プロ野球から反社会勢力を消した2人の男 元特捜部長・熊﨑勝彦と猪狩俊郎弁護士の執念 異色の副知事とのタッグで捜査の突破口【平成事件史の舞台裏(32)】

TBS NEWS DIG Powered by JNN
2026-03-24 07:00
プロ野球から反社会勢力を消した2人の男 元特捜部長・熊﨑勝彦と猪狩俊郎弁護士の執念 異色の副知事とのタッグで捜査の突破口【平成事件史の舞台裏(32)】

プロ野球のルーツは、今からおよそ90年前に遡る。1936年2月5日、「日本職業野球連盟」が発足。7球団によって産声を上げた。

【写真を見る】TBSテレビ「news23」に出演する猪狩弁護士

だが、その歩みは順風満帆ではなかった。翌1937年に日中戦争が始まり、1941年には太平洋戦争が勃発。プロ野球は、国家総動員体制の中で翻弄され、やがて中断を余儀なくされていく。

そして、敗戦――。

瓦礫の中から、プロ野球は「平和の象徴」として再出発する。原爆投下に見舞われた広島では復興の願いを背負い、広島カープが誕生した。1970年代に入るとテレビ中継が全国に普及し、プロ野球は国民的娯楽としての地位を確立していく。

しかし、その華やかな表舞台の裏で、スタジアムは長く「清潔で安全な空間」とは言い難い現実を抱えていた。

高度経済成長期から2000年代前半にかけ、阪神、巨人、中日など一部球団の「私設応援団」は、暴力団と深く結びつき、強大な影響力を行使していた。外野席を占拠する鳴り物入り応援、ダフ屋によるチケットの高額転売、みかじめ料の強要。球場は次第に「無法地帯」と化していった。

こうした歪んだ構造に、「法律」を武器に正面から挑んだ二人の元検事がいる。元東京地検特捜部の熊﨑勝彦と、かつての部下でヤメ検弁護士の猪狩俊郎だ。

プロ野球の暴力団排除活動に携わっていた猪狩は、「野球界の暴排には、クマさんの力が不可欠だ」と強く訴え続けた。その要請が実を結び、熊﨑は検察庁を定年退官後、プロ野球界へと身を投じる。

転機は、猪狩に寄せられた1件の「情報提供」だった。阪神タイガースの私設応援団の元暴力団員が「応援歌」を悪用し、巨額のカネを得ているというのだ。

猪狩は水面下で旧知の元警察官僚に相談し、突破口を探る。警察は「著作権法違反」という切り口で、暴力団の「資金源」に初めて法のメスを入れた。

だが、球界浄化への道のりは平坦ではなかった。中日ドラゴンズの私設応援団が「入場が拒否されたのは不当だ」と反発し、NPBと12球団を相手取って提訴したのだ。

これは、検事出身の二人の男と「反社会勢力」との闘いの記録である。プロ野球という「夢の産業」に巣食っていた闇と、彼らはどう向き合ったのか――。

関係者の証言や取材記録をもとに、その知られざる攻防の舞台裏を描く。

プロ野球からの「反社会勢力」排除 元特捜部長が見た“歪んだ構造”

2004年、プロ野球界における「反社会勢力」の排除は、もはや先送りできない局面に入っていた。そのさなか、最高検察庁公安部長だった熊﨑勝彦は、当時プロ野球コミッショナーを務めていた根来泰周からこう言われた。

「クマちゃん、“コミッショナー特別顧問”として暴力団排除を手伝ってくれへんか」

熊﨑は後に、野球への情熱を筆者にこう語っている。

「おれは岐阜出身、おまえは三重出身。お互い根っからのドラキチ(中日ファン)だわな。草野球じゃ下位打線のへたくそだったが、野球は好きだった。検察や警察といえば世間は距離を置きたいと思うが、スポーツは違う。人を明るくする世界、というイメージがあったんだ」

