SDGs達成期限の2030年に向けた新たな価値観、生き方を語る今回の賢者はアーティスティックスイミング選手の小谷実可子氏。自ら五輪メダリストでありながら「スポーツはオリンピックだけじゃない」と話す小谷氏は2023年以降、世界マスターズ水泳選手権に出場し、24年には男女混合デュエットで金メダルを獲得した。小谷氏が語る未来とは。
【写真を見る】「男女平等は楽しさを広げる」アーティスティックスイミング選手・小谷実可子さん【Style2030】
【前編・後編の後編】
「アスリートは人のため、社会のため、地球のために」
――続いてお話しいただくテーマは何番でしょうか?
小谷実可子氏:
はい。「5番のジェンダー平等を実現しよう」です。
――実現に向けた提言をお願いします。
小谷実可子氏:
「男女平等は権利だけではなく、楽しさを広げる」です。
――これをいつごろから意識されたのですか。
小谷実可子氏:
私の脳みその中に男女平等、ジェンダーイクオリティという言葉が最初に入ってきたのは実は最近で。東京オリンピックのとき、皆さんご記憶にあるかと思うんですけれども、前の会長の女性を軽視した発言が発端となって、会長が代わられました。橋本聖子さんが新会長になったときに、改めて東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会として男女平等とか多様性についてしっかりやっていきましょうと。その中で橋本会長の命を受けて、私が男女平等推進チームのリーダーに任命されまして。オリンピック・パラリンピック開催の半年ぐらい前ですかね。
とはいえ、実は東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会ってサステナビリティも含めて、すごくいろんな取り組みをしていたんです。それがうまく発信できていなかった。そういうことを改めて発信するところからやりましょうっていうことで、東京2020が何をやっているかっていうのをワーッと勉強させていただいたときに、オリンピック・パラリンピックってスポーツのアスリートの勝敗を競う競技会だと思っていたのに、こんなにいろんなことを考えて社会に残すべきことをたくさんやっているんだっていうことを、恥ずかしながらそのときに初めて知りました。
組織委員会だけではなく、IOCと一緒に進めてきたことではありますけれども、開会式のときの旗手も男女でやるとか、東京大会のときはオリジナルで開会式の選手宣誓も、コーチとかレフリー、競技役員それぞれやるんですけど、それも全部男女でやったりとか、決勝も以前は最後っていうと男性種目っていうのが多かったのを、女性の決勝を最後にもってくるものを増やしたり、すごくバランスを取ることをやっていた。
――入ってみると結構一生懸命やっていたけど、外に伝わっていなかったということなんですね。
小谷実可子氏:
はい。開会式のときに男女で旗手を務めるとか選手宣誓が男女とか、そういう部分は見えやすいと思うんです。例えば、ポートレイヤルガイドラインっていうのがあって、報道するときに、「ママさんアスリート」とか「美人すぎるアスリート」とかそういう表現はいけないとか、女性であっても男性であってもアスリートはアスリートで同じであるべきとか、改めて記者発表して、英語の資料とかも全部日本語にして日本のメディアに配ったりもしたので、多分メディアの方はお気づきになったこともあると思うんですけれども、いろいろ細かい取り組みが実はされていた。っていうことなんて、誰も知らないですよね。
――オリンピックは世界最高峰の競技者を集めた大会だという意識が強すぎて、概念や新しい価値観を発信するのがオリンピックだという感覚は足りません。東京2020は地球のためにどんな努力をしてきたと思われますか。
小谷実可子氏:
東京オリンピック・パラリンピックももちろん問題点はいっぱいあったと思うんです。でも、それとは関係なく、対戦を決めたりするくじ引きのごみを捨てるための紙袋一つも買えなくて、スタッフが買ったコーヒー屋さんの紙袋に捨てるみたいな、現場ではすごく工夫をして前例のない大会運営のために頑張った人たちもたくさんいて、そういう人たちが今、日本のそれぞれの出向元に戻っています。
