令和のホームドラマは、何を描き、誰に届けるべきか? 3姉弟の人生の“分岐点”を描く『スロウトレイン』で、映画「罪の声」(2020)ぶりに再びタッグを組んだ脚本家・野木亜紀子と監督・土井裕泰が、制作の裏側とオリジナルドラマの可能性を語る。視聴者の“共感”を超えて、新たな価値を届ける作品作りとは。
【写真を見る】「オリジナル作品じゃないと使わない筋肉みたいなものがある-」脚本家・野木亜紀子と監督・土井裕泰が考える令和のホームドラマ像【スロウトレイン】
土井裕泰が見抜いた、野木亜紀子の“生み出す力”
――野木さんがオリジナル作品を書き始めたのは、土井さんの言葉がきっかけでもあるとうかがいました。
土井 僕が監督を務め始めた1990年代は、連続ドラマはほとんどの作品がオリジナルストーリーだったのですが、昨今の脚本家の方は、まずは原作のある作品を任せられることから始まります。そんななかで、野木さんはオリジナル作品を書くべきだと感じ、『重版出来!』(2016/原作・松田奈緒子)の打ち上げで皆さんの前でお話したんです。それがきっかけの1つになったのだとしたらうれしい限りです。
野木 土井さんの言葉があったから、原作があるドラマの依頼を一度断って、オリジナルを書きたいと宣言しました。そうして始まったのが『アンナチュラル』です。もし土井さんがあのタイミングで言っていなかったとしてもきっといつかオリジナル作品を書いていたと思いますが、少なくとも『アンナチュラル』ではなかったでしょう。そうなったら、『MIU404』も映画「ラストマイル」も生まれていないわけですから、脚本家人生のなかでも大きな転機でした。
――土井さんは、なぜ野木さんなら“書ける”と思ったのでしょうか。
土井 最初に一緒に手掛けた『空飛ぶ広報室』(2013/原作・有川ひろ※有川浩より改名)では、原作ではあまり描かれていないキャラクターを主人公にしていました。なので、野木さんがご自身で取材を重ねたうえで主人公側のオリジナルエピソードを生み出したんです。連続ドラマの過酷なスケジュールにもかかわらず、綿密な取材を経て描かれたエピソードは原作のテーマを深める機能も果たしていて、そのときから野木さんの“生み出す力”を強く感じていました。『重版出来!』の最終話も、一度出来上がったものをご自身で白紙に戻し、一晩かけてさらに良いものを作ってくださって。こういう人こそ、オリジナル作品を書くべきだと思ったんです。
オリジナルドラマに挑むことで磨かれる“作り手”としての力
――オリジナル作品の醍醐味はどんなところにありますか?
野木 オリジナル作品は全てがゼロから始まります。プロデューサー、ディレクター、脚本家、そして役者さんと作品を作るうえで、オリジナル作品じゃないと使わない筋肉みたいなものがある。原作モノの面白さはもちろんありますが、それが大半を占める時代になったために、今は脚本家もプロデューサーも、オリジナル作品を作る力が失われつつある気がしています。
土井 オリジナル作品を作るときに、制作者それぞれの全人格というか、今まで生きてきた経験の全てを出し合って勝負しないといけない場合があるんです。だからこそ、ドラマを一緒に作る人には、自分をさらけ出せる信頼感がないといけないなと思っています。
野木 最近は再び、オリジナル作品を作る流れが出てきているように感じますが、今後もその波に乗る方が出てきたらいいなと願っています。
――そんな体当たりの制作のなかで、お互いにすごいと思うところはどこでしょうか。
野木 こんなに穏やかかつ、才能あふれる監督は、映像業界になかなかいないと思います。今回、スタッフさんたちも「土井さんがやるなら」と率先して参加されたと聞きました。そういった人格や人望って、作品に携わるにあたってすごく大切なんだなと改めて思いました。
土井 野木さんはとにかく根性がある(笑)。自分が納得いくまで、絶対に妥協しないんです。そして、はっきりと意見を言う人なので、僕はとても仕事がしやすいです。僕たちの仕事には正解がないので、ないものは「ない」と野木さんが明確に判断してくれることで、ぼんやりとしていたテーマがちゃんと見えてくるんです。
野木 連続ドラマの全話脚本を初めて手掛けたのが土井さんとご一緒した『空飛ぶ広報室』で、デビューして間もないころでしたが、そのときから結構はっきり言っていて(笑)。でも土井さんは、はるかにベテランなのに、同じ目線でしっかり話を聞いてくださったことをよく覚えていますし、打ち合わせを重ねるなかでたくさんの学びをいただきました。
多様化する視聴スタイルと、令和のホームドラマが目指すもの
――現代ではあらゆる層に支持される番組を作ることが難しくなってきていると思いますが、『スロウトレイン』はどんな視聴者を想定されていますか?
土井 少し前までは、F1=女性20〜34歳、F2=女性35〜49歳など、いわゆる「主婦層」という言葉を使い、チャンネル権を持っている層に向けて制作していたところもあります。今は女性たちも仕事を持ち、テレビの前で見るだけでなく、自分の見たい時間にスマートフォンなどで楽しむのが当たり前の時代です。だからこそ、本作はそういう方々にも届くホームドラマを目指しました。
――ドラマが持つ力についてはどうお考えでしょうか。
野木 例えば『逃げるは恥だが役に立つ』(2016/原作・海野つなみ)は原作の力もあり、たくさんの方に見ていただけました。ただ、そこで描いたことで世界がどれぐらい変わったかと言われると、あまり変わっていないような気もしています。良くも悪くも世の中の進みはゆっくりです。劇的に何かを変えることはできなくても、ドラマでスタンダードとして描くことで、少しずつ意識は変わっていくのかもしれない…と思います。
――ある意味、ドラマも誰かの“分岐点”になるものですよね。
土井 オリジナル作品に限らず、この仕事をしていると、時々誰かの人生に知らず知らず何らかの影響を与えていることに気付かされます。僕が手掛けたドラマを見て「看護師になろうと思いました」とか、映画「いま、会いにゆきます」を見て、「そのときの人と結婚し、子どもが20歳になりました」とか、折に触れて、知らないどこかの誰かの人生に影響を与えていることを知ることも。そのたびに、当たり前ですが、「ちゃんと作らなきゃいけないな」と背筋が伸びます。世の中の見過ごされていることをエンターテインメントを通して届けることも、この仕事の醍醐味。何かを伝える仕事であり、伝えること、伝えたことへの責任を持たないといけないなと思っています。
オリジナルドラマには、制作者の経験と信念が色濃く反映される。ゼロから紡がれた物語とキャラクターが、視聴者に新たな発見や共感を届ける。見えない誰かの“分岐点”になる可能性を秘めた作品は、これからもその存在意義を問い続けていくだろう。