当時、熊﨑は長年勤めた検察庁の定年退官を翌年に控えていた。

「最高検の公安担当は組織犯罪やテロ対策が中心だが、当然、暴力団や反社会勢力も視野に入れている。そんな折に、検事時代の先輩である根来さんから“球界で暴排をやってくれないか”と誘われた。自分を必要としてくれるなら力になりたい――それが背中を押した」

東京地検特捜部時代、熊﨑は永田町に睨みをきかせていた。

「ドブさらい」――自らの仕事をそう称していた。
「リクルート事件」では公明党の池田克也、「共和汚職事件」では宮澤派事務総長の阿部文男、「ゼネコン汚職事件」では元建設大臣の中村喜四郎を起訴(後に有罪確定)。
そして1993年には、政界のドンと呼ばれた元副総理・金丸信の巨額脱税事件を摘発した。直後の総選挙で自民党は大敗、結党以来初めて野党に転落する。

熊﨑が一貫して担ってきたのは、「政治とカネ」の浄化である。そして、その標的は「反社会勢力の排除」へと移っていく。

構図は、これまでと何一つ変わらない。特権を振りかざす者たちの背後で、善良な有権者や納税者、さらには観客やファンといった一般市民が不利益を被る。
その歪んだ構造を白日の下にさらし、断ち切ること――それこそが、熊﨑に課された使命だった。

かつて熊﨑が横浜地検にいた頃、その部下だったのが猪狩俊郎である。
猪狩は1990年に検察庁を退官し、いわゆる「ヤメ検」弁護士として活動を開始。以後、「ゼネコン汚職事件」や「新井将敬事件」などで、熊﨑が率いる地検特捜部と、捜査と法廷の場で真っ向から対峙した。

しかし時を経て、二人は再び同じ方向を向くことになる。掲げた旗は、「反社会勢力の排除」という共通の理念。それは偶然ではなく、必然とも言うべき再会だった。

「野球協約」強化のさなか寄せられた“情報提供”

熊﨑は2004年9月に検察庁を定年退官。2005年1月に正式にプロ野球「コミッショナー特別顧問」に就任する。

当時、猪狩とともに暴排に取り組んでいたのが、読売巨人軍の親会社・読売新聞社の法務部長だった山口寿一(現・読売新聞グループ本社社長)である。

めざしたのは、プロ野球の“憲法”ともいえる「野球協約」に明確な「暴力団排除条項」を盛り込むことだった。

改定作業は容易ではなかったが、約1年をかけて実現した。それまで協約で禁じられていたのは「野球賭博」のみ。新たに加えられたのは、暴力団など反社会勢力との「交際」そのものを禁じる規定だった。違反者には、最大で無期失格処分という極めて重い制裁が科されることとなった。

熊﨑は周囲にこう語っている。

「私設応援団が選手や関係者を招いてパーティーを開くことが頻繁にあった。そこに暴力団幹部や組員が出入りし、選手とツーショット写真を撮り、祝辞を求める。そうした写真が外部に流出することもあった。暴力団関係者との交際や接触そのものを断ち切らなければならなかった」

だが皮肉にも、その約10年後、「野球協約」違反となる巨人選手の野球賭博問題が発覚。熊﨑自らが記者会見で、選手の契約解除と球団への制裁金を発表することになるとは、このとき誰が想像しただろうか。

2004年は、警察の捜査にも大きな動きがあった。

ある日、猪狩のもとに一本の極秘情報が寄せられる。告発の対象とされたのは、阪神タイガースの私設応援団「中虎連合会」の元会長だった。

この元会長は、山口組宅見系に属していた元暴力団員とされる人物である。情報によれば、同氏らは、長年「作者不詳」とされてきた阪神タイガースの応援歌を悪用し、日本音楽著作権協会(JASRAC)に対して、「作詞・作曲は中虎連合会である」と虚偽の申告を行い、著作権使用料を不正に得ていた疑いがあるという。

