「戦争花嫁」に俳優・奈緒さんが取材 戦後すぐにアメリカ兵に嫁いだ日本人女性 しかし、異国で夫の愛に疑問を抱く事態に こどもとの愛に支えられ、生き抜いたその壮絶な半生記

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2026-03-21 16:06
「戦争花嫁」に俳優・奈緒さんが取材 戦後すぐにアメリカ兵に嫁いだ日本人女性 しかし、異国で夫の愛に疑問を抱く事態に こどもとの愛に支えられ、生き抜いたその壮絶な半生記

第二次世界大戦後、駐留したアメリカ兵などと結婚し、海を渡った日本人女性がいました。その数は5万人とも言われます。彼女たちは「戦争花嫁」と呼ばれました。異国での差別や偏見、過酷な運命と向き合いながら、生き抜いてきた女性の人生はどのようなものなのでしょうか。

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俳優の奈緒さんが、アメリカで取材をし、知られざる「戦争花嫁」たちの半生に迫ったドキュメンタリー映画『War Bride2 奈緒と4人の戦争花嫁』(TBSドキュメンタリー映画祭にて上映中)から、ある一人の女性の壮絶な人生と、子どもへの母の深い愛の物語をお伝えします。

「清水の舞台から飛び降りる勢いで」アラスカへ渡った女性

アメリカ・ワシントン州で、奈緒さんが話を聞いた「戦争花嫁」恵子・ジョンソンさん(90)。

東京の淀橋区(現在の新宿区)で生まれた恵子さんは、1951年、高校1年生のときに、兄の友人でアメリカ軍の立川基地に勤務していた黒人のアメリカ兵、アルバートさん(当時23歳)と出会いました。

とても人懐っこい性格だったアルバートさん。恵子さんは貧しい生活でしたが、家に遊びに来たアルバートさんに、ささやかな手料理を振る舞い、食卓を一緒に囲んでいたそうです。

その後アメリカに帰国したアルバートさんは、恵子さんのお兄さんと文通を続けていました。ある時、アルバートさんから来た手紙を読む兄の表情に変化がありました。

恵子さんが「どうしたの?」と聞いても、お兄さんは喋りません。何かおかしいと思い恵子さんが手紙をのぞき込むと書かれていたのは。

「実は恵子がすきだった」

それから8年半。アルバートさんが再び来日しました。しかし恵子さんは仕事が忙しく、アルバートさんに会う時間が取れませんでした。

するとアルバートさんから連絡があり「恵子、私はあと5日しか日本にいられないんだ。もし結婚してくれるなら早くイエスと言ってほしい」

突然のプロポーズ。当時の恵子さんに特別な恋心があったわけではありませんでした。でも、アルバートさんが住むアラスカの写真に魅せられ「こんな素敵な所に住みたい」と思ったといいます。まさに「清水の舞台から飛び降りる」思いで結婚を決意したと振り返ります。

人種差別、夫の失踪…待ち受けていた過酷な現実

しかし、海を渡り自由の国・アメリカに着いた恵子さんを待っていたのは、想像を絶する過酷な日々でした。

1960年代当時のアラスカでは人種差別は法律で禁止されていましたが、実際には黒人と日本人の夫婦が家を借りることは非常に困難で、モーテルで暮らす日々でした。

「黒人にアパートを貸すとそこのアパートの値打ちが下がる」などと契約をしてくれないのです。アルバートさんは自分が黒人ということだけで社会から疎外される「どうしようもない現実」に気持ちが爆発し、声をあげて泣くこともあったそうです。

その後、知人のつてで何とか物置を改造した家に住むことができたアルバートさんと恵子さん。アパートを借りることもできて3人の子どもを生み育てました。

「あなたたちを愛しているから」帰国を諦めた母の決断

しかし、幸せは長くは続きませんでした。夫に妻として愛されていないと感じることが多かったそうです。

しかも、アルバートさんは醤油一本すら自由に買わせてくれない「経済的DV」を振るう人でした。幾度も日本に帰りたいと思ったそうです。

奈緒さん
「日本には帰られたのですか?」

恵子さん
「半分黒人の血が入った子ども3人を日本の社会に連れて行ったらどのように扱われるか?子どもをアメリカに置いて、一人で帰ろうか…。苦しくて苦しく泣きました、コントロール出来ないくらい泣きました」

奈緒さん
「どうやって乗り越えたのですが?」

恵子さん
「辛さというのは試練であるという言葉に支えられました。試練を通して成長すると。子どもの事を思うと、これは我慢をしなければならないと思いました」

何かを悟ったように失踪した夫

少しずつ光が見えかけていたある日、夫のアルバートさんが突然、失踪しました。

その時に恵子さんは自分が愛されていなかった理由が分かったそうです。

アルバートさんは同性愛者で、自分は女性として愛されていなかった。
――恵子さんは、ある意味ほっとしたと振り返ります。

一度は落ち込んだものの力をふり絞って3人の子どもを育てようと再び立ち上がり、その後職を得て育ち盛りの子どもが必要とするものを経済的に備えられるようにと、大学にも通いました。

恵子さんの背中を見て育った娘たちは、今、母への感謝の気持ちを語ります。

長女のエイミーさん
「母は、日本の社会に私たちが溶け込めないだろうと考えて帰らなかった。母は、私たちの将来の為に犠牲を払ってくれたのです。でも母は決してそれを私たちに気づかせなかった」

次女のジャネットさん
 「母はあの時、帰りたかったのだと思う。でも私たちのことを考えて、帰らない決断をしたんです」

娘たちの言葉を横で聞いた恵子さん。娘たちに当時の気持ちを語りかけました。

恵子さん
「本当は帰りたかった。でも、あなたたちをアメリカに残して日本には帰れなかった。それで私が耐えると決意したのよ。だって、あなたたちを愛しているから」

苦難に耐えながら3人の子どものために人生を捧げた恵子さんの言葉に、奈緒さんも、娘たちも涙を流していました。

戦後80年。時代に翻弄されながらも、愛と尊厳を持って苦難の道を切り拓いていった「戦争花嫁」たち。

歴史の教科書には載らない彼女たちの真実の記憶を、私たちはどう受け取り、未来へつないでいくのでしょうか。

映画『War Bride2』は、その重い問いを社会に投げかける作品にしました。

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