福島浜通り映像・芸術文化プロジェクトトークイベント「巨匠タル・ベーラとみる福島浜通り~」 ハンガリーが生んだ巨匠の教えで映画作りに挑んだ“魂の講義”を振り返る

2024-11-05 12:30

「福島浜通り映像・芸術文化プロジェクト×東京国際映画祭2024 スペシャルトークイベント ~巨匠タル・ベーラとみる福島浜通り~」が11月3日に東京・日比谷のBASE Q HALLで開催されました。本イベントが東京国際映画祭で開催されるのは今年が3回目。今年は、同プロジェクトの一環でハンガリーの巨匠タル・ベーラ監督を福島浜通りに招聘して実施された映画マスタークラスの参加者らによる「福島浜通りで映画を撮るということ」などをテーマにしたトークショーが行われました。ここではトークの一部を抜粋し、当日の様子をお伝えします。

福島浜通りを舞台に巨匠タル・ベーラと7名の受講生が映画製作

福島県浜通りに新たな魅力を創出することを目的として2022年に始動した経済産業省の取り組み「福島浜通り映像・芸術文化プロジェクト」(通称:ハマカル)。同プロジェクト内の「アーティスト・イン・レジデンス事業」では、東日本大震災で避難指示等の対象となった福島県12市町村に一定期間滞在し、映画、演劇、現代アート等芸術作品を制作するアーティストを支援しています。

今年は、同事業で今年2月に行われたタル・ベーラ監督の映画マスタークラス「FUKUSHIMA with BÉLA TARR」をもとに進行。ハンガリー生まれのタル・ベーラ監督は7時間以上の大作映画として知られる『サタンタンゴ』やベルリン映画祭で銀熊賞を受賞した『ニーチェの馬』などの代表作で知られる映画界の巨匠で、2011年に56歳で監督を引退して以降は後進の育成に力を注ぎ、世界各地でワークショップを行っています。

出国直前の体調不良により残念ながらベーラ監督の出席はキャンセルとなりましたが、トークショーには今回の映画マスタークラスの記録映像を撮影した映画監督の小田香氏、映画プロデューサーで『ピンポン』『ノルウェイの森』などを手がけた小川真司氏、同じく映画プロデューサーで『人のセックスを笑うな』『さかなのこ』などを手がけた西ヶ谷寿一氏、相双フィルムコミッション代表の根本李安奈氏の4名が登壇。経産省福島芸術文化推進室の高橋琢磨氏を司会役に、会場に出席した本クラスの受講生7名の声も交えながら、まずは「どのようにして つくられたか(タル・ベーラ監督との製作過程を知る)」をテーマに、福島でのベーラ監督との交流を振り返りました。

映画監督の小田香氏

はじめにベーラ監督が福島に来ることを聞いた時の感想を尋ねられると、かつてベーラ監督主宰の若手育成プログラムに参加し、拠点のサラエボで3年間活動した経験を持つ小田氏は、「最初は『本当に来るのかな?』と思いました。それに、大好きな先輩ですけど、ものの言い方が直接的だったりするので、万が一、発言が誤解されるようなことがあってほしくないなと思っていました」と、若干心配混じりでもあった当時の心境を述懐。一方で、福島県南相馬市出身で福島県沿岸部のロケーションを発信する活動を行っている根本氏は、「タル・ベーラを知っている人はすごく驚いていましたし、知らない人からも『すごい映画監督が来るらしいね』と反響がありました」と地元の盛り上がりについてコメントしました。

「教育ではなく、作り手を解放する」ベーラ監督の教え

続いて、「地元の方との最初の出会い」について受講生側に話が振られると、「人を見ろ、人を撮れ」というベーラ監督の教えを大切に進められてきた制作時のエピソードが多く聞かれ、例えば次のような話が。

