裁判以外の第三の選択肢 オンラインで“未払い”をスマートに解決『OneNegotiation』が見せたODRの底力

2026-04-09 10:00

日本においてトラブルを抱えた人の約8割は、コストや手間の壁に阻まれ、解決を諦める「泣き寝入り」の状態にあるといわれています。この「2割司法」と呼ばれる社会課題に対し、デジタルと法を融合させた新たな解決策を提示するのが、紛争解決のDXを推進する株式会社AtoJです。

同社が展開する『OneNegotiation(以下、ワンネゴ)』は、裁判所を介さずオンライン上でトラブルを解決する紛争解決(ODR)サービス。2022年7月、日本初となる法務大臣認証(第176号)を取得した同システムには、従来の法的手段のイメージを一新する、合理的かつ心理的なアプローチが隠されています。 2026年5月に完全施行される、民事裁判の全面IT化。司法のDXが加速する中で、いま最も注目されているODRの最前線を追いました。

債権者の「コストの壁」を打破する「太陽」の対話

株式会社AtoJ 代表取締役 CEO 弁護士 冨田信雄氏

これまで3万件以上の少額債権対応を経験してきた、株式会社AtoJでCEOOをつとめる弁護士の冨田信雄氏は、サービス開発の原点をこう語ります。

「債権者側の現場では、毎月100件、多い時には1,000件を超える少額未払いを抱えています。それら一つひとつに電話をかけ、事情を聞き、納得してもらう。その膨大な事務コストと担当者の精神的負荷は、もはや人力で処理できる限界を超えています。

一方で、債務者の本音は『払いたくない』という悪意ではなく、単に忘れていたり、気まずくて連絡のタイミングを逸しているケースが大半。そうした双方の溝を埋めるために、『一言声をかけてくれれば解決できたのに』という声を形にしたかったのです」

その上で同社が大切にしたのは、イソップ童話『北風と太陽』になぞらえた“対話による解決”の作法です。一方的に支払いを迫る「北風」のような手法は、かえって債務者を頑なにし、対話の拒絶を招きかねません。対してワンネゴが目指すのは、自ら「上着を脱ぐ」ように支払いの必要性を自覚してもらう「太陽」のアプローチ。この思想は、システム設計の細部にまで反映されています。

具体的には、威圧的な督促ではなく「気づき」を促す通知を送り、解決への選択肢を示すことで、債務者自らが解決のテーブルに着く環境を整えました。さらに、こうしたデジタル通知で懸念される「迷惑メール」への対策も徹底。単にメールを送るだけでなく、SMSやハガキなどを組み合わせ、段階を踏んで確実に本人の手元へ届くよう工夫を凝らしています。

こうしたプロセスが、債務者との信頼関係を築き、「うっかり」による未回収案件の放置を防ぎ解決へと導く要因となっています。

効率と安心を両立させる「二段構え」の交渉

ワンネゴの特徴は、状況に応じた2種類の交渉プロセスにあります。

第一段階は、現役弁護士監修の選択肢をタップするだけで、相手方と直接言葉を交わす必要がなく、通知書類も自動生成されるため、時間と労力を大幅に抑えられます。

ここで折り合わない場合は、第二段階の「オンライン弁護士調停」へ。弁護士資格を持つ調停人が介在し、オンライン会議でのやりとりが行われます。特筆すべきは、債権者と債務者が顔を合わせないよう調停人が管理する点。心理的負担を感じることなく協議に集中できる設計です。

「再入会」と「口コミ」が証明する信頼の連鎖

この「太陽」のアプローチがもたらす価値は、解決後の「関係性の維持」にあります。冨田氏によれば、実際にあった事例では、フィットネスジムの会費未払いを本システムで解決した債務者が、その後に同じジムへ再入会したというケースがあったといいます。

これまでの対応であれば、一度トラブルになれば関係断絶も生じましたが、ワンネゴは「合わせる顔がない」という心理的負担を与えません。解決後のリピート利用という、従来の回収業務ではあり得なかった結果を生んでいるのです。

さらに、自身のトラブルが円滑に解決したことに感銘を受けた債務者が、自らが勤務する介護施設に「便利なサービスがある」と導入を勧めた例もあります。解決を経験した側が、今度は導入を勧める側に回る。負の感情を生まないこのサイクルこそが、新しい司法のカタチといえるでしょう。

3年4ヶ月の「冬の時代」を経て掴んだ、国のお墨付き

今でこそ「国のお墨付き」を得たAtoJですが、その道のりは平坦ではありませんでした。2019年の法務省への認証相談から認証取得まで、実に3年4ヶ月。その間、売上はほぼゼロでした。

同社 代表取締役CLO 弁護士 森理俊氏

「長かったですね(笑)」とCLOの森理俊氏は振り返ります。「ADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)がまだオンラインに特化していなかった時期から、法務省と協議を重ね、地道に構築してきました」。この粘り強い準備期間こそが、現在の「国が認めたインフラ」としての信頼性を形作っているのです。

解決率50%以上――「5割の壁」が示す希望

その成果は数字に現れました。自社では諦めていた少額で大量の未払いにおいて、ワンネゴは50%以上という高い解決率を記録。システムの導入だけで半数の合意が取れた事実は、実務上の大きな前進といえます。同時に、残りの半数についても、生活保護や法的扶助が必要な「極めて社会性の高い課題」を抱えた層が可視化されたことを物語っています。

「自力での解決が困難な状況にある債務者にどう寄り添えるか。そこは国とも連携しながらステップを踏んでいくべき領域です」と冨田氏。まずは対話で解決できる5割にコミットし、その先に広がる救済を見据える。その言葉には、一足飛びにはいかない課題に対し、着実に司法の空白地帯を埋めていこうとする決意が感じられました。これは、従来「回収不能」で見過ごされてきた層の実態が、初めて輪郭を持ったことを意味します。

司法を「手のひら」に。次なるステージ

AtoJの次なる目標は、このインフラを定着させ、将来的には返金や契約トラブルに悩む「債務者(消費者)側」からの請求にも対応できる、双方向のプラットフォームとして発展させることです。
「トラブルになったら、まずはワンネゴで話し合おう」
そんな選択肢が当たり前になる社会へ。効率化の裏側に「対話」を組み込んだこの取り組みは、私たちの生活における「解決の作法」を、着実にアップデートしつつあります。

『OneNegotiation』公式サイト:https://service.1nego.jp/

<取材・撮影・文/櫻井れき>

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