社会課題扱う広告の「炎上」はなぜ起こる? クリエイティブディレクター辻愛沙子さんが語る、

近年、企業の広告やコミュニケーション活動において、社会課題に言及するものが増えてきました。しかし、その一方で「炎上」という形で意図しない批判を浴びてしまうケースも後を絶ちません。
なぜ、よかれと思って発信したメッセージが炎上してしまうのか。そして、本当に届けたい相手を傷つけず、想いを伝えるためには何が必要なのか。クリエイティブディレクターとして、数々のプロジェクトを手掛けてきた辻愛沙子さんと、社会課題とクリエイティブの関係性について深掘りし、その具体的な方法論に迫ります。
【東京ビジネスハブ】TBSラジオが制作する経済情報Podcast。注目すべきビジネストピックをナビゲーターの野村高文と、週替わりのプレゼンターが語り合います。今回は2025年10月12日の配信「辻愛沙子さんと考える「社会派クリエイティブ」とは?part 2」を抜粋してお届けします。
広告業界の変化と、社会課題における「専門性」
野村:辻さんは社会課題を起点としたコミュニケーションを数多く手掛けられていますが、この領域における変化を感じることはありますか?
辻:私がキャリアをスタートした頃に比べ、この10年間で社会課題という領域にかなり光が当たり、注目されるようになったと感じています。例えば、有名な国際広告アワードでは、かつて「ソーシャルグッド」のようなカテゴリがありましたが、何年も前に廃止されました。これは、広告が「広く告げる」役割を持つ以上、必然的に「社会的責任が伴う」という考え方が世界的に主流になったからです。
クライアントの商品が売れることはもちろん重要ですが、それを通じてブランドの思想を伝え、生活者にどんな影響があるかまで考えるべきだ、という風潮に変わってきています。今や社会的意義は、ひとつのカテゴリではなく、あらゆる広告における大前提の視点となっているのです。
野村:なるほど。業界全体で意識が変わってきているのですね。
辻:ただ、課題も感じています。クリエイティブの世界、例えばデザインには、長い歴史の中で多くの先達がいて、学ぶべき体系が確立されています。しかし、社会課題、特に人権周りの話は、これまでアカデミアや福祉、NPOといった専門領域に閉じて語られてきた側面があるのです。
デザインのスキルと同じように、社会課題の視点にも「専門性」があるということを、業界全体としてもう少し知ってほしいと感じます。例えば、6月のプライド月間(世界各地でLGBTQ+の権利を啓発するための活動が行われる期間)に合わせて「トレンドだから」と安易に広告を出すようなケースがありますが、社会「課題」である以上、その背景には誰かの痛みや悲しみが存在します。
なぜメッセージは「炎上」するのか? そのメカニズムと回避策
野村:想いは素晴らしいのに、表現が間違っていた結果、炎上してしまうケースは確かに目にしますね。
辻:よかれと思ってやったのに炎上すると、「もう怖くてこのテーマには触れないでおこう」となってしまう。しかし、他社の炎上事例を分析すると、どこに炎上の種があったのかは、かなりクリアに分析できます。未然に防ぐことは十分に可能なのです。
野村:具体的には、どのような点が炎上の火種になるのでしょうか。
辻:それぞれの社会課題の領域には、独自のコミュニティや言葉遣いが存在します。「このテーマでこの言葉を選ぶと、意図しないニュアンスで受け取られる」といったハイコンテクストな表現が無数にあるのです。例えば、「障害は個性だ」という表現は、時として暴力的になり得ます。誰が言うかにもよりますが、その人の痛みをなかったことにしてしまう可能性があるからです。過去には、こうした表現に関連するコピーが炎上した事例もあります。
一方で、日本では「炎上」と一括りにされがちですが、中には建設的な「議論」になっているものや、当然「賛否」が分かれるものもあります。
野村:そうですね。明らかに不適切なものに対する指摘もあれば、言いがかりのようなケースまで様々です。
辻:意図的に火をつけようとする「放火」のようなケースもありますね。だからこそ、私たちは「この企画、このメッセージは誰のために出すものなのか」という原点を、事前にクライアントとかなり密にコミュニケーションを取ります。
例えば、12月にある「障害者週間」に向けた施策なら、中心となるのは障害のある当事者の方々です。その方々が抱える課題や見えている景色を広く届けることが目的になります。もちろん、障害のない方から様々な意見が出る可能性はありますが、あくまで「この企画は誰のためにやるのか」を明確にすることが重要です。この軸がずれると、炎上が直接株価に影響することさえあります。
炎上させず、想いを届けるための具体的な3つのステップ
野村:角を丸くすればいいというわけでもないですよね。それでは誰にも届かないものになってしまう。エッジを効かせつつ炎上はさせない、という絶妙なバランスが求められると思います。炎上対策として、具体的にどのようなことをされているのでしょうか?