「福島に着いた翌日にホテルの近くにあるコンビニに行ったら、いろいろな作業員の方がお客さんで来ていて、そこで出会う人がいたり、道を歩いてみて出会う人がいたり。そんな中、レッカー車で作業している人に出会ってお話をする機会があり、それを撮ってタル・ベーラに見せたら気に入ってもらったので、またそこに行って撮るようになりました」(受講生:シュ・ジエンさん)

「僕は『フィクションが撮りたい』と最初からベーラに伝えていて、それに対して彼からは『フィクションで構わない。ただ、福島の未来を撮りなさい。震災や原発は一切興味ない。とにかく未来だ』という言葉をもらいました。そこから街を歩いたりして長く密着できるような対象を探してみる中で、あるダンススクールの子たちと出会いました。そのうちの一人と話してみると、『いつかはダンサーになるために福島を離れる日が来るだろう』という話が出て、彼女のインタビューをもとにしたフィクションを作りたいと考えるようになりました」(受講生:清水俊平さん)

会場に出席した「FUKUSHIMA with BÉLA TARR」受講生たち

一方で「タル・ベーラ監督からもらった印象に残った言葉」という話題ではこんな話も。

「彼は『教育ではなくて、作り手を解放するだけだから』と言って、私たちに何かを押し付けることはありませんでした。今日、記録映像を見て改めて楽しい時間だと思ったのですが、それがなぜかを振り返ってみると、きっと人間が持って生まれたものやその中の本質を見抜く彼の力がすごかったからだと思います。私たちはいろんなルールを学んできていますが、まるで『そういうものはどうでもいいからお前の中には何があるのか』と自分の内面を見透かされたかのようで、彼と出会えて本当に良かったと思っています」(飯塚陽美さん)

大地震から10年以上経過した今、福島浜通りで映画を作る意義とは

後半の「浜通りという地域(地域の特徴を探る)」「福島浜通りで撮るということ(各立場での意味を模索する)」という2つのテーマでは、9.11の大地震から10年以上が立つ今の浜通りを映像に残すことの意義について登壇者それぞれから次のような声が聞かれました。

「このプロジェクトに参加して福島の方たちと会う中で感じたのは、皆さんのおっしゃる“今の福島”というのが人それぞれによって違うということです。例えば、復興が進んできた今、もちろんつらいことはあったけれど今は前を向いている姿を撮ってほしいとおっしゃる方もいれば、震災後、スタッフが避難先から戻ってこない現実を伝えて欲しいという車の修理屋さんとも出会いました。そこには私たちのような人間がこれからやらなければならない何かがあると感じました」(小田氏)

「今回、受講生の作品を見させてもらって、それぞれに今の福島への違った見方があると感じました。そして、例えばこれが3年前だったら、同じ人たちでもまた全然違った話が作られただろうとも感じました。視点の違う7枚のタペストリーを見て、今の浜通りの全貌が見えたという印象です。今の福島を撮ることで10年後、20年後も今の福島を振り返ることできる。そこに意義があると思います」(小川氏)

映画プロデューサー・小川真司氏

「町ごと同心円状に徐々に避難解除がされてきた中、今の浜通りには同じ地域の中でも“現在地”のグラデーションがあるのが現実です。やはり震災直後から活動できた方と5年10年経ってから避難が解除されてスタートされた方とでは気持ちが大きく違うと思います。ただ、待っていても何も変わらない地域なので、新しく何かを生み出そうと取り組んでいる方々が多いのは、とても面白い面だと思っています」(根本氏)

相双フィルムコミッション代表・根本李安奈氏

残念ながらベーラ監督の来日は叶いませんでしたが、彼に接し、彼と一緒に福島浜通りを見つめた参加者たちからはさまざまな思い出と未来志向の前向きな言葉が語られました。クリエーターの眼で見た今の福島浜通りのリアルは、会場に集まった100名以上の観衆の関心を大いに集め、今後の「福島浜通り映像・芸術文化プロジェクト」の活動が楽しみになるトークイベントでした。

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