事案を精査した猪狩は、これは単なるトラブルではなく、「刑事責任を問える案件だ」と判断した。そして、刑事告発することを決めた。

猪狩弁護士を支えた“異色”東京都副知事

猪狩は当初、この情報を警視庁組織対策第三課に持ち込み、著作権法違反での告発を相談した。ところが、猪狩によれば警視庁の反応は冷たかったという。

「確かに先生のおっしゃる通り、犯罪に該当しそうですが、摘発の前例がないのです」(『激突』猪狩俊郎)

猪狩はこれを「優柔不断で、煮え切らない役人気質丸出しの応答」(同書)と受け止め、憤慨する。そこで、気心の知れた人物に相談を持ちかけた。

その相手こそ、猪狩の活動を陰で支えた異色の東京都副知事、竹花豊である。

現職の警察官僚として初めて東京都副知事に就任した人物だ。猪狩は「全国万引防止協議会」でともに活動した経験があり、竹花に信頼を寄せていた。

2003年、急増する少年万引対策をめぐり、竹花は副知事就任直後から、東京の三弁護士会(東京弁護士会、第一東京弁護士会、第二東京弁護士会)を相次いで訪問し、治安維持への協力を要請した。その際、竹花は猪狩に「知恵を貸してほしい」と相談する。

猪狩はその申し出を意気に感じ、東京三弁護士会との橋渡し役を買って出たのである。

「警察官は刑事裁判で敵対する関係にある弁護士を毛嫌いするものが多いが、竹花さんは治安を守るという目的達成のために、できるだけのことをやろうという情念溢れる姿勢を見せ、弁護士会に協力を要請してきた。私は心を動かされた」(同書)

竹花は兵庫県生まれ。1973年に警察庁に入庁し、大分県警本部長、広島県警本部長、警察庁生活安全局長などを歴任したキャリア官僚である。

その名を反社会勢力に強く印象づけた出来事がある。ここで触れておきたい。それは広島県警本部長時代に下した、ある決断だった。

当時の広島市内は、約400人規模の暴走族が深夜に爆音を響かせて走り回る、深刻な治安状況にあった。少年らは追尾するパトカーに物を投げつけ、棒で叩き、消火器を噴射するなど挑発を繰り返す。現場の警察官は反撃も許されず、挑発に耐えながら疲弊していたという。

1999年11月の秋の「蛭子大祭」では、警戒中の機動隊に200人以上の暴走族が突如襲いかかるという前代未聞の事態も起きた。少年らは「暴走族OB」に「上納金」を納めるために恐喝や強盗、ひったくりを繰り返し、犯罪は増加の一途をたどっていた。住民は騒音と恐怖にさらされ、安眠すら奪われていた。

背景にあったのは、少年法を盾にした暴走族側の慢心だった。

「たとえ逮捕されても、おれたちは少年だがら、大したことにはならない」
「こっちが何をやっても、どうせあいつら警察は何もできない」

つまり、少年らは警察を公然と侮っていた。広島県警をなめていたのだ。

“手をつけられない”暴走族を封じ込めた強硬策とは?

2001年、広島県警本部長として赴任した竹花は、着任早々、無法状態を目の当たりにする。

「夜も眠れない街になっている。県民の願いは、暴走族対策以外にない」

竹花は正面から向き合うことを宣言した。そして、前例のない強硬手段を決断する。

パトカーを暴走族の車両にぶつけて停止させる

後年、月刊誌『致知』の取材で、竹花はこう振り返っている。

「世の中は甘くない。悪いことをすれば、社会は厳しく対処する。その現実を少年らにきちんと示す必要があった。熟慮の末、ぶつけてでも止めるしかないと腹をくくった」

広島県警は、危険走行を繰り返す暴走族の車両にパトカーをぶつけ、強制的に停止させ、少年らを次々と逮捕した。

「パトカーが本気でぶつかってくるはずがない」

そう高をくくっていた暴走族の少年らに衝撃が走る。集団暴走は急速に沈静化し、広島の街はようやく静けさを取り戻した。

TBSテレビには、広島の繁華街で暴走族に怒声を浴びせる竹花のニュース映像が残っている。「機動隊」と「暴走族」が激しく揉み合う最前線のただ中に立ち、一歩も退かなかった。