パラリンピックを開催したことで、例えば車椅子の方をバスに乗せたりとかするのも最初はみんな勝手がわからないのが、効率いい乗せ方だったりとか、終わる頃にはサッとできるようになっていた。そういうボランティアの方々も、今日本中のローカルエリアに戻って、きっと障害のある方たちの運搬に貢献していらっしゃると思うんです。
不要不急って言われていたスポーツの存在価値、必要性を高めるためにも、アスリートはただ競技として強いだけではなく、人のため、社会のため、地球のためになってほしい。それを見ることで社会の中でのアスリートやスポーツへのリスペクトが高まり、不要不急じゃなくなる。そんなふうにこれからなっていってほしいなって思います。
視野を広げ、気づきを得た混合デュエットへの挑戦
――男女平等は競技の世界でもだいぶ変わってきているんですか。
小谷実可子氏:
はい。パリオリンピックが男女平等がフィフティ・フィフティになる記念すべき大会です。今まで男性が多くて、いかにそこに女性を増やしていくかだったじゃないですか。我々のアーティスティックスイミングは逆で、今まで男性が加われなかった。そこにパリからついにオリンピックとしては初めてチームの中に男性が2人まで入れるっていう、男性に扉が開かれた記念すべき大会になります。いくつの国が男性を入れてくるかはちょっと未知数ですけれども、可能性としては男性が出られるようになった。
2024年2月、ドーハで行われた世界マスターズ水泳選手権に初めて男性とペアを組み、混合デュエットで出場。見事、金メダルに輝いた。この挑戦で得た気づきとは。
小谷実可子氏:
最初は男女平等の種目なんだよっていうことを言いたいと思って始めたんですが、練習が始まったらそんなことはどうでもよくて、もう楽しいんです。一緒に泳いでいても、隣でパワフルな男性がブワッていくとスピードが高まって一緒につられるし、水中でリフトしてもらっても、今まで経験したことのないような高さまでパーンと出るので気持ちいいと思うし。大変なのは、水の中で水をかきながら演技するんですけど、力強く隣の人が水をかくので、私がかく水がなくなっちゃって、水を取り損ねて巻き込まれたりとか、女性同士では経験しなかったような気づきが毎日あって、何か新しい種目に挑戦しているみたいで楽しいです。
練習に行くにも女性ばっかりだと多少汚い格好でも、起きたままの頭ボサボサな格好でも、どうせ水に入るしっていう感じなのに、やっぱり異性と練習するとなるとそれなりに身だしなみを整えて、水着も見苦しくない水着をちゃんと着て臨みましょうっていう最低限の気遣いというか、身だしなみみたいなものを持つし。男女平等って男女に平等に権利を与えましょうというよりは、男女がいることでそこが楽しくなったり、気づきが広がったり、相手を思いやったりっていう、何か練習場所が豊かになるなって。
視野も広がるな、気づくことも多いな、これが男女が一緒にいるっていうことなんだなっていうことを今回経験させていただき、だから男女平等なんて四字熟語ではなく、男も女もいると楽しいよっていうものが広がっていくといいなと思います。
――確かに男女平等って言うと、まだ男と女を分けたうえで同じ高さという感じで、交わっていないんですね。
小谷実可子氏:
権利を与えて一緒にいるっていう感じじゃないですか。今までは国内で男性選手が参加できるようになりましたと言っても、男子の更衣室がなかったので、トイレで着替えたりっていう時代から、今ナショナルトレーニングセンターのアーティスティックスイミングのプールも男性の控え室だとか更衣室ができたと聞いたので、やっと今、と思いましたけれども、まずはそういうところからですよね。
――最後に、今日のお話を振り返ってどうですか。
小谷実可子氏:
いろんな思いのたけをお話させていただきましたけれども、「マスターズの挑戦も自然体になって本来の小谷実可子に戻っているんでしょうね」って言っていただいたことには、本当にその通りだと思いましたし、これから続けていきたいこと、もっともっとやっていきたいことがおかげさまで整理でき、やるべき未来っていうのがまた見えてきました。
(BS-TBS「Style2030賢者が映す未来」2024年6月16日放送より)