会が広まる日本社会で貧困にあえぐ家庭環境や地域で育った者、そこにはおのずと暴力が力を持ち始め、ドラッグの影が忍び寄る。そこで暮らす若者がHIPHOPや格闘技という表現手段を手にして叫びかけているように感じる。黒人が生み出したブラックカルチャーのエネルギーでもあり、差別や貧困から成り上がるサクセスストーリーを日本の若者が求めだしているのではないだろうか。
HIPHOPのカリスマ紅桜の生活 ぼっとん便所での暮らしでも、絶えない笑顔
私はそんな日本のリアルな状況を取材すべく、HIPHOPシーンでカリスマ的人気を誇る紅桜に取材を申し込んだ。彼はアンダーグラウンドなシーンで人気がうなぎ上りの時期に覚せい剤所持の罪で逮捕。約4年間の服役を終え、出所の瞬間から復活ライブへの軌跡を密着をさせてもらうことになった。
彼の住まいは家賃6000円の市営住宅。日本にまだそんな値段で住める場所が存在するのかと驚いた。
その家に妻と子ども4人で暮らしていた。家の周りには不法投棄のゴミや、何かしらの燃えカス、日本刀まで散乱しておりギョッとした。トイレはぼっとん便所。田舎にはまだ汲み取り式のトイレがあることは知りつつも、日本の下水道普及率が80%を超える中、一般家庭のぼっとん便所はなかなかお目にかかることはない。
今や都心ではぼっとん便所を知らない若者の方が多いのではないか。
紅桜は貧困、暴力、麻薬が蔓延する環境で幼少期を育ち、実の兄も覚せい剤を使用していた。
劣悪な環境ながら、幼少期より歌物まねが得意だった彼は母を喜ばせたい一心で歌い続けた。
HIPHOPに出会い自らの生い立ちを自らの言葉で歌う彼に「リアル」を求める若者にカリスマ的人気を得るようになった。
彼に初めて会ったのは刑務所での面会だった。会う前はどんな恐ろしい奴かと正直怯えていた。
しかし、彼に会ってすぐに彼の人懐っこい人柄に触れ、彼を取り巻く家族や仲間に取材をしても皆、一様に笑顔で愛に溢れる人間に囲まれていた。4年間彼を待ち続けた妻は彼を悪く言うことはなく、紅桜は子どもへの愛に溢れていた。逮捕歴だけをみれば社会悪で、大きな体に入ったタトゥーに怖いと思う市民も多いだろう。
しかし、彼の絞り出すようなソウルフルな歌声と言霊は若者の心を掴み、嘘のないありのままの生き様は、彼に出会った人間を魅了する。私もそのひとりとなった。
現在日本のHIPHOP界を牽引するラッパーのR-指定は紅桜を「ピュア」と称した。彼が言う「ピュア」は清廉潔白という意味ではない。嘘が無い、不器用なまでにありのままであるということだ。愛もあれば、弱い自分もそのまま。家族を愛しながらも罪を犯し、後悔の念にさいなまれる。そして今、再起を誓い人生を再出発させている。人間臭さそのものだ。クセが強い食べ物のように一度ハマったら抜け出せない。無味無臭の水じゃつまらないのだ。
当然、犯罪は容認されるものではないが、大なり小なり人間は善と悪を持ち合わせ、不格好なものではないか。でも、それをなんとか隠しながら生きている。
彼は社会的には「ダメな奴」かもしれないが、そもそもダメな奴じゃダメなんだっけ?ダメでいいじゃん。
私は彼に出会って、そんな彼の人間性に惚れたダメ人間のひとりだ。ダメで元々、という前提で生きていけたらもう少し他人にも自分にも優しく自由に生きられるのではないか。アンダーグラウンドのリアルな声に耳を傾ければ、ホワイト社会のきな臭さが鼻を衝いて離れない。