竹花「お前ら、何様だと思っているんだ!」
暴走族「ワレが何様や、ばかやろう!」

現場主義を貫く姿勢は、やがて東京へと舞台を移す。東京都知事・石原慎太郎から「東京で治安を担当してほしい」と頼まれ、2003年6月、現職の警察官僚として初めて東京都副知事に就任した。

竹花は在任中、約3000人の暴力団関係者がいるといわれた新宿・歌舞伎町の「浄化作戦」の指揮をとる。風俗店の一斉摘発を断行し、地域一帯に約60台の監視カメラを設置。捜査と抑止の両輪で、東洋一の歓楽街の治安を立て直した。

広島での強硬策も、東京での浄化も、根底にあったのは同じ信念である。

「法は、弱き者を守るためにこそある」

その揺るがぬ姿勢が、同じ志を抱き、プロ野球界の暴排に取り組む猪狩を後押ししたのだ。

執念の逮捕「プロ野球に暴力団が関与することは断じて許されない」

話をプロ野球界に戻す。

猪狩から阪神タイガース私設応援団「中虎連合会」について相談を受けた竹花は、内容を聞くや否や重大性を察し、即座にこう断じた。

「これは重大事件です。前例がないからできない、では警察の恥だ。警視庁か兵庫県警のいずれかにやらせましょう。地の利を考えれば、兵庫県警が適切でしょう」

竹花は直ちに警察庁時代の部下に連絡を取り、事案の概要を説明した。そして「地の利がある」と考えて、兵庫県警の暴力団対策課が告発の窓口となるよう手配してくれた。

猪狩はすぐさま、第一東京弁護士会の民事介入暴力対策委員会の弁護士2人とともに新幹線に飛び乗り、神戸へ向かう。

兵庫県警で面会した刑事部長は、告発状に目を通すとこう告げた。

「筋はいいですね、受理しましょう」

猪狩はその日、筆者に連絡をくれた。

「告発を受理してもらった後にさ、三人で神戸の中華街をぶらつき、飯に行ったんだよ。やっと捜査に着手してくれるという満足感もあって、ビールが最高にうまかったよ」

だが、真価が問われるのはここからだった。

実際の捜査にあたった兵庫県警のY警部補らの動きは迅速だった。

「Y警部補は非常に優秀だった。短期間で著作権法を徹底的に学び、東京まで私を訪ねてきた。事件の発端から告発に至るまでの経緯を詳細に聴取し、供述調書にまとめていった。質問はいずれも核心を突いていた。必ず立件してくれると確信した」(同署)

そして2005年3月2日、兵庫県警は「中虎連合会」会長の元暴力団員らを著作権法違反の疑いで逮捕した。

警察によれば、手口はこうだ。
会長らは阪神タイガースの応援歌「ヒッティングマーチ1番」(投手用)と「ヒッティングマーチ2番」(野手用)について、作詞・作曲者を「中虎連合会」とする虚偽の登録を日本音楽著作権協会(JASRAC)に申請。CDなど12万枚以上を販売し、さらに着メロ配信も行うなどして、著作権使用料として数千万円を不正に得ていた。

猪狩の調査によれば、1番はアメリカ映画『トランザム7000』の楽曲、2番は立教大学の応援歌「セントポール」をもとに、演奏を重ねる中で旋律が固まり、自然発生的に歌詞が生まれたものだった。明らかに、「中虎連合会」が作者であるはずはなかった。