辻:私たちは、大きく3つのステップを意識しています。まず1つ目は「多様な視点を持つチームビルディング」です。例えばプライド月間のようなテーマを扱う際は、私自身もそうですが、まず当事者をチームに入れることを非常に大事にしています。当事者が不在のまま企画が進むことがないように、強く意識していますね。
野村:当事者の視点は不可欠ですね。
辻:一方で、当事者だけで作ると、知っている人同士のコンテクストだけで進んでしまい、広告の役割である「広く告げる」という点で、メッセージが伝わりにくくなることもあります。ですから、よりマス的な感覚を持つ人や、例えば女性エンパワーメントがテーマでも男性の視点を入れるなど、スキルセットだけでなく、メンバーの持つ多様なアイデンティティを考慮したチーム作りを心掛けています。
2つ目は「目的と『踏み込み度』の徹底議論」です。特に様々な議論が巻き起こりそうなテーマでは、最初にクライアントと「何のために、誰のためにこのメッセージを届けるのか」「誰を一番守らなければいけないのか」を明確にします。その上で、「どこまで踏み込めるのか」を議論します。企業には様々な立場の方がいて、本社の方針など、向き合わなければならない事情も多々あります。生活者から見れば「もっとはっきり言ってよ」と思うかもしれませんが、組織としての着地点を丁寧に見つけていくのです。
そして3つ目が最も重要だと考えているのですが「なぜその企業がそのテーマでメッセージを出すのか」という整合性です。
企業の「行動」とメッセージを繋ぐのがクリエイティブの仕事
野村:3つ目の「整合性」というのは、具体的にどういうことでしょうか。
辻:いくら社会的に正しく見えることでも、その企業が「なぜ言うのか」という納得感がないと嘘っぽく見えたり、いわゆるウォッシュ(イメージ向上のためだけに行動が伴わないメッセージを発信している)と受け取られかねません。実際に、そうしたケースでの炎上も非常に多いです。
野村:たしかに、いいことを言っている風に見えても、その企業のこれまでの行動とセットでなければ、説得力がありませんね。
辻:おっしゃる通りです。今の情報社会では、生活者の皆さんは非常に目が肥えているので、嘘や建前は見抜かれてしまいます。そうなると「この企業はこんなメッセージを出しているけど、裏では……」といった粗探しが始まり、炎上が拡大することもあります。
ですから私たちは、クライアントがそのテーマで過去にどんな取り組みをしてきたか、社内でどんな制度を整えてきたか、といった裏付けを探します。宣伝部の方だけでなく、人事の方にヒアリングさせていただくこともあります。「なぜその企業がそのテーマに向き合うのか」という接続点を、チーム内でしっかり納得した上で広告を出すようにしています。
野村:なるほど。これまでの企業の歴史や事業そのものが、メッセージの説得力になるのですね。
辻:その接続点は、必ずしも直接的な社会貢献活動だけではありません。例えば、「『可愛い』のあり方は多様だ」というメッセージを出したいプリクラメーカーがあったとします。その企業は、目を大きく見せる機能など、時代ごとの「可愛い」に向き合い続けてきた歴史があります。それは一つの接続点です。そのように、企業の歴史や事業内容など、様々な側面から「なぜこの企業がこのメッセージを出すのか」を考える。既にあるものに光を当てるというより、その接着地点を探していくこと自体が、私たちのクリエイティブの仕事なのだと思っています。
<聞き手・野村高文>
Podcastプロデューサー・編集者。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、NewsPicksを経て独立し、現在はPodcast Studio Chronicle代表。毎週月曜日の朝6時に配信しているTBS Podcast「東京ビジネスハブ」のパーソナリティを務める。