プロランナーが日本人ワンツー 先駆者・大迫傑の“成熟”と、遅咲き・鈴木健吾の“開花”予兆【東京マラソン】

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2026-03-03 12:00
プロランナーが日本人ワンツー 先駆者・大迫傑の“成熟”と、遅咲き・鈴木健吾の“開花”予兆【東京マラソン】

3月1日に行われた東京マラソンで、大迫傑(34、LI-NING)が2時間05分59秒で日本人トップの12位、鈴木健吾(30、横浜市陸協)が2時間06分09秒で13位。プロ選手として活動している2人が日本人1、2位を占めた。

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大迫は1シーズンを日清食品グループに所属したが、早大卒業後すぐに米国オレゴン州のチームを拠点に、実質的にプロ選手として活動をスタートさせた。16年リオ五輪にトラックで、21年東京五輪と24年パリ五輪にはマラソンで出場。東京五輪で6位入賞を果たしている。15年には5000mで13分08秒40と日本記録を樹立。マラソンでも18年に2時間05分50秒(日本人初の2時間5分台)、20年に2時間05分29秒、25年に2時間04分55秒と日本記録を3回更新した。鈴木は神奈川大から富士通に進み、21年にマラソン日本人初の2時間4分台となる2時間04分56秒をマーク。翌22年にはセカンド記録日本最高もマークした。本番は新型コロナに感染し出場できなかったが、同年のオレゴン世界陸上代表入りを決めた。新旧日本記録保持者が、2度のMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。五輪最重要選考会)以外では初めて直接対決した。

史上初の2時間4分台日本選手のデッドヒート

東京マラソンの第1集団は2時間2分台を目指すペース設定だったため、有力日本人選手は第2集団でレースを進めた。30kmでは大迫、鈴木、東京2025世界陸上11位の近藤亮太(26、三菱重工)、ニューイヤー駅伝5区区間賞の太田蒼生(23、GMOインターネットグループ)、そして“山の名探偵”工藤慎作(21、早大3年)と、大会前に注目を集めた選手たちが揃っていた。

最初に動いた日本人選手は鈴木だった。32km手前で前に出て、他の日本選手たちを引き離し始めた。だが鈴木のペースアップは長くもたず、34km付近では集団に吸収された。

「中国の選手が前に出たので、その流れに自分も乗って行きたいと思ったのですが、付ききれませんでした。あそこで行き切れたら、本来の自分の走りだと言えるのですが、まだまだですね」

その後は大迫が集団の先頭に立つ形でレースが進んだ。38km付近からは、日本勢では大迫と鈴木の先頭争いに。新旧日本記録保持者対決は過去にもあったが、2時間4分台を持つ日本選手同士の争いは、マラソン史上初めてのシーンだった。大迫は「(マラソンファンは)みんな盛り上がっているだろうな」と思いながら走っていたという。

レース2日前の会見で、大迫は「2人の自己記録とセカンド記録を足したタイムが一緒なんです」とコメントした。

【大迫】
2時間04分55秒(25年バレンシア)+2時間05分29秒(20年東京)
【鈴木】
2時間04分56秒(21年びわ湖)+2時間05分28秒(22年東京)

これは「数字の面から見ても非常に面白い関係。楽しんで見てもらえたら」という狙いで発言した。その言葉通り、日本のマラソン史上最速の2人が激しく競り合っていた。

最速同士の対決は大迫が、40km以降で10秒の差を付けて決着した。

「あれは対決というよりサバイバルでした。ペースを上げるのではなく、落ち幅をどれだけ少なくするか、という勝負。今回はちょっとだけ僕の方が耐久力があった。それだけの話だと思います」

鈴木の力を認めた発言であり、外国勢とのタイム差も考慮して控えめに話したと思われる。だが大迫のラスト2.195kmは6分30秒で、6~9位の選手たちより速いタイムでカバーしていた。

トレーニングの変更で「毎年元気になっている」と大迫

2人の対決は過去2回。19年MGCと23年MGCだけで、19年は大迫3位・鈴木7位、23年は大迫3位・鈴木途中棄権で、大迫が2連勝中だった。プロ選手として自身のスタイルを早い段階で確立した大迫が、MGCという大一番でも安定した強さを見せていた。前述のように五輪マラソンには2大会連続で出場し、東京五輪では6位とプロ選手の名に恥じない活躍をしてきた。

大迫の一番の特徴は、世界で戦う意思の強さだろう。学生駅伝に出場していた頃も、トラックで世界と戦うことを常に意識していた。大学4年時の箱根駅伝前に、オレゴンのチームで練習をしたことにそれが現れていた。自身の力でスポンサーを獲得したり、コーチと契約したりするなど競技や生活環境を整えた。拠点とする米国だけでなく、ケニアでも何度もトレーニングを行っている。そして何より、ハードなトレーニングとケガをしないことを両立させた。