不自然だったのは登録の経緯である。2001年までは「作詞・作曲者不詳」とされていたものが、2002年になって突如、「中虎連合会」名義へと変更されていた。

背景には、JASRACが十分な裏付け審査を行わないまま登録を認めていた実態があった。さらに、CDを制作していた音楽会社「コロムビアミュージック」の社員も、虚偽申請を手助けした疑いで逮捕された。同社員は取り調べに対し、元暴力団員に依頼されたことを認めている。

長年、暴力団の資金源となっていた著作権料に、ついに捜査のメスが入った。

事件は全国的に大きく報じられ、これを機に「中虎連合会」は解散へと追い込まれる。

元会長逮捕を受け、猪狩は記者会見でこう語った。

「夢を与えるプロ野球に暴力団が関与することは断じて許されない。今後も情報収集を続け、暴力団とのつながりに切り込んでいく」

JASRACについても、「自主的な審査を欠いた著作権管理のあり方は、改めて検証されるべきだ」と厳しく批判した。

刑事摘発と歩調を合わせるように、NPBも応援体制の見直しに踏み切った。

2006年シーズンから鳴り物入り応援を原則禁止とし、私設応援団の活動は全面的に「許可制」へ移行。申請時には構成員の氏名、連絡先、それに「顔写真」の提出を義務付け、2007年以降は「顔写真」入りの許可証(IDカード)の球場内常時携帯を求めた。

「法による摘発」と「制度による規制」。二つの歯車がかみ合い、球界の風景は確実に変わり始めていた。

――だが、事態はそう簡単には収束しなかった。

中日ドラゴンズ「私設応援団」がNPBと12球団を訴える

プロ野球コミッショナー顧問に就いた熊﨑の前に、重大な難題が立ちはだかった。

2008年、中日ドラゴンズの私設応援団が、NPBと12球団を相手取って裁判を起こしたのである。原告は「名古屋白龍会」と「全国竜心連合」、およびその会員約100人だった。

応援団側は、鳴り物入りの応援許可を球団に申請したが不許可とされ、さらに一部の団員については暴力団との関係を理由に全球場への入場を禁止された。

これについて「不当な排除」だとして、「入場禁止処分の取り消し」と「慰謝料の支払い」を求めて提訴したのだ。この裁判は、球界の暴力団排除の行方を左右しかねないものとして注目を集めた。

ところが2010年1月の一審判決で、名古屋地裁の増田稔裁判長が下した判断は、意外なものだった。鳴り物入り応援を許可しなかった点については、NPBと12球団の判断を是認したものの、「入場禁止措置は違法」として応援団側の主張を一部認めた。その上で入場を拒まれた団員一人につき1万1,000円の慰謝料を支払うよう命じたのである。

要するに、暴力団との関係を理由に応援を不許可としたこと自体は妥当だが「観戦まで制限したのは、行き過ぎた権利の乱用である」という判断だった。

NPB側弁護団の木村圭二郎弁護士は、当時をこう振り返る。

「到底受け入れがたい判決だと思った。裁判所は、当該団員がすでに暴力団を離脱し更生していることを理由に、入場は認めるべきだと判断したようだ」
「しかし、更生しているかどうかは不明で、そもそも誰にチケットを売り、誰を入場させるかは主催者の裁量に属するべき――それが私たちNPB側の一貫した主張だった」

余談ながら、木村弁護士、判決文を書いた増田稔裁判長、そして私設応援団側の山下勇樹弁護士はいずれも司法修習39期の同期で、同じクラスで学んだ間柄だったという。二十数年を経て、法廷で相まみえることになった。

もちろん、NPB側は一審判決を不服として直ちに控訴した。

「NPBが球場から暴力団を排除するために定めた『プロ野球観戦約款』の仕組みを正しく理解してくれさえすれば、一審判決のおかしなところは、是正されるはずだと考えていた。だから、控訴審に向けての不安はなかった。問われるのは、裁判所が事実関係を正しく評価できるかだった」(木村弁護士)