もちろん大迫といえども、全てが上手く運んでいたわけではない。拠点としていたチームは19年に解散したし、東京五輪には大会後の引退を表明して出場したため、一度引退したこともあった(22年に現役復帰)。24年はボストン・マラソンで13位、パリ五輪でも13位と入賞を逃している。昨年2月の丸亀国際ハーフマラソンは44位だった。しかし大迫は昨年12月のバレンシアマラソンで、2時間04分55秒と日本新で復活した。

「バランスの良いトレーニングを積めるようになりました。昔は元気すぎたこともあって、ハードなトレーニングでぐんぐん押していましたが、一昨年あたりから結果的に、トレーニングのやりすぎや距離の踏みすぎ、いわゆる追い込み過ぎだった部分が、今思えばありました。そこをちゃんと、心拍など色んな部分をデータ化することで、自分がもっと頑張りたい、あるいは休みたいという気持ちではなく、客観的なデータで判断するようになったんです。現状をデータとして把握することで3か月、6か月スパンの中で上手く継続して、効率よくサイクルを回していくことができるようになりました。トレーニングをしすぎると回復が不十分になって、トレーニングのクオリティが下がってしまいます。結果的にレースペースでのトレーニングができなくなったりしました。そういったところが効率化されて、より良いトレーニングができるようになっています」

コーチには、オレゴンのチームに所属していた当時から継続して指導を受けているが、そのコーチとの関係も変化しているという。「僕もアスリートとして成熟しきて、コーチもそこを理解して尊敬してくれて、イコールの関係でやっています。以前ほどべったりではないのですが、より強い信頼関係の中でコミュニケーションをとってトレーニングができています」

今回は暑さと向かい風も影響し、ペースメーカーが予定のペースで先導できず、タイムは想定を下回った。だが東京マラソンの大迫は、プロ選手として新たな段階に上がった、と言える結果を残した。

「60%」の状態でもプロとして結果を出した鈴木

一方の鈴木は今回が、マラソンとしてはプロ初戦。セカンド記録を更新すれば、上位2パフォーマンスの合計タイムで大迫を上回ることができたが、2時間06分09秒はサード記録だった。

だが今回の鈴木は「60%の状態」だったという。体調の良し悪しでなく、目指す走りの動きという見方をしたときのパーセンテージだ。上半身のリラクゼーションがしっかりできている状態で、それでも腕振りを推進力にできることが鈴木の理想とする走りだ。東京マラソンのレース後にも「もう少し上半身に力強さが欲しいというか、上半身と下半身の連動もそうですけど、もうちょっと筋力も付けていきたい。今はシューズの進化もあるので、自分の動きと上手くはめて行きたいのですが、もう少しかな」と話している。

鈴木は昨年10月、富士通から独立する形でプロになった。自分のスタイルでマラソンを極め、一度も代表になっていない五輪で活躍する。その思いが強かった。特にトレーニング面では、駅伝とマラソンを上手く両立させることができなかった。同じチーム内には駅伝と個人種目、マラソンを両立させる選手がいたが、自分はそれができるほど器用ではない、と7年間を過ごして結論を出した。

練習メニューや合宿場所など、トレーニングは鈴木自身が考え、実行している。スポンサー獲得は、自らプレゼンテーションを行った。神奈川大時代に鈴木を指導した大後栄治氏(関東学連副会長)は、今はアドバイザー的な関わり方だが、鈴木の変化を次のように話している。

「1回1回の練習を集中してやるようになりました。多くの方の支援やスポンサーもついていただき、感謝の言葉をしっかりと口にしています。心のこもった対応をしていますね。マラソン代表を目指す自覚が高くなっています」

大後氏も今の鈴木の状態は「7割」だと見ていた。東京マラソンでそれ以上の走りができたとしたら、日々の練習への向き合い方や、トレーニングの新たなスタイルが功を奏した結果だと考えていた。東京マラソンに向けての練習で、40km走プラス1kmと45km走を中2日で行ったりしている。一般的には40km走を行うことが多いが、鈴木はプラスアルファを加えている。「狙いは健吾本人でないとわかりません」と大後氏が言うくらい、鈴木自身のオリジナリティが出始めている。

鈴木が前日本記録を出したのが21年2月28日。それから5年と1日後に、プロとしての初マラソンを走った。レース前に「できれば自己記録の更新」を目標としていたが、最低限の目標であったMGC出場権は獲得。今回の結果にはホッとしている部分もある。

「独立して初めてのマラソンだったので、自分の中では大切に走りました。そういう意味では良いスタートが切れたと思っています。記録的には成長のない5年間ではあるんですが、苦しい時期や、試行錯誤してやる時期も多くあったので、そういう時期ももう一度ステップアップするために必要な時間だった。そう思えるようにこれからやっていきたいです」

30歳はプロ選手のスタートとしては、遅いのかもしれない。だがマラソン初戦の結果で、鈴木はプロ選手としてのスタイルやトレーニングが、順調に進んでいることを実証した。遅咲きプロ選手として、早い段階で開花することが期待できそうだ。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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