舞台は控訴審へ移った。

プロ野球の私設応援団×NPB 裁判の最終決着の行方は

一審判決で、主張が一部退けられたNPBと12球団は、控訴審で全面勝訴をめざした。

NPB側の木村弁護士らは法廷で、中日ドラゴンズの私設応援団員と暴力団との関係を示す事実や、暴力団排除を定めた『プロ野球観戦約款』の主旨と仕組みを詳細に説明した。

球団によるチケット販売拒否、入場禁止が正当な対応であると繰り返し主張し続けた。

そして迎えた注目の控訴審判決。

2011年2月、名古屋高等裁判所の渡辺修明裁判長は一審判決を覆し、私設応援団側の請求を全面的に棄却したのだ。日本野球機構(NPB)と12球団に「逆転勝訴」を言い渡した。

判決は明確だった。

「暴力団との関係などを理由とする入場禁止は、差別には当たらない。応援を許可するか否かは、主催者の裁量に委ねられる」

さらに、私設応援団側が主張した「野球観戦ができないことによる精神的苦痛」についても踏み込んだ判断を示した。

「野球観戦は、生活上必要不可欠なものとはいえない」(名古屋高裁)

整理するとこうだ。
私設応援団側は、「野球観戦は憲法で保障された最低限度の生活を維持するために必要な権利、すなわち生存権に含まれる」と主張した。これに対し、名古屋高裁は「野球観戦はあくまで趣味・娯楽の範疇にとどまる」と明確に位置づけ、その主張を全面的に退けたのだ。

中日ドラゴンズの施設応援団は最高裁に上告したが、2013年、最高裁も二審判決を支持。ここに至って、NPBと12球団の全面勝訴が確定した。

この間、コミッショナー顧問の熊﨑は木村弁護士ら弁護団に可能な限りの助言を重ね、約5年に及ぶ訴訟をともに闘い抜いた。

最高裁の判断は、プロ野球界における暴力団排除の取り組みに、司法のお墨付きを与えるものとなった。反社会勢力の排除に向けた大きな前進となった。

こうして暴力団排除は着実に前進し、球場からは暴力団系の「悪質応援団」が次第に姿を消していく。

一方、猪狩は2005年、野球観戦の原点を確かめようと、本場メジャーリーグの空気に触れようと、5月の連休を利用して成田空港からニューヨークへ向かった。

ヤンキース、メッツの試合を現地球場で観戦した体験を、後年の回顧録にこう記している。

「ピッチャーが投球動作に入ると、すべての騒音が消え去り、球場全体がシーンと静まりかえり、投手と打者の駆け引きを息を飲んで見守る。空振り。ミットにバーンと収まるボールの音がはっきりと聞こえる」
「次の投球、打者が打ち返す。甲高いカーンという打球音がはっきり聞こえる。ヒット。観客は総立ちで選手にエールを送る。プレーする選手と観客の大人らしい一体感――これこそ野球観戦本来の姿ではないか。私は深く感動した」

猪狩は、こう結んでいる。

「いつか日本も、あの鳴り物で喧噪を極める子どもじみた野球観戦から抜け出してほしい。それでこそ、本当のスポーツ観戦を楽しむ姿だと、改めて確信した」

この判決は、ひとつの私設応援団を裁いただけではなかった。

プロ野球が「何を許し、何を許さないのか」を、社会に向けて明確に示したのである。それは、球場を誰のものとするのかという問いに対する、時代への回答でもあった。

(つづく)

TBSテレビ情報制作局兼報道局
ゼネラルプロデューサー
岩花 光

《参考文献》
猪狩俊郎「激突」光文社
熊﨑勝彦/鎌田靖「平成重大事件の深層」中公新書クラレ
読売新聞社会部「会長はなぜ自殺したか」 新潮社
村山 治「市場検察」 文藝春秋
致知(2020年11月号)致知出版社

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